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第7話

 ここはどこ?

 

 目が覚めると、僕は周りがカーテンで仕切られたベッドの上に寝かされていた。


 「は?」


 当然のこと、僕はひどく困惑する。


 ひとまず状況を整理しよう。

 見た感じ、ここは学校の保健室のようだ。

 問題はなんで僕がこんなところで寝ているのかだけど…。


 記憶を掘り返そうにも、側頭部がズキズキと痛み、思考の邪魔をしてくる。 

 なんだこれ?頭痛か?

 

 そんなことを考えながら、痛む側頭部をさすってみると…。

 

 明らか髪の毛ではない物体が僕の指先に触れた。

 これは…。


 「なんで包帯が巻かれてんだ?」


 僕…怪我でもしたかなぁ…。

 でも記憶がないってことは脳震盪かなんかで気絶したんだろうなぁ…。


 「はぁ…。どうせ今回も、なんかのハプニングに巻き込まれたんだろ。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ…」


 独り言をつぶやいた次の瞬間。


 「何言ってんの!?お前!?」


 カーテンが勢いよく開き、完全にキレているノエルナがベッドから身を乗り出してきた。


 「どうして隣で寝ているんだ?」

 「なんで隣で寝てると思う?あんたが私を宙吊りにしたからでしょ!? 食堂で!しかも公衆の面前で!! 女の子を逆さに吊るとか正気!? 謝って!私にしたこと謝って!」


 ノエルナの言葉によって僕の記憶は完全によみがえった。


 食堂でルフォという狐獣人の女子生徒に出会い、パーティーを組もうと言われたこと…。

 そして、ノンデリ野郎であるノエルナが僕の正体をバラそうとしたため、口封じのために公衆の面前で宙吊りにしたこと…。

 でも結局うまくいかなくて、遊び人の固有スキルで自爆したこと…。


 ここにいたるまでの一連の動きが、嫌というほど鮮明に蘇ってきた。

 

 「思い出したでしょ。私にした君の悪行を!」

 「いや。なんのことだかさっぱり…」


 たとえ記憶が蘇ったとしても、自分にとって都合の悪い記憶はどんどん改変していくべきである。

 ということで、僕は悪びれる様子もなくノエルナに嘘を付いた。

 

 「今嘘ついたよね!?なんで目を逸らすの?!絶対嘘ついたよね!?」

 「いや。なんのことだかさっぱり…」

 

 こういうのは自分の非を認めた時点で負けなのだ。

 まぁこれっぽっちも悪いとは思っていないが、世間体を良くする為に「ごめん」の一言を言ってしまった時点で、僕が百パーセント悪者になってしまう。

 だから、こういう時は記憶喪失のフリをするのに限るのだ。


 僕の生前の世界では政治家というお偉いさんがこんなことをやっていた気がする。

 国のリーダーがやっていたことなのだから、僕がやっても問題ないはずだ。

 人の良いところは片っ端から見習うべきだろう。 


 「へー…。そうやっていつまでもしらばっくれるなら私にも考えがあるからね?」

 「なんだよ。僕に喧嘩売ってんのか?」


 さっきみたいに逆さまに吊るしてやろうかなと考えていると、ノエルナは完全に調子に乗った態度で口を開いた。


 「エリネルとパーティーを組みたがってる狐獣人のあの子に、君の正体をバラしちゃうてもいいの?。羨望の眼差しで君のことを見つめていたあの子が、『遊び人』という正体を知ったらどんな顔するかなぁ?」


 流石は生粋のノンデリ野郎だ。

 やっていることが鬼畜の所業である。


 「なんて奴だ!?人の心はあるのか!?」

 「お前に言われたくはないわ!」


 心外である…。

 僕が鬼畜だって言っているのだろうか…?

