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第06話_Dパート_最大戦力、砂の上

ハーミットクラブの運転区画。

今はさすがに中継放送を切って出発前の機材と段取りの最終確認。

すっかり日は傾いて地平線が灰色だ。

カーペンター兄弟は手分けして各収納庫に消耗品を補充している。ここに来たときは6人だったところが今は4人だが、それでも作業をしながら話すにはさすがにやや手狭だ。


「案外、あっさり通ったね」

安堵のため息をつきながら、ミロは出発前の報告を上司に宛ててまとめているようだ。


「新参の子供なら、居ても居なくても良いって思ったのかも」

レヴはうつむくではないが、思案深げに眉を寄せた。


「そんなことはないさ。きっと君ならでは役を果たすことに期待してるはずだ。僕らがそうであるようにね」

備え付けの小型端末を定位置に戻すミロと視線が交わる。報告書を送り終えたのか声は明るい。


「そうだぜレヴ兄弟。初めて乗り込んだときは半分お客さんだが、もう二回目、マジで「「Bro」」」

わざとらしく息を合わせる双子とミロ。


「でもまあ、今回は本気。オクタ15の状況次第では火星入植始まって以来の本格的な殺し合いになるかもしれない。

 レヴは火星生まれだから軍とか戦争とか言ってもわからないかな。」


「暴力は最悪の解決法だと習いました。実際、なにかの弾みで与圧システムでも破損させたら拠点ごと共倒れなのは僕でもわかります」


「それはそうだね。僕らはあまりに脆い籠の中の鳥だ。しかし、実際は一方的に蹂躙できる例外がいくつかある。

 ひとつめ。区画を区切った与圧制御。拠点アーキテクトが重用される理由だね。もちろん、直すほうでも重要だ。

 ふたつめ。ヘリオス、スワルジャ、CERの持ってる打ち上げ設備。射出角度をいじって適当な拠点に当てればそれで終わり。

 みっつめ。拠点管理及び物資運搬用大型機械。我らがハーミットはじめ、5大勢力は最低一つずつは持ってるね。

 それ以外だと採算は合わないけどLISAの衛星落としとか、ALVの空輸機なんかも拠点破壊が可能ではあるかな。」

 

やや早口なミロは意図があってのことなのか、ただ気が急いているのか、レヴには読み取れなかった。


「でも、せっかくある程度協力しあいながら住み分けてる勢力同士で共倒れなんてバカバカしすぎるし、

 本気で奪い合うほどの資源なんか火星にはない。だから国家レベルの本気の殺し合いなんていうのは想定にないんだ。

 せいぜい、暴徒鎮圧用に電気ショックとか圧縮空気で打つゴム弾があるくらいだよ。実際、それで済んできた。」


話しながらだんだんミロの声のトーンが落ちてくる。


「そうか、ハーミットクラブはただの運搬と建設の機械じゃなくて火星の最大戦力の一つなんですね。」

レヴの返事にやや満足げな視線を返してミロが続ける。

「そう。だから僕は上司に口うるさく報告を急かされるし、レヴを今回乗っけるのは各方面にとって意味が大きいわけ。

 そして、ALV、特に僕らノエマはハーミットクラブを失ったらシャレにならないから、絶対に無茶はしない。」

軽くため息を挟み、


「……怖いことに、人命よりこいつの方が優先される勢い」

ミロはワザとらしく震えながら祈るポーズを取ったが、その目の奥に、火星で多くを見送ってきた者だけが持つ“鈍い静けさ”があった。


「さて、という前振りがあるとわかってもらえると思うんだけど、今回は僕が責任者ってことになってる。

 不測の事態が起きたら、即断即決、絶対服従だ。僕ら4人ともが生き残るためにも、最悪の時は一人でも多く生き残るためにも、

 僕の指揮には従ってもらう。いいね?」

「Sir, yes sir!」

双子は完ぺきなタイミングで直立不動の敬礼。いつもこのメンバーは芝居がかった段取りをやっているんだろうか。


「冗談ではないよ。ただ、君に僕らのお作法を押し付けるつもりもないし、お稽古の時間もない。生き残るために最善を尽くそうってお話。」

見よう見まねで背筋だけでも伸ばし、レヴも声を張る。

「イエッサー!」

「うむ、大変結構。じゃ、事情が分かったところで、応急処置と兵装、調査絡みの説明をカレイから受けて。

 マヌ、出発前チェックを終わらせたら、カレイとダブルチェック。

 それからレヴが使いそうな救急セットと走行絡みの機器、与圧スーツ、工具、探査機くらいは実演かねて見せてあげて。

 僕は侵入経路や関連機材の検討を進めてから仮眠をとる。7時間後にここへ再度集合、報告すること。」

「サー、イエッサー!」

「あ、何事もなければそのテンションじゃなくていいよ。ずっと緊張してたら持たないし。」

若干やりにくそうにミロは頭をかくと、思い出したように付け加える。

「あと、レヴ兄弟はただの拠点間運搬の振りしつつ応急処置講座をカーペンターズと撮影して、その模様を地球に中継よろしく~」

本気か冗談かわからない怪しい足取りで医療ブロックに向かうミロを見送ると、

カレイが嬉しそうにモニタに探査機を映して説明を始めるのだった。


概要の説明を終えると、探査機のシミュレーション映像が静かに再生される。

その明滅を眺めながら、レヴは胸ポケットから端末を取り出した。

エリナからのメッセージが、届いたまま未読で待機している。

火星の砂に乾いた彼の指が、一瞬だけ迷い、それから返信欄を開いた。


「こっちは、まだ“何も起きてない”よ。でも……」

その続きは、まだ書けなかった。

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