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学園内でも有名な女たらしの王子様が次に狙ったのは?〜婚約者と下級令嬢による反撃が始まる〜

作者: たまユウ

 王立学園では、毎日のように噂が飛び交っていた。


「昨日は伯爵令嬢のクラリッサ様だって」

「あら、先週は子爵家の双子姉妹じゃなかったかしら」


その中心にいるのが、第四王子レオニス・アークレイン。銀の髪に蒼い瞳、貴族の誰もが認める美貌と優雅な立ち振る舞い。

だが──彼の評判は、決して美しいものばかりではない。


「またレオニス様ね……」


エリシア・フェルステインは、憂鬱そうにため息をついた。彼女は辺境の下級騎士家系の令嬢。華やかな貴族の子女たちの中で、地味で目立たない存在だった。


それでも彼女にはこの学園でただ一人、対等に語れる友がいる。


侯爵家令嬢、セレナ・グランフォード。

誰よりも美しく、誰よりも気高い──そして、第四王子の婚約者。


「エリシア、聞いた? 今度はあなたに声をかけるつもりらしいのよ」


ティーカップを口に運びながら、セレナはさらりと告げた。

エリシアの手がぴたりと止まる。


「……冗談でしょ?」


「いいえ、本気よ。だから──協力してくれる?」


「……え?」


エリシアは困惑しつつも、セレナの真剣な表情に見入る。


この二人の友情は、決して表面的なものではなかった。


幼い頃、フェルステイン家とグランフォード家は、辺境の魔物討伐に共に派遣された。そのとき、エリシアの父がセレナの父を庇い、深い信頼関係を築いたという。それ以来、互いの子供も文通を交わし、成長と共に友情を深めてきた。


