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夜更かしは大人の時間

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 子供は夜更かししちゃいけません。

 誰もがみんな、小さいころに一度は聞いたことがあるんじゃないかな?

 成長的な面を鑑みても、夜遅くまで起きて睡眠時間を削ってしまうのはよくない。

 身体の生育もそうだが、精神的な不調にもつながるのだそうだ。情緒とかにもな。

 何日、何年と蓄えられた疲れや歪み、それがあとあとになってでかいダメージとなって出てくるのは、多く語ることでもないだろう。

 なまじ若くて元気で、影響がすぐに出ないから、どうしても事態を軽く見る。恐ろしさもまた、小さくて若いころから刻まなくては印象に残すことはできない。「しつけ」の大切さもそう受け継がれていったのかもしれないな。

 ま、実際に夜更かししていて「オレ、わたしはなんともなかったし~」という感想も珍しくないかもしれないが、そいつは才能や実力なのか、はたまた運がよかっただけなのか。結果で判断するよりないから、どれが正解ともいいがたい。

 どうやら私は「不正解より」を引いてしまったような経験があってね。そのときの話を聞いてみないかい?


 私も夜更かしをしてはいけないと注意された口でね。

 小学生のときは、特別なときをのぞいて午後9時に床へ入るのが当たり前とされた。

 翌日の午前6時くらいには起床するから、おおよそ9時間の睡眠時間となる。年取ると睡眠時間は短くなる傾向にあるが、逆をいえば幼い子供ほど多くの睡眠をとる傾向にあるわけだろう。

 私はたいていのときは寝つきがいいのだが、まれにとんでもなく目がさえる日がやってきたりする。いつもなら、あっさり夢の中へ引きこまれるのに、いくらまぶたを閉じていても、つむっている自分の行動を自覚し続けてしまう。


 この時間が長いと、なかなかつらい。

 目玉をぐにぐにとまぶた裏で動かして、ぱっと目を開ける。枕元などの時計を見て、「う~ん、こんな時間たったっけ?」と思ったりもする。

 これまでは、それでもと布団の中へくるまり続け、眠りの招来をしながら夜明かしをしてきた。しかし、この日はとうとうしびれをきらし、起き出してしまったんだ。

 ちょうど、トイレに行きたかったこともある。私はそそくさと部屋を出て、スリッパをつっかけながら廊下わきのトイレへ向かう。

 すでに勝手知ったる家の中だ。明かりをつけずとも、スムーズにたどり着ける。

 しかし、いざ用を足してトイレを出たときに、私は気づいてしまった。


 構造上、この二階のトイレは戸を出ると、すぐそばに階段がある。我が家の階段は途中の踊り場で135度ほど開いた角度で右カーブをかまし、終わり際の数段あたりは格子状のフェンスのようになっていて、網目から向こうをうかがうこともできた。

 フェンスの向こうは台所。食事が終わった後でも、そのまま母が水洗いをし、テレビを見てくつろいだりするから、私が寝る時間になっても明かりがついていることは珍しくない。

 とはいえ、今回みたくトイレに起き出すような夜中は、真っ暗闇であるのが普通なのだが、それが今回は明かりつきだ。


 起きる前に見た時計は、午前1時ちょい過ぎをさしていた。家族も皆、寝静まっているころ。誰か夜食などを食べているのだろうか。

 しばし、耳を済ませてみるものの食事に代表されるような、生活音のたぐいは一切響いてこない。よくよく集中してみても、何かが動く気配さえない。

 となると、消し忘れか? と私の頭をよぎる想像。

 電気代はじめ、節約にうるさい母の姿はもう頭に叩き込まれている。もし、朝になって明かりがつきっぱなしと分かったら、誰やなにが原因であろうと機嫌を損ねるのは確実。

 そうしてぷりぷり怒り出すと、朝ごはんのおかずが減ったり、ボイコットによってカップ麺になったりと悲惨な末路が待っている。

 ここは消しといてあげるか……と、一歩だけ階段を下りた瞬間。


 ふっと、台所の電気が消えて一階に闇が生まれた。

 それだけならまだおかしくなかったけれど、ワンテンポ遅れて台所の敷居から顔を出してきたのは、大きい大きい芋虫のものだったんだ。

 その大きさは家にある、いかなるスポーツのボールを越え、寝転がった私の身さえもすっぽり覆い隠してしまうほどに思えたよ。

 あくまで闇ごしで見えた影。実際のところはわからないが、そいつは台所から優にはみ出し、うねりながら階段の降り口へ頭をのせてなお、見切れないほどの長い長い体躯を持っていた。


 ――夜更かししていると、お化けが出るよ。


 前々から言われていた母の言葉を思い出し、私はできる限り足音を殺しながら、さっと部屋へ戻った。

 お化けの存在。信じていないでもなかったが、話に聞くのはたいていが足のない幽霊のタイプのことで、私もそうだと思っていた。

 けれども、化けは化けでも、化け物タイプというのはちょっと想定外だったというか、なんというか……。

 布団の中でひたすら息を殺す私。

 わずかな気配も察知しそこなうことがないようにと、冴えきったまなこをはじめ、全感覚を動員。先ほどまでダラダラ過ぎていた時間が、ピリリと張り詰めた。

 が、つらい。

 いっそ結果が出てしまえば、たとえ怖くても楽になる。でも結果が出ない「待ち」時間は、まさに生殺しであってウズウズしてしまうんだ。不安もあって。


 ――来るのか……来ないのか……。


 足の裏にさえ汗が集まるのを感じながら、私はふうふうとかろうじて酸素たちを取り入れながら動けずにいたよ。



 そして、決着は唐突に来た。

 だしぬけに、廊下と私の部屋を仕切る障子戸が、粉々に吹き飛んだんだ。廊下側から強い力によってぶち破られ、不意を打たれた私の顔面は大小の破片に打ち据えられる。

 そこからのぞいたのはまさしく、あの巨大な芋虫の頭部。その間はほんの二、三メートルしかなく、思わずかたずを飲んでしまう私だったが。


「どうした!?」


 父の声とともに、家の明かりがぱっとつく。

 とたん、あの芋虫らしきものの頭も胴体も一緒に消え失せてしまった。ほどなく駆けつけてきた父の目で見えたのは、階下から私の部屋までうねりながら長く伸びている「わだち」のごときライン。

 粉々になった障子戸と、それらの破片の衝突とで顔を真っ赤にはらした私の姿ばかりだったとか。


 確かに、そこにいた証拠を残しながら父には片時もその姿を見せなかった、巨大な芋虫。

 その正体は分からないが、早く寝入る限りはあれらに遭うことはなく、あれからもう一度だけ出くわしたときは、親の寝室へ逃げ込んだところ、朝になってもずっと踏み込んでくることはなかったんだ。

 子供だけの空間にこそ、あいつは訪れる。

 それと関わり合いにならない、確実な方法こそが夜更かしをしないことだったのだろう。

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― 新着の感想 ―
 怪異は巨大な芋虫とのこと、不気味な虫繋がりでなんとなく『変身』(カフカ作)の主人公「グレゴール・ザムザ」を思い出してしまいました。あちらは突然人間が虫になる不可解なお話でが、こちらの怪異も何とも不可…
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