 こんなに道徳心溢れた素晴らしい人間だっていうのに、なんでそんなこと言われなくちゃいけないんだよ…。


 「そこまでしてノエルナは何がしたいんだ!」


 僕の正体が彼女にバレようがバレまいがノエルナにとってはどうでもいいはずだ。

 今はまだ僕の適性職業が『遊び人』だということにルフォは気がついていないが、どうせもうすぐ知ることだろう。

 クラスであれだけ話題になっていたのだから、交友関係が全くない生徒の耳にも届くはずである。


  それなのにどうして……?


 「だってさぁ……エリネルですらパーティーに誘われてるんだよ!? てことは、私……絶対に余るじゃん!? 組んでくれる人なんていないし、絶対ボッチじゃん!」


 あー。そういうことね…。

 顔は滅茶苦茶良いのに言ってることはかなり残念なんだけど…。


 「…どうしたら黙っててくれる?」


 とりあえず今は、最初の課題を片付けておきたい。

 僕がこの学園に来たのは、魔術を再び学び、力を取り戻すためだ。

 くだらない騒動で足を引っ張られるわけにはいかないのである。


 そのためにも、ここは――全力で口封じする必要がありそうだ。


……そう思っていた矢先――


 「ああ。ルフォちゃんにはエリネルの正体を事前にバラしておいたよ?」

 「…は?…え?」

 

 僕の思考は一瞬で停止する。

 この女…いまなんて言ったんだ…?


 「だって、エリネルって公衆の面前でも躊躇なく女の子を宙吊りにするじゃん。なにするか分からないから事前に伝えておいたってわけ!」


 そ、そんなに得意げに言われたら殺意が沸くんですけど…。


 「じょ、冗談だよね…?」

 「私がそんなつまらない冗談言うと思う?」

 「ほ、本当に言ってるの!?!僕の適正職業が『遊び人』だってこと本当に言っちゃったの!?」

 「だからさっきからそうだって言ってるじゃん」


 ああああああああああああ!?!?!?!!??


 僕は心の中で絶叫した。

 

 『遊び人』である僕とパーティーを組んでくれる唯一の人間に僕の適正職業を打ち明けただとッ!?何やってんだこの野郎!?

 このままルフォには隠しておこうと思ったのに、パーティーを組む前にばれたら元も子もないじゃないか…。


 「ふざけんなよお前!?何してんの!?バカなの?お前バカなの!?」

 「う、うるさいわ!食堂で宙吊りにしたことまだ許してないからね!清々したよ!バァカ!」

 

