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第07話_Cパート_仮面の王子と茶会の勝者

 午後の陽射しが金糸のように芝のうえを撫で、グレース財団の所有とされるこの離宮庭園には、手入れの行き届いた季節外れの薔薇と、人工光で制御された温室が並ぶ。無人で規則正しく潅水、一方で人手による職人的剪定を済ませたあとの光景には、不自然なまでの静けさがあった。


 銀器の光沢を抑えたティーセットが、低く長い白木のテーブルに整然と並ぶ。気圧・気温ともに完璧に管理された天蓋の下、英国式の茶会が厳密に設計される。


「もう少し、背筋を伸ばして。司くん」


 ベアトリス・クレイヴンが、目線を逸らすような抑えた笑みで囁いた瞬間、向かいの椅子からアリアーヌ王女がわずかに口元を緩めた。


「まるで“お披露目前の鷹”のようね。美しくはあるけれど、まだ飛ばされる気配はないわ」


 司は表情を作らぬよう意識しながら、返す。


「……お披露目される予定があるなら、先に教えてもらえるとありがたいのですが。公女殿下。」


「ありますよ? あくまで、仮想の話として」


 セオが静かに紅茶を注ぐ。流れるような手つきで、視線はあえてカップの水面に落とされた。


「仮想の“皇統騒動”。現代の宮廷演劇、とでも呼べばよいでしょうか」


「それとも、ゲームかしら」


 アリアーヌが続ける。言葉の切っ先が、まるで軽い羽のように、司の前髪を撫でていく。


「あなたが本物である必要は、ないのよ。でも、“本物であるかもしれない”と他人が思い込む余白だけが──この場を形作るの」


 ベアトリスは口元を隠して笑う。手元のタブレットには、司の家系図と旧皇族の分岐図が並んでいる。


「たったそれだけで、*十七歳の王女に謁見した“火星皇子”*という物語が成立するのよ」


 そう言って彼女はセオが待つ馬場へと出立した。


 残された庭園の面々の間には唐突に剣呑な空気が立ち込める。


「──お兄様、お覚悟を」

アリアーヌが手元の布を引くと、そこには並べられた4つのカードデッキとスコアボード。


「まさか……これで?」


「その通り。わたくしたちの“根付倉庫強制開放”プランについては、デュエルで決着を。クレイヴン卿もご了承済みですわ。」


 ここまで静かに背景となっていたボブ(ロバート)は苦笑しながら腕を組む。


「王子、マジで根付のために財団動かす気かよ……」


「ええ、200点の根付を司くんの解説付きで見たい。それが、今この瞬間の王子としての“最優先タスク”です」


「ま、俺はやるからには負けてやる気なんかねえけどな」


 ボブの隣で相方となるハル(ハロルド・フィンチ)がカードをシャッフルする。ラグビーのパワープレイヤーとして鍛えた指は太く、だがカードの取り扱いは繊細だった。


「僕は参加しませんが……ログは残しておきますね」


 アリアーヌの視線に答えたラージが中立の観察者ポジションを取る。ミントティーを一口飲んで喉を潤した。。


──週末の活動をかけたチーム戦が始まった。


 王子&司 vs ボブ&ハル。


 最初の一戦で王子が勝利。次でボブが取り返す。──そして、三戦目。


 司が伏せたカードを開くと、王子が笑った。

「よい打ち手だ」

 それ受けて、アリアーヌも上機嫌を隠さない。

「……チェックメイト。という表現は、ゲーム違いでしたかしら」


「違っても、勝ちは勝ちです。それに、貴殿とチームを組めて光栄でした」

 王子と司はグータッチで静かに喜び合う。


 そのとき、奥のフレンチウィンドウが開かれた。


「……わあ。これはまた……素敵な陣容」


 草の香りをほのかに残した淡いシャワーの香りと共に、エリナが庭園に現れる。髪は簡潔にまとめられ、装いも午後のティータイムにふさわしく整えられていた。


 乗馬帽は既にどこかに預けてきたようで、代わりに王室カラーの薄い羽織を手にしていた。


 エドワード王子が立ち上がると、芝を踏んでゆっくりと彼女に近づいた。


「ようこそ。“演技”の国へ」


 その笑みは訓練された外交官のもの。しかし、そこには確かな「嬉しさ」の気配が混じっていた。


「え? ちょっと……いつの間に打ち解けたの?」


 エリナが困惑の表情で王子と司を見る。

 王族と貴族子弟が集う内々の茶会が、熊鷹の中でさえ控えめに言って庶民枠の司を輪の中心においてさも当然に盛り上がっている。


「これは……セオ、どういう状況?」


「実は……」


 セオは笑いをこらえながら言う。


「彼ら──元々オンライン対戦仲間でして。アイコンに司くんの自作根付があったことで王子が食いついたのが縁です」


「それってもしかして、この留学が始まる前から……」


「王子の息抜きです。全ては“彼を笑わせるための謀議”だったのですよ」


 そう言って肩をすくめるセオに、エリナはしばし沈黙し──ふっと、笑った。


「……なんか、いいかも。演技でも、騙されてるほうが幸せなことも、あるよね」


温室の縁で、司はまた一つ、何かを学ぶようにエリナを見つめていた。


その視線の先で、クロネ──司の端末内の黒猫AIが、こっそりと尾を揺らしていた。

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