第08話_B+Cパート_発端、遅延
ミロとマヌを会議室へ向かう廊下らしきところに見送って数分。カレイは予定通りハーミットクラブの自己診断をかけながら探査機の位置取りを調整している。
「こちらレヴ、予定通り通信を開始します。オクタント15の小規模な駐機ポートは静まり返っています。」
言いながら、これでいいのか、とも思う。LISAもアドマも複数台の受け入れ体制が整ったステーションを備えていて、いつも人がいた。
だから人が居ないことは異常なようにも思える。異常があれば報告とは言っても、ここの正常がよくわからない。
「こちらカレイ。探査機は谷の天井部につけた。通信塔を見ているがさして異常はなさそうだぜ。ジャミングもないし一定の通信はあるようだ。中身はわからないけどな」
「そうだ。怪しいけど通信はできてたって話ですもんね。オクタント15側の記録とかって見せてもらえないんでしょうか。」
何の気なく相槌替わりに返した発言だったけど、言ってみると記録が分かれば片付く問題だとも思えた。
<レヴ。聞こえるね?僕もそう思う。けど若干事情が動いた。アドマとの間で通信が完全に復旧している。
これからオクタ15の技術担当をあたってみるけど、通信が復旧しているなら使わせてもらおう。地球向けに安全確認が取れたとストリーミングが出来る。
サラちゃんがインタビューに答えてもいいって言うからハーミットに向かってもらった。機内に入ってもらうわけにも行かないからカレイが見える範囲で打ち合わせしておいてくれ。
気密スーツだけはいつでも低酸素モードに変えられるようにしてね>
復旧しているなら、解決でいいのだろうか。若干ミロにも焦りがあるように聞こえた。
「あ、すみません。サラさんと打ち合わせ、了解です。オクタ15無事到着、で番組の準備します。サラさんのコメントも、いただいておきます。」
「よし、放送準備は頼んだ。僕のほうも調査がひと段落したらハーミットに戻って放送開始にしよう。地球サイドには僕から調整を入れておく。
英国にメンバー集まっているから案外コメントももらえるかもしれない」
「こちらレヴ、了解です。進めておきます」
数分後に気密対応らしきツナギを来た女性が駐機場に現れた。
キャロットヘアーを後ろで束ねた、そばかすの明るい表情で、快活な修理工、といった風情だ。
アドマではあまり女性が出歩いているのを見なかった。
LISAでは拠点内を男女とも行き交っていたので、少し懐かしい。
同じエクソディーン系列でも女性の社会進出には大きな差があるようだ。そういえば祖父アブラムは厳格な宗派だと母ミリアムから聞いていたが、この拠点は改革派寄りなのだろう。
「ミロさんから聞いたよ!リサの妹と通信できそうなんだって?地球との連絡も久しぶりだなー」
「はじめまして、レヴ・ナヘルです。LISAから来ました。通信、不便しましたか。」
久しぶりに聞くハイテンションな英語とフランクな雰囲気に流されそうになったがどこまで聞いていいものか判断がつかなかった。
「そうそう、通信、なんか変だったんだよね。定期連絡は行き来するし、外の情報も入ってくるんだけど、リアルタイム寄りっていうのかな?ところどころ出来ないっていうか」
「それじゃあ補給も心配だったのでは?」
「うん!補給補給。来てくれて助かったよ~。そろそろ医薬品とかやばそうだったし、食べ物も怪しくなってきてさ。うちは拠点間移動できる運搬車なんてないし」
「先ほど行ったミロさんが生活物資もある程度積んできました。たぶん今その相談もしてるんじゃないでしょうか」
「おー、やったね!本格的にぎくしゃくする前でほんと良かったよ。リサと妹ちゃんは元気にしてたかな。妹ちゃんとはどういう関係?」
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その後もサラのペースであれこれ話が進み、エリナらの留学などの背景を一通り話終えたころ、ミロとマヌも戻ってきた。本格的な調査にしては早すぎる気もしたが何かあったのか。
