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第08話_Aパート_国境と球技、青いストラップの声

 青空にひろがるグレースカレッジの芝フィールドは、午後の陽射しを吸い込んで黄金色に光っていた。


 中心で整列するのは、グレースカレッジのクリケット部員と、遠くインドネシアから短期プログラムでやって来た精鋭たち。背筋の伸びた彼らの白いユニフォームには、袖口にそれぞれの校章と国章が縫い付けられており、日の当たり方ひとつで、その縫い目すら誇らしげに浮き立って見える。


 熊鷹の留学生たちはフィールド脇の来賓席──と呼ばれる屋根付きの観覧ベンチに腰を下ろしていた。


「えーと、まず、あの真ん中の三本棒がウィケット……で、投げる人がボウラー……で、打つ人がバッツマン……だったよね?」


 鈴音が身を乗り出して司に問いかける。だが司も、首を傾げるばかり。


「ごめん、ぼく、これ……事前の説明スキップしちゃって……」


 一方、隣ではユウトと大介が身を乗り出してラリーを追っているが、完全に様子見だ。打者がボールを打ち返し、味方とともにピッチを行き来する様子は、野球よりも“儀式”に近い。


「得点の仕方も、交代のタイミングも、さっぱりだな……」


 葵がそっと苦笑する。


 だがそんな戸惑いを吹き飛ばすように、場内がどよめいた。


 インドネシア側のスター選手──ムハンマド・アズワルが豪快なスイングでボールを外野へと打ち返し、白球が地平線のようなフェンスに突き刺さったのだ。


「……あれ、ホームラン的なやつかな?」


「いや、ボウラーの威信がかかった一球だったらしい。なんか、向こうの解説席が騒いでるし……」


 英国側のスタンドには、中等教育機関らしからぬ本格的な実況AIが配備されており、王子やラージはその情報を端末で確認しながら、知的にうなずいている。


「ムハンマド、すごいわね。フォームに無駄がない」


 淡く言ったのはアイシャ。彼女は目を細めて、祈るように手を組みながら観戦していた。

 (え?アイシャわかるんだ!?)

 熊鷹の女子一同は動揺が隠せない。


 また一方では、観客席で一人違う種類の熱気を漂わせている者が居た。

「うわーっ、今のスピン、絶対再現できないって! クラシックレトロ系のゲームであれを演算できるシミュレーションあるかなあ……」

 カスパーの声は明後日の方向に趣味全開だった。それが的外れな謎の感嘆なのか、芯を捉えた批評なのか、判定するのも無粋というもの。


 ふと、その視線がふと横に向く。


 そして──。


「……ん?」


 綾のカバンに揺れる、青髪ツインテールの少女型ストラップに視線が吸い寄せられた。


「ねえ、それ、もしや“始祖の音声AI”じゃない?」


「え、あ──これ?……うん、まぁ、昔からのやつで……」


 綾が少し慌ててカバンを隠しかけるのを、カスパーが笑顔で制した。


「わー、同じの妹もつけてる!しかも僕、あの時代の合成音源で組んだ曲でコンテスト出たことあるんだよね!ていうか君、曲作ったことある?」


「えっ、え、いや……ないけど……調声はちょっと……」


「うわ、すごいすごい!よかったら、あとで聴かせてよ!いやー、ここに来て同志に出会えるとは……!」


 興奮気味のカスパーの声は、綾にとっては少し過剰だった。だが──。


 (悪い人じゃ……ない、かも)


 なんとなく、そう思ってしまう自分が不思議だった。


 そんな中、フィールドでは接戦の末、わずか数点差でグレースカレッジが逆転勝利を収めていた。


 フィールド中央では王子とインドネシアチームの代表らしき生徒が握手を交わし、試合は和やかに幕を下ろした。


「……わからないなりに、面白かったかも」


 エリナがぽつりとつぶやく。


 その瞬間、司も、綾も、鈴音も──そしてカスパーさえも、思わず彼女に微笑み返していた。


 交流の、最初の火は確かに灯っていた。



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