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第06話_Cパート_グレースカレッジ式、洗礼


グレースカレッジの授業は、開始前から“儀式”のようだった。

木の床が静かに鳴る音、太陽の角度、時計の針の動きすら、何か調和の先を作り出そうという意図を張り巡らせている気がする。

教室は16人の生徒たちに対してはかなり広く、前方の投影窓には「Global Context: 2100」と題された講義用インターフェースが準備されていた。


熊鷹高校の生徒たちは、英国側のクラスと混成で整然と並び、通訳AIが各机に割り当てられている。

かなり間隔に余裕のある扇型なのでただの講義というよりディスカッションに発展することを想定していることがわかる。


司は、目の前の通訳ウィンドウの文字変換精度をチェックしながら、クロネに設定再確認をさせていた。

(能天気自分勝手猫です!ってキャラ付けに見えて何語でもパーフェクトに翻訳してくれるの、なんだか納得いかないんだよな。便利だけど。おっと、講義が始まる)


「お互いの言葉をちゃんと拾えるって、けっこう緊張するよな」

ぼそりと呟いた彼の隣では、葵がうなずく。


教室前方には、若干年配の、背の高い白人男性教員が立っていた。

英国英語のアクセントが強く若干の癖を感じるが、文の構造は明瞭でAIの翻訳結果は非常にわかりやすい。

後方に控えるアン先生は、今回はほとんど口を挟まずに観察に徹している。


「今の時代、皆さんの多くは“国家”というものを抽象化して学んでいます。

それは国民国家形成の結果を概念として一定以上純粋化することに成功した国の特権とも言えます。

ですが、かつては国家というのは、壁や川、山で区切られているものだと信じられていました。

もちろん、それは地域によっては現在も強く意識され、そうでない地域でも別の側面では今も変わらない。

むしろ“AIが境界を越えて”稼働するようになった今、境界の現実性をむしろ際立たせようとする力学が働く場面が現出したとも言えます」


投影された地図が、緩やかにアジア大陸と大西洋をまたぐように回転する。

緩やかに発音される名前の列が、教室に静かに沈んでいった。


「米国は過去数十年、AI企業の先頭争いに基づくデジタル権益、軍事的ヘゲモニー、そして地球衛星軌道をはじめとする宇宙開発インフラを押さえてきました。

 中国は対抗ブロック構造で対抗馬の地位を維持しながら宇宙に拡張しつつ、国家システム自体のAI結合を進めています。

 インドは南半球とゆるやかに接続し、欧米中の対立から一定程度距離を置きながら地位を確率しました。

 いずれも、かつてよりずっと国民国家のコアを超え、“外”を持つ国家です――火星もその外の一つです」


言葉が「火星」で一瞬止まり、空気がわずかに揺れた。

だが講師はそのまま流れるように続けた。


「では、諸君の国家は?」


講師の目が、クラスを一望した。

発言を求められたわけではなかったが、その問いに英国側の学生が静かに反応する。


「英国は……“地続き”じゃない」

エヴァンが、口を開いた。「だから、接触の仕方に慎重さが染み付いてる」

「けど、外交って意味では、逆に踏み込まなきゃ存在感出せないよな」

と、リアムがすぐ隣から補足する。


「それは……わかる気がする」

と、葵が小さく呟く。


講師はうなずき、黒板の左端に「SEA」と大きく記す。


「海。距離と時間、そして“抑止”をもたらす最大の地理的要素です。

日英が欧州や中国陸続きでなかったことは、軍事的にも文化的にも、隔絶と同時に安定をもたらしました。

ドイツやポーランド、また中央アジア諸国のように、“隣人の顔が変わりやすい地域”とは対照的です」


「じゃあ、日本はどう見てるの?」

と、ルビーが司に目を向けた。


司は、少し息を吸ってから答えた。

「……近くにあるのに、直接関係しなかった時代が長いっていうのは、たぶん、事実です。

 戦争の回数も、領土線の揉め方も、こっちとは比べ物にならない。

 だから……なんとなく、ニュースで見て“すごい”って思うけど、すぐ自分のことにはしない、みたいな」


「感覚の問題なんだよね。鈴音はどう思う?」

と、ユウトが振る。


「え? あたし?」

鈴音は軽く眉を上げてから、笑って言った。


「んー。まあ、喧嘩売ってる人が同じ街に住んでないと、本気で怒るのって難しいよね」


一瞬の沈黙ののち、クラスに控えめな笑いが起きた。

講師もそれを制止しようとはしなかった。


「国際情勢とは、論理で語る以上に、距離と文化と記憶で変わります。

それを“授業で学ぶ”のは不可能かもしれません――けれど、“考える視点”は持てます」


そう締めた講師が、投影端末を操作してウィンドウを切り替える。


「さて、明日はグループワーク形式で続きます。

それぞれのチームで、“自国の友好国”と“仮想敵国”について、

どのような取り組みがあるか――各国につき一人、予習して発表してもらいます。

チーム内で割り当てを決めて、資料の準備をしておいてくださいね」


静かな空気に、司の眉がわずかに動く。

遼が「この流れで“発表”ってマジかよ……日本代表じゃないか」と小さくぼやいた。


「……うん、これはちょっと……。即興で答えるには難しいかも」


葵の声は低く抑えられていたが、明確に焦りがにじんでいた。


「てか、“仮想敵国”ってワードが授業に出るんだ……」

ユウトがぽそっと言ったその言葉に、誰も返さなかった。


教室の空気は、前より少し静かになっていた。

日本勢だけが浮足立ち、覚悟の足りなさを晒してしまっていた。


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