第04話_Cパート_トライアッド、始動
火星時間、午前11時。エクソディーン本拠の円形会議室。
昼の高照度にはまだ遠く、薄明の空気が天窓から斜めに射し込んでいた。
室内では、アブラム、ミロ、レヴの3人が円卓の外周にある簡素な対話卓を囲んでいた。
「──つまり、ここまで“公式”には異常なし。だがノード15──」
「オクタント15です」
ミロが補足する。
「オクタ15で稼働するノードからログは取得できます。パケットの中継も確認できました。限られたやり取りの中で、確かに正常を知らせる応答が返ってきます」
「正常応答に疑いを持ってしまえば、拠って立つものも残るまいに」
アブラムの返答は正論だ。正常値を疑い始めてしまえばキリがない。
「しかし、イレギュラーな質問に対して答えが定型に過ぎたのも事実です。その後は正規手順でメンテナンスを告げて一時停止とはいえ、疑う理由はゼロとは行きません」
アブラムは腕を組みながら、ゆっくりと息を吐いた。
「自然な沈黙か、交信の意志の放棄か、あるいは……」
「……放棄させられたか、ですね」
レヴの声は、静かだが強かった。
視線はミロに向いている。
「僕は、地球の友人から“オクタ15にいる知人と連絡が取れない”と聞かされたんです。
その子にとっても、その人も、“誰か”であって、“データ”じゃない」
ミロは、その言葉に反応を示した。
数秒だけ沈黙し、口元を引き締めたあと、軽くうなずく。
「火星の多くは、未整備か仮設。誰かが誰かの無事を祈ってる限り、僕らは数字を扱うだけじゃ済まない」
「調査チームの正式編成を考えてもいいと思います。建前上は“通常の搬入とメンテナンス”として。
いざとなれば中止できる余地を残した上で、足を向けておく」
アブラムは目を閉じ、しばらく考えるそぶりを見せた。
「……いいだろう。だが、その前に確認したいことがある。
ミロ、君の側からの推薦を一人、提出してほしい。地球でも映像が流れている中で、選ぶ人間は慎重でなければならない」
「了解しました」
ミロは立ち上がり、袖口の端末を操作しながらハーミットクラブへ足を向けた。
マヌとカレイへの声掛けもそこそこに操縦室から医務室へ向かう。そこが一番邪魔されない。
個室で一人になって数秒ののち、会議室の照明が自動的に調整され、トーンが青く沈む。
姿勢を正し、診察デスクへと向き直るミロ。
「思考のレイヤを上げよう。アルトバッハ・トライアッド起動。プラグイン、火星局地戦略支援。今日出たオクタ15関連の情報一式、再構成してロード。計画を組みなおす。」
その声と同時に、診察デスクを囲うように設置されたパネルが静かに瞬き、3人の人影が映し出される。
一人目、軍装の、背筋が力強く伸びた、顔が角ばった立派な眉毛の男。
二人目、アロハ姿の初老の腹の出た男。鼻の下に蓄えられた豊かな髭をなで、紙を束ねたバインダーをめくる。
三人目、中華風の儒服を身にまとい、竹簡と筆を携えた青年の姿。
どうにも、ミロには信用出来ない顔ぶれだ。偉人たちを呼び出して多角的に戦略を検討できるという触れ込みなのだが、自らの出自からかどうにも拒絶反応がある。
「沈黙が起きたとき、まず疑うべきは通信機じゃない。“沈黙を選ばされた誰か”だ。」
一人目の男は眼光鋭くミロをにらめつけた。
「リスクと成果の釣り合いが取れるかね?あるいは、“釣り合いが取れているように見せる構造”を作れるか」
二人目は鷹揚さのなかに、アロハの男の底意地の悪さが滲んで見える。この古狸が自分の側に立っているとは、ミロには思いきれない。
「“名指しされない問い”が、この構造の鍵となります。火星は今、誰かの沈黙を通して我々を試している。」
三人目の本気度も疑問だ。ナルシストの演技がかった振る舞いというのは正論を言われても人に疑いを持たせるものだ。
決断の場というにはいささか仮装めいた出で立ちだが、彼らの盤面に向けた眼光は鋭い。
ミロは大きな違和感を飲み込み、議論の輪に加わり戦う覚悟を決めた。
自らの生き方を貫いた偉人たちを前に、わずかなうしろめたさぶ後ろ髪を引かれながら。
投稿時間で試行錯誤します。当面の予定は活動報告でお知らせします。あしからず!
当面は月・金の週2連載見込みです。




