第8話
複数人でパーティーを組むという課題が設けられたわけだが、本当にそのパーティーで上級魔物の討伐試験に挑まされるとは思ってもいなかった。
僕たちのホームルーム担任は、課題の締め切り前日に試験の全容を伝えてきたのだ。
そして、上級魔物の討伐という試験の内容を聞いた一部の生徒は大発狂していた。
仲の良いメンバーだけで組んだ愚かな連中は、メンバーに魔術師だけしかいなかったり、剣士だけしかいなかったりと非常にバランスの悪いパーティー構成となってしまっているようだ。
そんな脳筋パーティーで上級魔物を討伐しろと言われているのだから発狂する気持ちも少しはわかる。
そもそもパーティーを組むという課題の締め切り前日に、上級魔物の討伐という試験があることを伝える担任も性格が悪いと思う。
仲の良い友達と組んだわけではない僕はというと、勿論最高のパーティーバランスに…。
「なってるわけないでしょ!?『遊び人』一人に『魔術師』二人!?このパーティーのどこがバランス取れてるっていうの!?」
「お、落ち着いてノエルナさん…。き、きっと大丈夫だよ!」
何を根拠に大丈夫だと言っているのか僕には到底理解できない。
『遊び人』に『魔術師』二人なんていうパーティー構成、生まれてこの方聞いたことがない。
この先の人生で、こんな奇抜なパーティーを目にすることは二度とないだろう。
あ。ちなみにノエルナも僕たちのパーティーに加わった。
今日、上級魔物の討伐をしなければならないと知ったノエルナが、僕達に泣いて「パーティーに入れてほしい」と懇願してきたのだ。
恐らく、ほかに受け入れてくれるパーティーがなかったのだろう。
僕にあれだけの仕打ちをしておいて、パーティーに入るのは虫の良すぎる話だと思ったが、まぁ人数が多いことに越したことはないので取り合えず受け入れることにした。
いらなくなったときは、ノエルナを囮に活用すれば良いのだ。
魔物達の格好のターゲットになって逃げる時間を稼いでくれれば万々歳である。
「とりあえず、お互いがどれくらいの実力を持ってるのか、手の内を見せあおうぜ」
「エリネルの実力なんてたかが知れてるでしょ」
「ま、まって…。裏庭で喧嘩しないでね?」
一瞬ブチぎれそうになったが、僕は立派な大人だ。
そもそも感情が爆発した途端、僕はノンデリ野郎の目の前で滑稽なタップダンスを踊る羽目になってしまう。
それだけは避けたかった僕は、深呼吸し彼女の愚かな発言を見逃してあげることにした。
彼女にいちいち構っていたら僕の貴重な時間が無くなってしまう。
さっさと要件を終わらせることにしようではないか。
「それじゃあノエルナ、君が使える魔術を見せてくれない?」
「ええ。しょうがないなー。そんなに見たいなら見せてあげるよ」
彼女は勿体ぶった様子でそういうと、僕に掌を向けてきた。
「なんだよ?僕を攻撃する気なのか?」
ノンデリ野郎であるこいつならやりかねない…。
そう考えた僕は一瞬身構えそうになるが…。
「大丈夫だって。じっとしててくれないかな」
敵意は感じられなかったので、僕はノエルナを信じてみることにした。
すると彼女の掌を起点として一層の小型魔方陣が展開し、美しい幾何学模様を描きながらゆっくりと回転していく様子が僕の目に映った。
黄色に輝く小型魔方陣…。なるほど。ノエルナは支援魔術の使い手なのか…。
僕が納得した次の瞬間、淡い光が僕の全身を包んでいった。
体の芯から力がみなぎっていくような感覚がする。
やはりこの魔術は…。
「支援魔術の【身体強化】だよ。私は支援魔術全般が得意なんだ」
「なるほど、良いね」
「え?私のコト今褒めた?」
僕に褒められるとは思ってもいなかったのか、ノエルナは呆けた表情をしている。
別に心から褒めたつもりではないし、可もなく不可もなく程度の魔術だったのだが、彼女は喜んでいるようだし指摘しないでおこっと。
「えへへぇ。もっと素直に私のこと褒めればいいのに。エリネルも男の子なんだからぁ」
ノエルナが気持ち悪い笑い声をあげたので、急いで僕は話題を変えることにする。
やっぱり、こいつは調子に乗らせちゃだめだ。
「で、ルフォはどんな魔術が使えるの?」
僕がルフォに質問した途端、彼女は気まずそうに顔を逸らした。
心なしか陰っているような気もする…。
「えっと…。私の魔術はちょっと特殊で…人に見せられるようなものじゃないんだ…」
え?どういうこと?
