第08話_Dパート_見せるAI見せないAI
講義室はイギリス式の重厚な意匠に彩られた空間で、天井からは淡い光が柔らかく降り注いでいた。
午前のディスカッションに引き続き、「AIと教育」というテーマでの合同セッションが始まっていた。
「わたしたちの学校では、AIが“人に代わって他人と接する”ことが普通になっています」
ミアが、ホワイトボードに“Function Proxy”と大きく書きながら語った。
「たとえば、わたしの“ミアAI”は、出欠管理やスケジュール調整だけじゃなくて、他人に“わたしらしく”返答する訓練もされています。
わたしが不在でも、友人と交わすやりとりを代理でこなせるレベルに──」
日本側の生徒たちに、かすかなざわめきが広がった。
「つまり……ミアさんがいなくても、ミアさんと話せる、ってこと?」
鈴音が尋ねる。
「そう。もちろん許可制だけどね。“発言に一定の制限を設けた影武者”がいる、みたいなもの。人によっては逆に発言の趣旨を伝えて“議論モード用AI”に発言させたりとか、“受付専用の分身”も使ってる。
セオがよく受付用AIで来客の列ができたときに時間を稼いでいるわ」
「それって……“人間の皮を被ったAI”じゃなくて、“AIの服を着た人間”みたいですね」
葵がそう評して微笑むと、ミアが少し照れくさそうに頷いた。
「ええ。でも、これはあくまで“英国でのAIの使い方”なんです」
とミア。少しの間をおいてセオが続ける。
「日本では、そういったAIの“見せ方”は稀なようですね」
司が小さくうなずいた。
「クロネ──僕のAI──は、僕としか話さないです。僕にだけ情報を整理して、僕にだけ問い返し、ほかの人には指示がなければ答えない。
だから、見せようとすれば“見せられる”けど、そもそも“見せよう”って文化がない」
「なるほど。」
(とは言いつつ、猫の姿でさりげなく映りこませたりする。興味深いね)
セオが静かに続ける。
「英国式は“AIを通じて自己演出する”文化で、日本式は“AIを通じて自己と向き合う”文化かもしれません。
──そして火星では、AIは“使うべきときにだけ呼び出す道具”です。
たとえば、私の妹のベアトリスがよく似た使い方をするのですが、必要な場面でだけ起動して“対話型の情報参謀”として使うAIも設定している。
これはALVというDAO組織で売り出しているモデルがあります。ニュースキャスターAI等も用途に特化して設計、運用される点で似たような性質があるかもしれません」
「火星はサバイバル要素が強いから、“自己演出”よりも“直接的活動補助”が優先されるんですね……」
綾がぽつりと呟いた。
場が一瞬、沈黙に包まれた。
その空気を破ったのは、意外にも古閑遼だった。
「……結局、どのAIが"正しい"だとか、"優れている"という話でなく、"最適"を求めて進化し続けるという話でしょうか」
カップを置きながら彼は続けた。
「英国では“AIで自分を見せる”ことの価値を見出し、日本は“AIにだけ本音を言う”。提供側や発展においての偶然もあるにせよ、文明や社会の個性とも言えます。そして火星は“必要なときだけ借りる”……。
そうなるとAIが鏡という以上に、社会病理を写す光の屈折率みたいになっているわけだ」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
だが、それがこのセッションの自然な終わりとなった。




