第07話_Dパート_模倣する風、残された影
「さて、気を引き締めようか。あと15分程度でオクタント15に到着する。カレイ、引き続き遮蔽をとりながら車両も停止だ。作戦を確認する。各自、モニターに集中してくれ」
「Sir, yes sir!」
4人とも、各々の端末や正面のモニターに投影された地形概略を注視する。
オクタント15もアドマ・セクション同様、火星ではよくある谷に屋根を付けたような構造だ。
人口は500人程度で、周辺の試掘をしたが氷程度しか出なかったため、跡地を農地に転用して細々と運営されているとのこと。
交易ルートからは外れているが、直線距離ではエクソディーン本拠地アドマ・セクションにもスワルジャ本拠地のマリネリス峡谷西端からもほど近いので通信は各拠点と直接やり取りができる。
よって大まかな侵入経路は二つ。
谷から入る正門相当の格納庫入り口。太陽光取り込み窓のメンテナンス用に点在している屋上ハッチ。
「まず探査車両を偵察に出す。遠隔オペレーターはマヌ。遠隔カメラ担当は僕がやる。ハーミットクラブのオペレーターはカレイ。望遠カメラのサポートをレヴがやってくれ。
基本的に何か動きがあればAIの動態検知が補助してくれる。僕も見えているから気負わなくていい。その代わり、AIが違和感を感じない、停止しているけど怪しいもの、を中心に観察して報告するんだ」
「イエッサー!」
「探査結果によるが、実際問題あちらも動態検知はあるんだ。探査車両は小さいとはいえ、無事なら無視はしないだろう。順調に進めば受け入れを申し出るだろうから僕とマヌで行く。
マヌは探査車両に最低限の自衛武装も積んでおいてくれ。」
「Sir, yes sir!」
「僕とマヌが招待されるようならカレイとレヴでハーミットを確保しておいてくれ。変な気を起こされないようにハーミットの待機は目視できる位置がいい。ハーミットさえ健在ならこっちはいつでもオクタント15全体を人質にとれる。
谷を見下ろせる位置にこの車体があれば、ひとつの“抑止力”になるんだ。だからいつでも動かせないと、いろんな意味で困る。それは拠点内に駐機した場合も同じで、いざという時動かせる体制は全力で維持してほしい。
それと通信は常にビーコンだけでなく不規則に状況も送ってくれ。中間者攻撃系を使える通信系のエンジニアがいたら厄介だ。各自質問は?マヌから。」
「キャプテン。携行武器は一通り準備したがどれを持つ?」
「僕はコンシールドキャリーできる範囲までだ。マヌは撮影機材用バッグにでも入れてライフルを持ってくれ。探査機もすぐ出せるな?」
「了解!探査機も準備完了だ。」
「よろしい。次にカレイ。僕とマヌが進入してからの分担は理解できてるね?」
「ハーミットの安全確保を最優先にしながら探査機も安全圏から監視。もしハーミットごと入構ならメンテナンスは自動チェックまでは回しておく。通信の都合を見ながらだが、探査機は天井沿いで通信経路確保。」
「そうだ。中継器は先に今出しておく。回り込みの限界があるからね。けど、今回は通信系を当てにするな。遠隔操作に通信系の偽装は相性が悪すぎる。ハーミットと探査機の同時操作は負担が大きい。
現地側から挨拶などの交流を申し出られたときは通信のみ、レヴに任せるのがいいだろう。レヴ。聞いての通りだ。もしハーミット停泊時に交流を申し出るものが居てもメンテナンスを理由にハーミットクラブの中から通信だ。
基本的に僕らはいつもの運搬屋ってだけで押し切る。中身のない話で時間を稼いで、適当にメンテナンスを言い訳に打ち切ってくれていい」
「なぜ通信をそんなに警戒するんですか?」
「相手から見たら基本的にハーミットがらみの無茶だけ防げば良い。だから僕らに危害を加える気があったり、現在進行中のトラブルなんかのときには、操縦者を直接攻撃するか、通信で操縦者の判断を狂わせようとしてくるはずだ。
特に今回、違和感のきっかけが通信系だからね。できる対策からとっていく。」
「そうなんですね。じゃあ誰も来ないときはどうすればいいですか。」
「さっき触れた通信継続の役目は君がやってくれ。誰か来た時は世間話を垂れ流しにしてくれればいいし、誰も来なければ状況報告か独り言でいい」