ノエルナと僕はルフォの言葉に首をかしげる。
僕の疑問を代弁するかのように、ノエルナはルフォに問いかけた。
「それってつまり…私たちに見せられないほど、危険な魔術ってこと?」
「そ、そうじゃないよ。それなりに強いと思うけど、異常なほど危険なわけじゃないの…。ただちょっと問題があって…」
ルフォは小さく唇を噛み、膝の上に置かれた両手の指を何度も絡め直す。
「えっと……その……私の魔術はちょっとグロテスクな見た目をしてるんだ…。エリネル君たちを怖がらせちゃうかもしれないし…人前じゃあんまり見せられないかも…」
「なんだーそんなことか。大丈夫だよ!私、心が強いから逃げたりしないよ!」
「僕も大丈夫だよ。怖がったりなんかしないさ」
生物最大の恐怖である死を僕は味わったことがあるのだから、並大抵のことでは驚かない自信がある。
ルフォの魔術がグロテスクだとしても臆したりなんかするわけないのだ。
「ほ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!私たちは仲間でしょ?これから仲良くやっていくんだから少しは信頼してよね」
ノエルナの話を聞いて安心したのか、ルフォは嬉しそうに頷いた。
「そ、それじゃあ見せるよ!少し離れててほしいな」
ルフォはそういうと、周りに人がいないことを確認したのち、魔術の詠唱を開始した。
今まで萎れていたルフォの狐耳が垂直に直立したかと思いきや、突如として地面に巨大な魔方陣が現れる。
神秘的な幾何学模様を描きながらゆっくりと回転する魔方陣は、どす黒い闇だった。
「ね、ねぇエリネル…」
「な、なに?」
「なんか嫌な予感がするんだけど、私の気のせいかな?」
「き、気のせいじゃない?」
裏庭の空気が一気に一気に冷たくなったような気がするんだけど、多分気のせいに違いない。
「やっぱり、おかしいよね!?さっきまですこぶる快晴だったのに曇ってきたんだけど!?背筋が寒くなってきた気がする…」
確かにそういわれてみればそうかもしれない。
不吉な予感がするきっと気のせいだ!
僕は自分にそう言い聞かせ、ルフォが詠唱を終えるのをひたすら待った。
その間、周囲の温度はどんどん下がっていき、天候でさえ曇り始める。
「わ、私の一族は闇ノ魔術に特化していて、代々闇ノ魔術師を輩出してるエリート家系なんです!!」
「そ、そうなの!?」
こんなになよなよしている見た目だというのに、一族が闇ノ魔術師の家系だって!?
闇ノ魔術は、道徳に反するような効力が多く、多くの魔術師から忌み嫌われている存在だ。
校舎裏で不良にカツアゲされていた気弱な女子生徒が闇の力を使うとか、ギャップがありすぎて開いた口がふさがらないんだけど…。
ノエルナも目を剝いて驚いてるし、まぁ気持ちは良くわかる。
僕がそんなことを考えていると、突如としてタコの触手ような見た目をした物体が、地面から無数に生えてきた。
どれもどす黒く染まっており、吸盤はすべて大きな目だった。
目からは赤い血液のような液体がとめどなくあふれており、見た目はかなりキモい。
「え、エリネル…。私、怖がらないっていってたけどちょっとこれは無理かも…」
「う、うん。その気持ちわかるよ」
グロテスクな見た目をした無数の触手は、緩慢な動作で左右にゆらゆらと揺れている。
見た目は確かにグロテスクだが、見慣れてしまえば大したことないような外見をしている。しかし、ずっと見ていると目を逸らしたくなるような筆舌にしがたい感覚だ。
闇ノ魔術って根源的な恐怖をそそるものなのかな…?