「私はもう我慢の限界なの。王子の好き勝手に、誰も何も言えないなんておかしいでしょう? あなたとなら、できると思うの」


王子がどれだけ多くの令嬢たちに甘い言葉を囁き、関係を結んできたか──その事実を、セレナは知っていた。

なぜなら、彼女が“被害者たち”の涙を何度もぬぐってきたから。


「今までは黙っていたけれど……そろそろ、お灸を据える時じゃないかしら?」


エリシアは唖然としながらも、親友の瞳に宿る決意の炎に知らず身震いした。




―・―・ー




「やあ、君がフェルステイン家の令嬢だね」


その日、エリシアが図書室から出たところで、彼は現れた。


銀髪が陽光に揺れ、瞳はまるで宝石のように煌めく。数歩離れて立つだけで息苦しくなるような美貌。

だがエリシアには、その輝きが毒のように感じられた。


「……はい。エリシア・フェルステインと申します、第四王子殿下」


「エリシア……美しい名前だ。君の瞳と同じ、深い緑を思わせる」


彼は微笑みながら手を取ろうとした。だがエリシアは一歩後ろに下がり、丁寧にお辞儀をしただけだった。


「おそれながら、殿下のお戯れに付き合う余裕はございませんので」


「……ふふ。面白い子だな、君は」


その言葉に背筋がぞわりとする。

彼は明らかに、興味を抱いた獣の目をしていた。


セレナの部屋に戻ると、エリシアはすぐに報告した。


「来たわ。今日、図書室の前で。あの人……慣れてる。『瞳と同じ緑を思わせる』ですって」


「まあ、いつものパターンね。外見を褒めて、他の令嬢とは違うと思わせて特別扱いする」


「それでその後、さりげなく誘ってくる。甘い言葉で囲い込んで“恋”と“関係”を取り違えさせる……」


セレナは紅茶を口にしながら、静かに頷いた。


「レオニスの問題は、彼が“誠実なフリ”をするところなの。明らかに軽薄なら皆も避けるけど、彼は違う。誰にでも優しく誠実に見える。だから、騙されるの」


「でも……それって、婚約者であるセレナが一番被害者じゃない?」


「私にとって一番つらいのは、彼に傷つけられた令嬢たちが声もあげられず泣いてることよ」


セレナの声は静かだったが、言葉の奥に燃える怒りがあった。

エリシアは友人のその怒りを感じ取った。


「……じゃあ、やりましょう。あの人が“本気”になるまで、私が“特別な女”のフリをする」


「ええ。舞台は学院、役者は私たち。そして観客は──王子自身よ」


二人の計画が、静かに幕を開けた。




―・―・ー




授業が終わった放課後、学園の庭の真ん中で二人の男女が注目を集めていた。


「この花を君に。エリシア、君は本当に……特別だ」


差し出されたのは、深紅のフレイミアの花。

“愛の誓い”を意味する、高貴な贈り物。

それを学園の庭で、他の生徒たちの前で差し出すとは。


その瞬間、エリシアを囲む空気がざわめきに変わった。


「まさか、あの王子が……本気?」

「でも、あの子って下級貴族でしょ?」

「でもでも、令嬢としての所作は上品だし……可愛いし……」

「恋は身分を越える、ってやつ?」


そう──王子・レオニスは、ついに“本気のフリ”を始めた。


数日間に渡るさりげない気遣い。

偶然を装った出会い。

視線を交わしたり意味ありげな沈黙を演出したり。

そして今日、人目のある場で愛の象徴を贈ったのだ。


だが、エリシアはその花を受け取らなかった。


「申し訳ありません。フレイミアは、大切な方からのみ受け取るものだと教わっております」


控えめに、しかしはっきりと告げて深く一礼する。

拒絶にも近い言葉。

だがその姿が、逆に人々の目には“気高い令嬢”として映った。


レオニスの目が、一瞬だけ鋭く光った気がした。


(……ああ、なるほど。そういうつもりか)


彼はすぐに柔らかく笑みを浮かべた。


「そうか。ならそのときが来るまで、私は待とう。君の心が私に傾く日まで」



──その言葉と笑顔が、また新たな噂となり学園中を駆け抜けていった。






「完璧だったわ、エリシア」


「こっちは心臓に悪いっての……! あんな人前で告白まがいなことされるなんて」


セレナの部屋。窓を閉めほっと息を吐いたエリシアは、やっと紅茶に口をつける。


「でも、これで王子が“本気で落としにきている”ってことが、周囲にも伝わったわ。今がチャンスよ。過去の“被害者”たちに話を聞きましょう」


セレナは机から一冊のノートを取り出した。


「これ、私がこっそり記録してきた“彼が関わった令嬢たち”の名前。直接聞けなくても、何か証拠や噂が得られるかもしれない」


「……思ったより多いわね。三十人以上……?」


「実際はもっといると思う。でも、この中の何人かは真実を話してくれるはず」


そして、翌日から調査が始まった。


セレナとエリシアは、昼休みや授業の合間に一人ずつ声をかけ始めた。


『王子とどのような関係だったのか』

『どんな言葉をかけられたのか』

『その後、どうなったのか』


涙ながらに語る者、怒りを押し殺していた者、中には未だに彼を“本気だった”と信じている者もいた。


「私、言われたの。“こんなにも誰かを好きになったのは初めてだ”って」

「でも次の週には、別の令嬢と手を繋いでいたわ」


それでも、協力を申し出てくれる者は少しずつ増えていった。




―・―・ー




「誰にも聞かれたくない話があるんだ。今夜、王族主催の夜会があるだろう?その前に東棟の応接室に来てほしい。君と……二人きりで話したい」


それは、放課後の中庭でささやかれた言葉だった。

低く甘い声。気遣いを装った目線。

エリシアを“特別な存在”として扱う完璧な演技。


だが、それはエリシアにとって予告された“決定打”でもあった。


(来たわ……。あの人、ついに本性を見せに来た)


何も知らなければ、その誘いは恋の進展にすら思えるだろう。だが、これまで王子が何十人の令嬢を“個室”に誘い、どれだけの涙を生んだか──それはすでに、証言と証拠から明らかになっている。


