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Ember Flight  作者: 水底工房
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第01話_Bパート_開幕、AI接続式

熊鷹高校 体育館棟・視聴覚室前。

集合時間までは、まだ20分ある。


エリナをみつけた葵の一声は、今まで聞いたよりも、少しだけ硬い。

「緊張、しちゃうな……エリナさんはもう、整ってるんだね」

エリナは結び直したばかりのタイを整えながら、ほんの一瞬だけ目を細めて、うなずいた。


熊鷹の短期留学チーム選抜は、それなりに狭き門。

そこに至るひと試練を越えて選ばれたという自負と、新しい挑戦への熱意がほのかに瞬き始めた。


視聴覚室のカーテンはすべて閉められていた。

普段は教材の上映や保護者説明会に使われているけれど、

今日は真昼の日差しが燦燦と照らす運動場から、完全に遮断された別世界になっている。

冷房の風が静かに巡り、本来は倍以上並ぶすぺーるに対して20席だけが整然と並ぶ。

隣り合った生徒8名と保護者8名は二つの机を若干の間隔をあけて並べられている。

それぞれで相談することが念頭にあるのかもしれない。

引率教員ら4名のうち3名は音響設備の周辺に集まっておりウェブ会議の最終チェックに余念がない。

この模様は一定の編集をされて、公開される。その条件で無料で英国のエリート校へ短期留学、特別コースに参加できるのだ。

高校生のリアルを切り取ってビジネスにすることの批判もある一方で、熊鷹高校側の得ている感触としては宣伝に成功した、という印象が強い。


壁のパネルには「熊鷹高校・短期渡航プログラム(英国連携)オリエンテーション」と、静かに浮いていた。


前列の教壇に英語科教員で学年主任の春日先生が立つ。

眼鏡の縁の奥、視線の落ち着きにだけ熱を込めた。


「本校から世界に旅立つものは一定数いる。ここにたどり着いた君たちは同世代の中でも一番乗りと言っていいでしょう。

 それを可能にしたのは、君たちの積み重ねであり、それを支えた親御さんの力添えです。

 君たちの意思を示し続けた結果が、ここにあります。今後様々な困難や不安に向き合うとき、それを忘れないでください」


教室には拍手も歓声もない。静謐な空間に、誰かのかすかな吐息が漏れた。


接続インジケーターが静かに点灯し、室内の光が一段落ちた。

スクリーンに、英国側の画像が結ばれる。


画面の中に現れたのは、明るい金髪を後ろにまとめてバレッタで止めた女性。

シンプルなネイビーのジャケットに、やや華やかな襟もとのブラウス。

あちらがまだ肌寒い早朝とは思えないさわやかな笑顔だ。


「こんにちは。

グレースカレッジ──国際連携部門より、アン=ルーエルです。

遠く、東のエデンから皆さんをお招きできることをうれしく思います。

接続環境の整備、ありがとうございます。皆さんの貴重な時間を預かるにあたり、私からのお話は最小限に。」


黒縁メガネの恐ろしい魔女でも覚悟していたのだろうか、予想が外れた男子たちの安堵の声が聞こえる。現金な奴ら。

でも、流麗な日本語、柔和な表情。演出でも、スタートの切り方としては、助かる。


つづけて、校舎紹介の映像が流れ、その声の主、セオドア・クレイヴンという名が紹介された。


「クレイヴンと申します。グレースカレッジの学生を代表して、皆さんを歓迎致します。」


一礼は短く、口調はあくまで均衡的。緊張は感じられない。いつもどおり、歓迎しますという雰囲気。

聞く者の温度を問わず、処理されることを前提に話す──“説明”ではなく、“接続”だった。


「それでは──」


アン先生が一つ視線を傾けるとスクリーンが切り替わり、王子のビデオメッセージが流れた。