「この子たちは私の言うとおりに動いてくれるの。敵に巻き付いたり引き裂いたりもできるし、赤い液体は強力な酸で、精神崩壊を引き起こして自殺させる効果があるの!」
にこやかな顔でしれっと恐ろしいこと言ってこられたら反応に困るんですけど…。
なよなよしている狐獣人の女の子の口から、暴力的な言葉が出て来るとは思いもよらなかった…。
「そ、そんな魔術が使えたなら、校舎裏でカツアゲされているときも自分で何とかできたんじゃないの?」
ノエルナが僕の後ろで様子をうかがいながらそう言った。
触手が襲ってこようものならば、僕を囮にして逃げるような雰囲気を醸し出しているではないか…。
僕がそんなことを考えていると、何十本もの触手を従えているルフォが気まずそうにノエルナに答えた。
「確かに闇ノ魔術を使えば良かったかもしれないけど…。この子達の力じゃ絶対に殺しちゃうんだよね」
ノエルナは引きつった笑みを浮かべると、納得したように頷いた。
精神崩壊させる赤い液体をばら撒いている時点で十分に強力な魔術なんだから、不良生徒に使おうものならば間違いなく殺してしまうよな…。
ルフォを敵に回すことだけは絶対に避けよう…。
僕は密かにそう思ったのだった。
「よし!つ、次はエリネルの番だよ」
ノエルナはドス黒い触手から視線を背けると、ぼくに向かってそう言ってきた。
素手で触ったものが暴れ出す能力…。
魔力を全消費する代わりに、この世に存在する魔術の中からランダムで効果を発動する能力。
芸が達者になる能力。
感情が昂るとタップダンスを踊ってしまうスキルはノエルナに悪用されそうなので言わなかったが、それ以外は包み隠さず伝えることにした。
その結果…。
「よ、よくそんなスキルでこの学校に入ろうと思ったね…」
「え、エリネル君…。そんなスキルで私を助けようとしてくれたんだ…」
え?同情されてる?
なんだ虚しくなってきた。
つい最近までは、期待されていたエリート家系の一員だった言うのに、遊び人に住職した瞬間、家を追い出され無能の烙印を押された僕…。
同情されない方がおかしいのだろうか?
「で、でも【多動遊戯】は使えるんじゃないかな?」
「ルフォちゃん、エリネルに気を使わなくても良いよ。エリネルが虚しくなるだけだって」
一瞬殺意が湧いたが、僕は堪えることにする。
「どうやったら遊び人のスキルを活用できるかな…」
僕は微かな希望を抱いてルフォに聞いてみた。
すると…。
「【多動遊戯】の制御さえできればかなり有能なスキルだと思うんだ」
「でも、制御できないのがこのスキルの能力なんだよ?」
自分で言ってて笑ってしまいそうだ。
なんてゴミなスキルなんだと笑い飛ばしてしまいたい。
「スキルなんて最初はそんなもんだよ。習得したては制御が難しいんだ」
「え、そうなの?時間が経ったら制御できるようになるとは思えないけど…」
「うーん…制御したいってことは自分の思い通りに動かせれば良いんだよね?自分の意思で動かす魔術…支配の魔術…」
ルフォは数秒間ブツブツ言ったのち、何か思いついたのか、ハッと顔を上げた。
「エリネル君!闇ノ魔術を使ってみない?」
「闇ノ魔術?僕が使うの?」
「うん。支配の魔術っていうものがあってね。意思をもったモノを思い通りに動かすことができるの」
意思の持ったモノ。
つまり生き物に限らず意思の持った物体ならば自分の思い通りに操ることができるのか…。
なるほど、これは行けるかもしれない。
少し希望が見えてきたその時…。
「でも操るってことは、相手の意志を上書きするくらいの強い意志が必要になってくるし、それなりの量の魔力も必要だよね?」
やっと光が差してきたっていうのになんで水を差すようなことを言うのだ。
僕はジト目でノエルナを睨むが、悔しいことにノエルナの言うことは的を射ている。
遊び人に住職した影響で魔力総量が大幅ダウンした僕に、支配の魔術という高度な魔術を使うことはできるのだろうか?
「それなら大丈夫だと思うよ。エリネル君が操るのはあくまでも無生物個体だから生物とは違って少ない魔力で済むはず。まぁ、慣れる必要はあるし、それなりに強い意志が必要だけど…エリネル君なら大丈夫だよ!」
なんだか行けるような気がしてきた。
闇ノ魔術を使ってみたい気持ちもあるし、これで僕が少しでも強くなるのなら万々歳だ。
「じゃあ明日までに習得できるように頑張ろうね!」
「明日!?幾らなんでも無理じゃない?」
「僕はエリート魔術師家系に生まれたんだぞ?遊び人になっちゃったけど、これでも一応凄腕の魔術師だったんだからな」
大丈夫。
闇ノ魔術如き、一日でマスターしてやる。
新たな目標を見据えた僕は、ゴミスキルからの脱却の為に頑張ることにするのだった。