「わかりました。」
「よし、じゃあ5分だけ最終確認。そののち探査機を出す。行動開始!」
「「「Sir, yes sir!」」」
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ハーミットクラブが岩陰から顔を出し、小型クロウラーの探査車両が発進する。各自担当のモニターに集中している。
メインゲートの規模はエクソディーンのアドマ・セクションよりかなり規模が小さく、ハーミットクラブが何台もすれ違うのは難しいだろう。
建造物自体は見えているだけでも谷底から地形を生かして10m以上の高さはあるものの、幅が狭いので外から見た圧迫感はない。
「あれ?ゲート付近に人影が。点検?――いや、これ」
「キャプテン!動態検知、反応なし。」
「マヌ、確認ありがと。レヴ、よく気付いたね」
谷壁の遮蔽構造、その外壁の一角。高さ1.6メートルほどの位置に、まるで立ち尽くす人の影のようなシルエットが炭素顔料で描かれていた。
探査機を近づけて確認すると、指先で塗ったような雑な線の重なりと、外縁に風化してぼやけた滲みが見える。
その上方に擦れかけたラテン語の文が刻まれていた。
《ここにかつて息をした/呼ばれて名も持たず去りぬ》
その下に、三重の円を貫く水平線が描かれている。
「……この感じ、アドマで見たやつだ」
「詩の一派の“残響図”だよ。彼らは“その場所で誰が何を考えていたか”を記録にするから。しかしまた詩の一派の落書きか。しかも塗料はカーボンブラック。空気から還元したのかな。
火星で落書きのためにここまでするなんて、詩の連中、相変わらずやることが無駄に本気だ」
「これ、中で何かあったら疑いたくなりますよ」
「ハハ、言えてる。けど早すぎるノイズだ。まだ観測に集中しよう。」
もし、誰も出てこなかったら?
この“人影”だけが残されていたら――
火星の風が、命のあった痕跡さえ“模倣”するのだとしたら。
「キャプテン!通信に感あり!オクタント15、ステーションの受付です!」
<聞こえますか?えーと、こちらオクタント15オペレーター、サラです。こちらオクタント15、所属・氏名・目的を答えてください。繰り返します。所属・氏名・目的を答えてください。>
オペレーターの声は多少
4人が顔を見合わせる。肩をすくめたミロ。
「なんか台本感あるけど普通じゃん。感明良好だし。いったん僕のほうで話す。」
うなずく三人。まだ残る緊迫感。
「ノエマ所属、ミロ・エリアスです。巡回便で物資を積んで来ました。入構許可願います」
<ノエマのミロ・エリアスさん。確認を行います・・・以前にも物資補給で来訪歴がありますね。入構許可、下りました。メインゲート。オープンします。ステーション内に駐機してください>
「入構許可、了解。運搬車両にて、入構します」
通信用の音声入力をミュートして、ミロは軽くため息。
「全員グルの線は残っている・・・まだ全く油断できない。が、少なくともここは気づいてない振りだ。マヌ、予定通り随行頼む。」
「Sir, yes sir!」
オクタント15の気密用ゲートが開き、ハーミットクラブが進む。受け入れポートへと2個目のゲートをくぐって与圧空間に着く。
その間もミロとオペレーターが話を続けているが、徐々に打ち解けてきた。サラと名乗ったオペレーターはまだ経験が浅く、掛け持ちでオペレーターも行っていること、
久しぶりの来訪者であること、手続きや相談のためにミロとマヌが下りて行くこと等を話していた。
最近外部との通信で調子が悪いという話題が一言出たが、ミロはその場では飛びつかず自然に流した。
「そういえば、レヴが気にしてた子。なんて名前だっけ?」
そう、エリナから頼まれていた人探し、早くも発見できたかもしれない。
「はい。サラという名前でした」
「オッケー、さりげなく後で聞いてみるよ。じゃ、行ってくる。マヌ、護衛よろしく」
ミロは気負いがなく自然体のように見えた。僕らを気遣ってそう見せているのか、目的を偽って調査することくらいは日常的なことなのか、僕にはわからなかった。