だが、そこに熱はなかった。あらかじめ用意された台詞、学校設立の志、協賛の名義、火星の話題──


エリナは、画面をちらと見た後、表情を崩さずにつぶやく。


「……朝のニュースと同じか」


それ以上、言葉は続かなかった。


アン先生が再び前に出る。


「皆さんの滞在は、一人ひとりに対応するAIを通じて準備から現地の生活までサポートします。

 この接続をもって、専用のアシストが起動されますので存分にご活用ください。

 英国滞在中の活動は、各家庭のIDからも確認できますので、保護者の皆様もよろしくお願いします」


彼女の会釈を合図に、それぞれのAIが起動して軽く挨拶して生徒たち個別の画面に移動していく。

個人用最適化済みAIを他人に見せる意図はなんだろう?

ひとりずつ違うことを誇示しようというのだろうか。熊鷹高校以上に、グレースカレッジは主催者として全面的にブランディングを行っている。

高校生たちには見えないところで、しっかりビジネスとして回っているのだろうか。


まず、燕尾服を着た青年執事が現れた。

彼は完璧な発音の日本語で丁寧に名を告げ、一礼すると木村綾の前に現れた。

部屋に入ったところから終始緊張したままの綾は今まさにその頂点にさしかかり、どうにか軽く頷く。勢い余って、何度も。

茶道部の均整というよりは文学少女の夢想がつばぜり合いでやや優勢となるのを見て取れた。


沢渡鈴音の前には、柔らかく跳ねた髪の、ハイテンションなメイドAI。

西郷大介には、胸板の厚い穏やかな口元の逆三角形体系の日焼けした若手師範。

大垣ユウトには、野球部の彼に合わせたのか活発そうなマネージャー。


それぞれに違う、しかし明らかに“個別設計された”印象を与える存在だ。


そして──


秋月エリナの端末に現れたのは、老執事。

アシュベルと名乗るその存在は、身なりも声も、あまりに静かだった。

一礼だけを残し、不動。


エリナは視線を交わしただけで、言葉を返さなかった。

だが、表情にはわずかに、懐かしさが滲んでいた。


最後に残った一条司のアシストAIは正面に現れなかった。


正面スクリーン、アン先生の隣の空間に注目が集まる中──


黒い何かが動いた気配に振り向くと、一条司の画面には猫。艶のある毛並み。小さな耳。長い尾が揺れている。


机から飛び出たと思ったら少女の姿に変わり、正面へ。猫耳、メイド服から長い尾は伸びている。

あきらかに現実離れした仮装づいた風貌だが、目だけが異常なまでにリアルを刻む動きでパートナーに焦点を結ぶ。


「黙らせるの、オンのままだ。ごめん」

彼の根暗らしいぼそぼそした声がかろうじて聞き取れた。


猫耳の少女は、全体に向き直ると軽く会釈した。

取り澄ました笑顔のようなものだったが、その距離感は掴めない。

ミュートではなく、沈黙の微笑。


ざわつく教室。


一条は背を丸め、頭をかきながらつぶやいた。


「……いや、俺、猫派なんすよ。へへ……」


沈黙。

木村が一歩身を引き、葵が何かを言いかけて、視線を自分の画面に戻した。


「それでは皆さん、疑問質問はご自分のAIまで。AIが答えられないものは私たちもサポートしますのでご安心ください。

 次の説明会まで、たくさんお話してあげてくださいね。本日はご清聴ありがとうございました」

 アン先生が出席者の視線が個人用調整済みらしきAIにくぎ付けなのを意識してか手短に引率教師たちに挨拶をすますと、

 なし崩し的に個別面談へと切り替わっていった。



スクリーン越しのセオが、指先でログを操作しながらぽつりと漏らす。


「……黒猫のAI、オーナー指示無しで動き続けてる?」


周囲の喧騒の中、老執事アシュベルは静かに佇み、秋月親子は個人端末に目を走らせてから彼への質問攻めを始めた。

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