「サラちゃんインタビューおつかれさま。レヴ、だいたい話はまとまった。地球にこっちの無事を伝えよう。2時間後ストリーミング開始だ。悪いけどインタビューを放映用にまとめてくれるかい?」
「了解。物資の搬出はどうしますか」
「マヌとカレイに任せれば大丈夫。カレイも聞こえるかい?操縦室で一息入れよう。
サラちゃん、悪いんだけど2時間後もう一回来てもらえるかな。せっかくだからエリナちゃんに無事なところ見せてあげたいし。」
「はーい。場所はさっきの会議室でいいですか?」
「助かるよ。ちょっと機内は手狭だからさ。じゃあ、またあとで」
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「いやー、思ったのと違う方向に厄介だったよ。詳細はこれから話すけど、いったん警戒は解いていい。ただ、探査機は放送中も電波中心の外部環境ログと通信塔をモニタするために残しておこう。
それで何も起こらなければ、僕らは帰るしかなさそうだ」
「何も異常がなかったんですか?」
「いや、もっと詰まらない状況だよ。DTNノードも端末も管理者権限がないと出来ないことが多いんだけどさ、前任者が引き継がないまま消えちゃったんだって。
でもその消えた理由が残念で、通信系以外もIT機材一通り担当してたってことなんだけど過労で調子崩して休暇、転地療養からの失踪だってさ。
端末の管理者権限は初期化で取り返せなくもないけど、オクタ15には詳しい人がいなくて手順が不明瞭。DTNだけならLISAの全体管理者権限でログを引き出せるけど遠隔入力するにはさっきの端末権限をクリア出来なくて取り出せないってさ。あ、そういうわけで一応LISA側とは通信できたよ」
「つまり、調べる方法が準備できるまで待つか、この場であきらめるしかないんですか」
「惜しい。この状況の最悪なところは、"下手するとここまで全部織り込み済みの時間稼ぎ"ならまだよくて、
たまたま担当者失踪なんてアクシデントが重なったけどそれに関係なく陰謀が動いてて証拠隠滅までもう終わってるかもしれないってトコ」
「それで"無事"なんて放送して大丈夫なんですか」
「そこが問題だったんだけど、ここで"怪しい"なんて放送してみなよ。投資は引き上げ、前任者が逃げた先もLISAも怪しく見えて疑心暗鬼。
地球からの追加支援が切れたらハーミットクラブだって維持できない。犯人の目的はなんにせよ事態を収拾しないとみんな共倒れさ」
「まさか、それが犯人の狙い・・・?」
「犯人がいればそうかもしれないし、犯人なんていないかもしれない。でもとにかく僕らは一番マシな対応をするしかないんだ。今回は通信機の不調、みんな無事ってね」
「わかりました。じゃあそのつもりでインタビューを編集しますね。編集用AI、起動します」
何もなかった振りをしなきゃいけないのはわかる。でも、どうしても煮え切らない。
とにかく、今はサラの明るいトーンのおかげで苦労せず雰囲気だけはみんな無事でよかったという趣旨にまとめやすくて助かった。
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「おー、あたし結構美人に映ってんじゃん」
先に編集しておいたインタビューを流すと、放映内容チェック用のモニタをみてサラが機嫌よさそうに声を上げた。
「そろそろリアルタイムに切り替えます、ミロさん、お願いします」
裏方は普段カレイ・マヌも加わったフルメンバーでやっていたが、今回は念のためカレイをハーミットに残している。多少手が足りない分はレヴとマヌの分担で補っている。
「はいはーい。地球の皆さん、グレースカレッジにお集まりのみなさん。放送時間が定まらなくてごめんね。今日も僕、ミロとレヴ君とでお伝えします。
まずはサラちゃん、インタビューに加えてリアルタイムも付き合ってくれてありがとう!何かメッセージあるかな」
「まずはミロさん、物資補給に加えて、友達に無事を報告する時間をくれてありがとうございます。
エリナちゃん見てるかな?グレース留学おめでとう。リサも元気にしてるかな。こっちは無事で元気にやってるよー」
