表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/31

第01話_Aパート_静かな出発

2100年。人類はAIと手を携え、火星社会を構築しつつある。

地球社会ではAIの浸透を横目に全人類の人口縮小が始まろうとしている。

一方では衰退の先駆者であった日本、英国。他方で人口が反転を開始する国々。

つながる世界、衝突と、再生の行方は。

 全天モニターの助手席の側に、「日英合同:火星支援プロジェクトに第15王子も参加」の見出しが流れた。

 サウンドは切ってある。画面には、火星のドーム施設を模したパネルとインタビューを受ける金髪の青年──その背景に、一瞬だけ、古めかしい石造りの校舎が映り込んでいた。


 熊本市内、午前七時すぎ。

 車は左折し、熊鷹高校へと続く桜並木の私道に入った。

 新緑のトンネルをくぐる生徒たち。その静かなざわめきを壊さぬよう、数台の車両もゆるやかに進んでいる。


 助手席のエリナは、制服の袖を整えて髪を後ろでひとつに結び直した。

シャワーは浴びた。汗はもう残っていない。けれど、今朝の馬上の熱と鼓動だけは、肩甲骨の奥にまだ貼り付いている。


「今朝も暑かったろ。馬房の中、もうサウナみたいなんじゃないか。」


 父、エリオットが前方を見たまま言った。

 声の調子は穏やかで、必要以上の関与を避けながらも、距離を置かない絶妙な位置にある。


「うん。馬のほうがぐったりしてた。

 こっちはシャワーとアイスコーヒーで即リセット。」


「それは良い流儀だ。俺もこれから一仕事。」


「午前はAI投資講座で先生だっけ。午後の部、説明会は親も参加。絶対忘れないでよ。」


「当然。大切な娘が国外へ行く話だ。」


 エリナはスマホを開き、親指で通知をひとつ確認する。

 モニターの映像にはもう目を向けなかった。けれど、さっき見えた校舎の輪郭だけは、なぜか少しだけ記憶に残っていた。


「パスポート、昨日届いた。申請、スマホだけで完結した。なんかスルッと通って、逆に不安になる。」


「昔は三回行ったよ。市役所で戸籍、センターで申請、そして本人受け取り。全部別日、全部本人。」


「……冗談でしょ。修行なの、それ。」


「正確には“人生に必要な試練”って言うらしい。」


「やだなそれ、努力の無駄遣いじゃん。」


「でも、そのダンジョンを抜けて──**平和で、ちゃんと努力が通る日本で、君は熊鷹に入って、短期留学まで見届けられる。**

 俺にはそれだけで十分だ。」


 エリナは黙ったまま窓の外を見た。

 桜の葉が光を通して揺れ、車列の奥に校門の屋根がちらりと覗いていた。


「馬術部の補助金、今年は通ったよ。ホースクラブ側、感謝してた。」


「…パパがやったの?」


「草案は向こう。僕はアッシュに頼んで体裁整えただけ。」


「やっぱずるい。」


「ずるさも含めてAI時代の基礎教養だ。」


「基礎からズル教えてくるの、うちくらいだと思う。」


 エリオットは笑いながら言った。


「名刺、切らさないように気をつけなきゃな。」


 エリナは笑わずに返す。


「最近、“投資の講義ってエリナさんのお父様ですよね”って聞かれる。ちょっと恥ずかしいけど、悪くない。」


「じゃあ今日は静かに“親の顔”しておくよ。」


「それがいちばん難しそう。」


 ドアロックがカチリと外れる音。

 車は並木の中で静かに停止し、風がそっと流れ込む。


「行ってくる、パパ。」


「午後には戻る。ちゃんと未来の話、聞いておいで。」


「……それ、今の私の持ちネタじゃないってば。」


 エリナはドアを開け、真っ直ぐ歩き出した。

 父はただ静かに、その背中を見送っていた。

挿絵(By みてみん)


本作品は基本的に一話ごとにA,B,C,Dの4パートで構成します。(稀に例外あり)

アニメのようなテンポを目指しておりますのでそのつもりでお付き合い頂けますと幸いです。


2025年6月7日 水底工房より。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