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第06話_Bパート_歓迎の形式

グレースカレッジは、その佇まいからして“何かが違う”と感じさせる場所だった。

白く整えられた石畳、やや高めに設計された正門のアーチ。

横に流れる低い柵の向こうには芝の整った中庭があり、奥には赤煉瓦の尖塔が静かに建っていた。

暗闇の中でも照明によってはっきりと映し出されている。


演出された空間だ、という誰ともない熊鷹組のため息が来訪者に共有された気がした。


正門を抜け、重厚な扉を経て、玄関ホールへと入る。

英国の伝統校らしく、吹き抜けのある広々とした石張りの床に、高い天井と厳格な照明。

そのまま右手へ――控えめなサイズの、木製扉の会場へと導かれた。


「歓迎式はこちらで行います」

玄関で合流したミアの声が、車の中から会話に参加していた自然な流れで、静かに補足を入れる。



小ホールの中央には、目立たぬ高さの演壇と、数列だけ設けられた来客用の椅子。

壁際には控えの英国生徒たちが並び、すでに立っていたのは、ブルーグレーの制服に身を包んだエドワード王子だった。


「ようこそ、熊鷹高校の皆さん」


声は柔らかく、演壇との距離が近いため、息遣いすら伝わってくる。

飾りすぎず、それでいて崩れもせず――“届けるための言葉”の声だった。

あまり格式ばったことをまくしたてないのも、まだ場に慣れていない生徒たちへの配慮を感じる、AI翻訳不要な対応だ。


「私たちは、短い期間とはいえ、この交流がきっと意味あるものになると信じています。

たとえ言葉や価値観が異なっても、私たちは“学ぶ”という一点で結ばれています」


ふと、司の視線が一瞬、綾と交錯する。

綾はほとんど呼吸音だけで頷いていた。

鈴音は姿勢よく座り、口を結んで静かに聞いていたが、どうも視線が強く、腕組みをしてうなずいているほうが自然な感じだ。


「どうかこの時間を、ただ“過ごす”だけではなく、

 何かを得て、そして少しでも自分自身を試す場にしてもらえたら――」


一拍置いて、王子はやや照れたように笑う。


「それと……火星の話題にも、興味を持ってもらえたら嬉しいです。

 あくまでスパイスですが。せっかくですから」


小さく笑いが起きる。

その空気に、王子自身も表情を緩めた。


すぐ脇にいたセオが一歩前に出る。


「王子の挨拶は以上です。それでは、受け入れ側の代表者たちが皆さんにご挨拶します」


英国受け入れ生徒たちから簡易な自己紹介がなされる。

セオを先頭に、ミア・カスパー。このあたりはこれまでの説明会や空港からの案内で比較的見知った顔だ。

ルビー・アイシャは宗教や伝統・風俗にかかわるテーマでスポットライトが当たっていた。

順にそれまで比較的後列にいたイメージのエヴァン・リアム・ノアからも、日本の高校生が初対面ではやらなさそうな、

短いながらも踏み込んだ思想や将来に関する言及を含む自己紹介が進んでいく。

並びは整然としていたが、雰囲気はどこかカジュアルだった。


「Hi!録音はしてないから安心してねー。あ、でも後でさ、声だけちょっと……冗談冗談」

カスパーが軽口を飛ばす。司の眉が少しだけ動き、綾は無表情に手元の端末で日程を見ていた。


ミアは明るい笑顔を作ってから一礼し、「プログラムの進行だけじゃなくて、こちらの生活でわからないことがあったら聞いてくださいね」と生活面に及ぶ支援を強調。

エヴァンは滑らかな英語で政治への興味を語り、うっかり日英の弁護士の違いに熱が入りそうになったところでセオに促され打ち切る、

リアムはクリケットの話題で手短に済ませたが、これも将来の活躍を明確に意識させてきた。

ノアは最小限の所属と会釈のみだが、既に欧米系の宇宙機関連合"LISA"にオブザーバー参加しているというそれなりに衝撃のある内容。

ルビーは明るい声で「SNSの件は任せてくださいね」と締めた。


アイシャの番では、セオが短く言った。

「彼女は宗教的理由で歓迎会への参加は見合わせますが、明日から一緒に学ぶ仲間です」


その静けさが、逆に場を落ち着かせた。

一般に、ムスリムの協議では、男女が一緒にそうしたイベントを行うことはないし、それ以前に夜に出歩くのも現実的ではないのだ。

異文化交流が主眼の一つとはいえ、"英国"に焦点が結ばれてしまい、日本側では今一つ現実感のいきわたらないところがこうして日常生活の中で白日の下にさらされる。


すっかり陽が沈み、グレースカレッジのやや演出過多なカンテラ風の造形になっている街灯に頼るころになって一行はグレース校に隣接した系列の宿泊施設へと案内された。

長く現地の寄宿舎だったらしい石造りの建物。

重厚な玄関扉の先には、絨毯と古木の匂いが漂い、日本のあからさまな蛍光灯的なLEDに比べると廊下の照明は低く落とされていた。


チェックインを終え、ひとりずつルームカードを受け取る。

どうやら――全員、一人部屋らしい。


「うわ、一人部屋か。修学旅行だと絶対4人部屋だけどな……」

大介がぽつりと漏らす。


「ハハ、逆に寂しいっすね」

ユウトがカードをひらひらさせながら笑った。


遼は少し離れた位置で、「まあ。そのほうが落ち着くか」とだけ呟いた。


エリナは無言でカードを受け取り、廊下を歩く。

扉は重く、番号は金属のプレートで刻まれている。

誰の足音もしない廊下。しんとした空間。


無駄に重厚なドアを静かに開ける。さすがに

修学旅行の旅館や、日本の日常感を形作るくたびれたマンション・アパートの薄いドアやセキュリティに配慮し始めた防犯感のあるドアとは違う。

部屋の中には、単身用ベッドと木製の机、それに高い窓。空調は、伝統的セントラルヒーティングらしく、窓の下にヒーターが見える。

エリナはベッド脇の電源につないで端末を立ち上げ、セキュリティ確認を経て、私的な受信ボックスを開いた。

その隅に、旅先仕様にコンパクト化された**老執事AI「アシュベル」**が待機していた。

新着の短いメッセージが届いている報告だ。


From: Rev.S

Subject: "I joined them."


本文も、あっさりしている。


“明日からオクタント15の調査隊に同行する。

しばらく定期連絡は難しい。

何かあったらメールで送っておいて。

エリナのことは忘れないようにする。”


"忘れないように"とは意味深にも思えたけれど、

読点のない簡潔な文面、彼の癖なのだろうと思えた。サラの生存確認もそうだが、意識しすぎてはいけない。

英国留学も、上の空ではとてもこなせないハードな数日になることが目に見えている。


しかし、平常心に戻ってエリナはそれを何度か読み返し、指先でメール画面を閉じた。

部屋の中には、アシュベルは天気や最小限の現地ニュースの報告を終え、微かな起動音だけが残っていた。


「……着いた、というより、始まった、か」


呟いた自分の声が、部屋にだけ響いた。


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