残念ながらいつもの通信遅延があるので10分遅れのコメントをもらうまで、こちらで勝手に話し続ける。
ミロが軽く通信不調が解決した説明をして、サラが合いの手を入れる。レヴがインタビューの編集に打ち込んでいる間に多少打合せたのか、サラもあまり深い事情に切り込まないようにしてくれているようだ。
「サラさん、無事そうでよかったです。リサにも報告を入れました。ちょっと日本は深夜だから気づいてくれるのは少し後かもしれないけど、とにかくよかった。」
「うんうん、あたしは見ての通り超元気。お医者さんいらずの健康体。リサにもまた通話しようねって伝えておいて」
エリナとサラのテンションの差が激しいが、両者の発言には往復で20分も時間差がある。途中、周囲と別の会話に移る場面もあり、全体としてはそれほどの違和感ではなかった。
モニターに映るエリナの表情にも安堵が見える。どちらの会場もなごやかなムードになっている。
背景に映り込んだグレースカレッジの会議室は木製の柱と壁にかかった絵画で、殺風景なオクタント15の会議室と見比べると、地球の物質的豊かさを否応もなく実感させられる。
そのとき、エリナの隣に座っていた鈴音が話しかけた。地球側、グレース校会議室の模様はほぼリアルタイムに中継されている。
「そういえば、エリナ、この前DTN・DAOの話があったじゃない。今回の通信不調?で送ることのできなかった通信分のコインってどうなるんだろ。」
「まさか」
ストリーミング用の音声を切ったままミロがつぶやいたのをレヴは聞き逃さなかった。
しかし、地球側のストリーミングにかかっているディレイはあくまで地球側での校正しか受け付けられない。
火星側で何かに気づいて訂正するのは遅すぎる。それ以上に、事件が起きるとしても火星側しか意識されていなかった。検閲するという前提がなかった。
「えーと通信する権利はスロットごとに提供されてオークションにかけられたはず。だからもともと誰も送らなかった通信スロットは通信不調が起きても結果は同じかな。」
「そうなんだ。使い損ねた分のDTNコインが取られたら嫌だなーと思ったけど、そういうことじゃないんだね」
もう、10分前に鈴音が発した言葉は地球を駆け巡っている。
最初は通信容量売買に係るDTN-DAOだけが大きく下げた。それが火星バブルの崩壊と意識させるまでに、15分もかからなかった。
しかし、火星からこの下落に対するリアクションを地球に届けるまでにはさらに10分だ。あらかじめ逆指値を仕掛けていた者以外は助からない。
真顔だったミロがいつもの放映向けの笑顔に戻って、番組の締めに入る。
「秋月さんとサラちゃんもお互いの無事を確認できてよかったね。やっぱり通信は火星の生命線。今後も僕たち火星の旅人チームで拠点を回って補給支援だけじゃなくて、いろいろ取材も頑張りたいと思います。長旅でそろそろスタッフにも疲れが見えてきたし、今日はここまでにしましょう。グレース校に集まっているみんな、夜遅くまでありがとうございました」
ミロは会話タイミングがかみ合わせられないことを言い訳にやや強引な締め方で放送の終わりを宣言した。
その間にも地球の教室では思考実験で盛り上がる鈴音と困惑気味のエリナの会話が続いている。
「ミロさん、レヴ君、それに特別ゲストのサラさん、お忙しい中、本当にありがとうございました。生徒たちも火星のダイナミックな一面に触れられてとても意義深かったと思います。
また次回もよろしくお願いします。」
放送は、アン先生の静かな一言で締めくくられた。そのときすでに、鈴音の指摘からは30分以上が経過していた。
遅延したアン先生の発言が届くまでの間に、ミロは既に会議室から出てしまった。上司に報告を入れるそうだ。
レヴとサラは取り残されたまま、画面の向こうの和気あいあいとしたやりとりを見ていた。アン先生へ短く返事を送り、ストリーミングを停止する。
サラも今日の仕事が残っているからとそそくさと去っていった。レヴとマヌは放送機材の撤収だ。長い一日もようやく終わろうとしていた。




