第04話_Bパート_投資家、語る
金曜の夜、熊本。
秋月家のリビングには、静かな間接照明の下、薄いプロジェクター光が壁面に映し出されていた。エリナは床に座り、クッションを抱えたまま画面を見つめている。
一方、郊外のカラオケ店の一角では、沢渡鈴音が制服のままスタッフ用のベンチに座っていた。家業であるこの店を手伝う合間の休憩時間、スマホを横向きに固定して画面を見ている。
映っているのは、エリオット・秋月。
どこかの小規模なスタジオで、黒いシャツに落ち着いた声で語っていた。表情は柔らかく、けれど視線は研ぎ澄まされている。
「……DAOという言葉には、いくつかの意味が含まれています。分散型自律組織と訳されることが多いですが、私は“責任と関与の分散化”と捉えています」
画面が切り替わり、簡略化された火星の地図が表示される。
いくつかの点が、青く点滅していた。
「火星では、地球との通信に遅延が避けられず、従来のインターネットのようなリアルタイムIPルーティングは成立しません。惑星間でのDTN──遅延耐性ネットワークが不可欠となります。
その中で、火星表面にも中継衛星や転送ノードが整備され、**限られた接点とタイミングでスケジュール的に転送される**運用が行われています」
次の画面には、ノード群にIDとトークン名が付与されているようなUIが表示される。
「私が関わっているのは、このDTNノードの**使用権や優先枠がDAOで管理され、トークン化されているプロジェクト**です。
各ノードはそれぞれに整備やメンテナンスを担う小さな組織に紐付いており、転送の優先度や再配分の枠組みは、トークン保持者の合意形成で動く仕組みです」
そこには、機能としての投資と社会性としての意味が並列していた。
「もちろん私はエンジニアではなく、個人投資家の立場から見ています。
けれど、こうした“使われるたびに意味を持つインフラ”への出資は、単なる投機を超えて、未来社会の基盤を支えることに繋がると思っています」
語りには熱さではなく、意志があった。
「DTNは、時空の断絶をつなぐ技術です。
人々の繋がりが途絶えないように、誰かが接続を維持している。
DTN-DAOは、そうした営みの一部に誰でも関われる形なのです」
エリナは画面をじっと見つめていた。
父の言葉がどこまで届いているのか、まだ測れない。
鈴音は、イヤホンを片手で直しながらつぶやいた。
「うわ……これ、意外と、めっちゃ面白くね?」
その声は店内の壁に吸い込まれていった。
だが、画面の向こうでは、火星に投げかけられた構造の物語が、着実に編まれていた。
* * *
翌日、熊鷹高校・屋内プール。
ガラス張りの天井から、曇った午後の光が揺らいで差し込む。
プールには、学年別に分かれた遠泳授業が行われており、生徒たちが一定のペースで水をかいていた。
エリナと鈴音は、学校支給の水泳用ボディースーツを着用し、プールサイドに腰掛けていた。指先から足首まで覆われたそれは、肌の露出こそないが、ボディラインをはっきりと映す機能的なものだった。
周囲では、他の女子生徒たちがタオルで髪を整えたり、友人同士で軽口を叩いていた。反対側の男子レーンでは、やけに休憩中の者が多く、何人かはちらちらと女子側を見ていた。
そのうちの一人が指導教員に軽く注意され、慌てて水中へ戻る姿が見えた。
「……結局、あのDAOの話って、国とか国連じゃなくて投資の話ってこと?」
鈴音が肩まで水に沈めたまま、ぽつりと口にする。
「うん。国じゃなくて、仕組み。誰かが作ったものへの強制参加じゃなくて、誰が参加してどう使うか、みたいな」
「ふーん……うちのカラオケ店で回数券DAOとか作れるかな」
鈴音の言葉に、エリナは苦笑した。だがその笑顔の裏で、心のどこかが柔らかく波打つ。
そのとき、クラスメイトが鈴音に声をかけた。
「さわたりー、そろそろ戻るよー」
「おっけー。じゃ、続きはあとでね」
鈴音はそう言って水中に飛び込み、エリナもゆっくりと立ち上がった。
ホイッスルの音が響くなか、生徒たちはそれぞれのラインに戻っていった。
登場人物の誰かが水着を披露してくれるかと思ったのですが、気づいたら見たことのないモブ子さん二人が。
でもなんとなくしっくりきたので載せちゃいました。
有志の皆さんがお名前やキャラ付けしていただけると再登板もあるかもしれません。
当面は月・金で週2連載見込みです。
投稿時間で試行錯誤します。当面の予定は活動報告でお知らせします。あしからず!
当面は月・金の朝6時10分で週2連載見込みです。
なんで水着回になった?という疑問があるかもしれませんので補足しときます。
火星との対比です。水vs砂。夏vs極寒。むくつけき男どもvs水着のJK。
この作品の舞台は夏です。これだけあからさまにやれば夏休みの短期留学だとわかってもらえるんじゃないかと思った次第。