応接室という選択肢もまた狡猾だった。東棟の部屋は使用許可が必要なため外部からの出入りが少ない。

万が一噂になっても、「相談のために使った」と言い逃れができる場所だ。


「行くわ、セレナ。きっちり、罠にかかってもらう」


「私たちも準備万端よ。彼がいつもの“手口”を使えば、録音と記録が取れるようになってる。協力してくれた使用人の一人が、こっそり応接室の外に張り付いてるわ」


「後戻りはできないけど……私は、これ以上彼に泣かされる女の子を増やしたくないの」


二人は、強く頷き合った。



その夜。


エリシアは一人、応接室の扉を開けた。

そこには、レオニスが優雅に紅茶を用意して待っていた。


「来てくれて嬉しいよ、エリシア。君とこんなふうに静かに語れる時間が、ずっと欲しかった」


「何のお話を?」


「……君のことが、どうしても気になって仕方がない。君の姿を見ていると胸が騒ぐ。私の傍にいてほしい。誰よりも近くで……私だけを見てほしい」


言葉は甘く、目線は真摯。

それでも、エリシアの心は少しも揺れなかった。


(その“特別”は何人に言ったの?)


彼の言葉は、すでに幾人もの令嬢たちの証言と一致していた。


『誰よりも君が特別』

『こんな気持ちは初めて』

『君だけに話すんだが』


彼の“恋のレパートリー”は、もはや台本のように使い回されていたのだ。


「……殿下。申し訳ありませんが、それは婚約者のセレナ様に言うべき言葉では?」


レオニスの表情が、わずかに固まる。


「……セレナには、義務としての関係がある。だが私は、心から……」


「“セレナには理解されなかったが、君なら分かってくれる”──ですか? そのセリフも、過去に四回使われているようですね」


レオニスの手が止まり、視線が鋭くなった。


「……君は、誰と通じている?」


「たくさんの“本気だったはずの令嬢”とお話しました。皆さん、少しずつ勇気を出して真実を語ってくれました。

そして今、応接室の外には証人がいます。あなたの“誠実な仮面”がどれほど見事なものだったか、記録されている最中です」


レオニスの顔が青ざめる。


「これは、王子という立場を利用した、権威による圧力と、数々の誤解を招く発言の証拠となります。婚約者セレナ様を傷つけ、多くの令嬢を弄んだ責任は──決して軽くありませんわ」


沈黙が広がる。


数秒後、レオニスの口元が歪んだ。


「……やってくれたな」


「ええ。貴方のような“王子”に、本物の誠意が何か、教えて差し上げます」


「待て、取引をしよう。そこに控えている証人たちも含めて、今この場にいる全員に私の私財を与える」


「いえ、そんなの結構です。私たちは貴方に自分のしでかした罪の大きさを知って欲しいだけ」


「ま、待て!こんなことしてただで済むと思っているのか」


「今、私のことを襲いかかったらそこで待機している証人達がどうするかわかりませんよ?」 


レオニスはそのままエリシアに襲いかかろうとしたが、その一言に思い(とど)まる。


「この後の夜会楽しみですね?」


エリシアは優雅に応接室から出ていく。

レオニスはその背中を苦虫を噛み締めたような顔をしながら見つめていた。





学院で最も格式ある行事──“王族主催の夜会”。


名家の子弟が集い、舞踏と祝辞が交わされるこの場で、セレナとエリシアはすべてを暴く決意をしていた。


王族が主催の手前、レオニスは絶対に参加しないといけないことを見越していたのだ。



会場に集まる貴族たちは、普段の第四王子の華麗な雰囲気とは異なる落ち着かない雰囲気に怪訝(けげん)そうにしていた。


「やはり王子はお美しいわ……」

「でもなんだか落ち着きがなくないか?」

「確かにずっとソワソワしているわね」

「セレナ様とはお似合いなのに、最近は別の令嬢に関心があるって聞いたけど…」


その噂の中心──セレナは、深緑のドレスに身を包み、堂々と舞踏会場に足を踏み入れた。


彼女の後ろには、淡い桜色のドレスに身を包んだエリシア。

二人は迷いなく、中央へと進む。


「第四王子レオニス・アークレイン殿下に、一つ問いただしたいことがございます」


セレナの声が、広間に響いた。


会場が静まり返る。

視線が一斉に彼女たちに注がれる中、王子は挙動不審な様子で答えようとした──


が、次の瞬間。

王子に少しの受け答えもさせずに間髪入れずに質問を投げかける。


「殿下は、これまで少なくとも三十二名の令嬢に対し、誤解を招く言葉と態度を用い、関係を築きその後捨て去ってきました。その証言と記録を、今ここで開示いたします」


そう言って、エリシアは壇上の使用人に合図を送った。

瞬間、魔石端末が設置された講壇に、王子の“甘い声”が再生される。


『君だけが特別なんだよ』

『こんなにも好きになったのは初めてだ』

『婚約者とは形だけの関係だ』


次々に流れる音声。令嬢の名前が添えられた記録。

信じられないという顔でざわつく貴族たち。


「この行為は、王家の威光を用いた私的な感情の濫用です。何より婚約者として、この行為を黙認し続けることは、もはや忠義ではなく共犯に等しいと判断いたしました」


セレナが毅然と告げた。


「私は本日をもって、婚約を解消いたします」


ざわめきが怒涛のように広がる中、王子は何も言えず、ただ蒼白な顔で立ち尽くしていた。


徐々に会場が静まり返るなか、王子の表情にはこれまで見せてきた余裕や自信は微塵もなかった。


「……待て、それは……誤解だ……。私はそんなつもりじゃ……」


掠れた声で、ようやく絞り出した反論は、誰の心にも響かない。

なぜなら、その“つもりじゃなかった”という言い訳を彼は何十人もの令嬢に使ってきたからだ。


「言い訳など無意味です、殿下。あなたは“分かっていたはず”なのです。自分が何をしどれだけの人を泣かせたかを」


エリシアの静かな声が、とどめのように響いた。


セレナは王子を一瞥し、憐れみすら浮かべず、ただ背を向ける。


「王子である前に、一人の男としての責任をお持ちになるべきでしたわ。それができなかった方に王家の名を背負う資格はありません」


言葉を失った王子は、もはや逃げるように一歩、また一歩と後退し扉の外へ、誰にも声をかけられることなく消えていった。


王族の威光に守られてきた“第四王子”という仮面が、いま剥がれ落ちたのだった。


今まで、若気の至りだとレオニスに注意の一つもしなかった王家のもの達もまた、身内のやらかしていたことの重大さにようやく気づいたのである。




それから数日後──


第四王子は王宮により“療養”という名目で学園を離れ、事実上の“表舞台からの退場”となった。

王家は事態を重く見て、王子の教育責任者を交代。


セレナや被害を受けた令嬢達には、それぞれに金や高価な衣装など贖罪の品を送った。


最大の被害者でもあったセレナに関しては、隣国の王太子との縁談という本来は公爵家が担う役割も与えられ、セレナの生家である侯爵家の力はさらに増したのであった。


余談ではあるが、隣国の王太子には非常に厳しく調査を行い、勤勉で性格も優しいという裏付けをとってからセレナに紹介したとか…。




そして、エリシアはというと──


「やっぱり目立ちたくなかったんだけどね……でも、ちょっとだけ、いい気分」


中庭で紅茶を飲みながら、セレナと笑い合う。


「あなたがいたから、私は強くいられたの。ありがとう、エリシア」


「ううん。“女の敵”には、私たち女性が立ち向かっていかないといけないもの」


二人の間には友情と戦友の混じり合ったような空気感があった。


「それにしても人気者になったわね、エリシアは」


上品に笑いながらセレナは口もとに手を当てる。


「ああ、私もこれは予期してなかったわ」


二人から少し離れたところには、沢山の令嬢たちが恍惚としたような表情をしてエリシアを見ていた。


「まさか同性にモテるとはね」


「レオニスに対する物怖じしないはっきりした態度が人気が出た理由じゃないかしら?」


「そうかしら?」


「誰かさんのように無差別に手を出さないようにしてくださいまし?」


冗談めかしてセレナが揶揄うように言った。


「何言ってるのよ!まったくもう」


「冗談はさておき。今回のことで間違いなく言えることは、浮気は自分の身を滅ぼすってことね」


「それは間違いないわね。私は誠実な男性を探すとするわ」




二人はこれからも支え合っていく。



下級令嬢と侯爵令嬢──身分の差を超えて、誰よりも信頼し合う親友として








ここまでお読みいただきありがとうございました。

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【補足】

王子がエリシアの名前を聞いて、緑色を連想させたのは、エリシア・クロロティカという緑色のウミウシを連想したからという裏設定があります。いくら外見を褒める手段として取り入れたとはいえ、ウミウシまで使って褒めるのは、ある意味さすが王子だなと思っていただけると。

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