 だめだ…。これ以上感情が昂ったら僕はノエルナの前でタップダンスを踊る羽目になる…。

 冷静にこいつを罵倒しなければ、僕の鬱憤は晴れそうにない…。

 クソッ…なんで入学して早々こんな目に合わなきゃいけないんだ…。


 「クソ女が!だから友達できねぇんだよバカ野郎!」

 「いあぁぁぁッ!?それは言っちゃらめぇ!なんで私が一番傷つくことをピンポイントに言ってくるの!?デリカシーがないの!?人間性を疑うんだけど!?バァカバァカ!!」


 ノエルナの低レベルな暴言を、僕がクールに受け流していたちょうどその時だった。


 ――コンコン。


 保健室の入り口から、控えめなノック音が鳴り響いた。


 「あの……エリネル君とノエルナさんっていますか?」


 その声を聞いた瞬間、僕の思考が一瞬止まる。

 ルフォだ――。


 声の主が誰かを理解した僕とノエルナは、まるで打ち合わせたかのように同時に口をつぐんだ。


 「……ああ。彼らなら向こうのベッドで、さっきから大喧嘩してるぞ。見舞いに来たのなら、仲裁でもしてやってくれ。うるさくてかなわん」


 保健室の先生がやれやれといった様子で答えた。


 「え? ああ……わかりました」


 ルフォの返事が聞こえたかと思うと、コツコツと小さな足音が僕たちのベッドへと近づいてくる。


 「ね、ねぇエリネル……! ルフォちゃんが来てるんだけど!? どうしよう、マジで来てるんだけど!?」


 ノエルナが小声で僕の腕を掴んでくる。

 手がちょっと震えてる。ビビってるのか。


 「なんでお前が焦ってるんだよ?」

 「だって! 私がエリネルの正体バラしたんだよ!? あの子に『最低』とか思われてたら……私、もう学校生活終わるかもしんない……!」


 それ、自業自得って言うんじゃないかな。

 というツッコミを喉元まで出しかけたけど、黙っておいた。泣かれても困る。


 「エリネル君……そこにいる?」


 足音が、とうとうカーテンのすぐ前で止まったかと思いきや、ルフォの呼びかける声が聞こえていた。

 怒っているわけでも、疑っているわけでもない。

 むしろ少し、心配しているような響きすらある。


 ……一瞬、返事に迷った。


 けれど。


 「うん、いるよ」


 結局、素直に答えた。


 「……は、入ってもいいかな?」


 「僕は別に構わないけど……」


 僕は一拍置いてから、隣に視線をやる。

 ノエルナは両手をギュッと握りしめ、顔を青くしながらもなんとか言葉を絞り出した。


 「う、うんっ! わ、私もいいよ! どうぞどうぞ! いつでもウェルカムです!!」


 そのテンパりぶり、どう見ても後ろめたい人間の反応なんだけど……。


 「それじゃあ……入るね」


 ルフォが静かにカーテンをめくると、ふわりと柔らかな光が差し込む。

 彼女はゆっくりと、けれどはっきりとした足取りでベッドのそばまで歩み寄ってきた。


 穏やかな目。優しい顔。

 まるで、何事も知らないかのような、まっさらな表情だった。


 「その…。二人とも体調大丈夫?」


 彼女は緊張しているのか、しおれた狐の耳は元気がなさそうだ。

 彼女の気弱な性格からして、多分これが平常運転なのだろう。


 「あ、うん。大事には至らなかったみたいだし僕は平気だよ」

 「よかった!ノエルナさんは大丈夫?」


 僕の言葉に一安心したのか、ルフォはノエルナにも話を振った。

 すると、ノエルナは…。


 「私は大丈夫じゃないよ!食堂でぶん回されたから、滅茶苦茶ゲロ吐いた!」


 女子とは思えないほど汚い内容を口に出す。

 僕は未知の生物を発見したような気分に陥った。


 「そ、そうなんだ…。お、お大事にね…」


 若干引き気味なルフォはそういうと、ほかに言うことが思い当たらなかったのか、気まずそうに両手を揉んでいる。


 パーティーを組む件について、切り出すのなら今しかないだろう。


 覚悟を決めた僕はルフォに要件を伝えることにした。


 「えーっと。ルフォって僕とパーティーを組む約束をしてたよね?」

 「う、うん」


 ルフォは緊張した面持ちで返事をする。

 やはり、僕の正体が『遊び人』だと知り、パーティーを組む気が失せたのだろうか…?


 「その気持ちって今でも変わらない?例えば…僕の職業がロクでもないゴミだったとしても」

 

 僕の質問に対してルフォは不思議そうに目を瞬かせると…。


 「エリネル君が『遊び人』だってことは前々からしってたよ?」


 全く予想だにしない答えが返ってきた。


 「「は?」」


 僕とノエルナは呆けた声を同時に漏らす。


 まさか――最初から知っていた?

 僕の適性職業が『遊び人』であることを?


 エッ?うそでしょ?


 「じゃあルフォちゃん、最初っからエリネルが『遊び人』だって知ってたの!?」


 思わずノエルナが声を上げる。


 「うん、知ってたよ。なんか学校全体が大騒ぎになってたし」

 「えぇぇぇ!? “遊び人”とパーティーを組むんだよ!? 戦闘にはまっったく向いてない職業なんだよ!?」


 ノエルナが信じられないというように叫ぶ。

 僕もまさにその通りの気持ちだった。

 魔物討伐の試験に臨むという噂が立っている中で、よりによって“遊び人”と組みたいなんて――正気の沙汰じゃない。


 だけどルフォは微笑みながら、落ち着いた口調でこう言った。

 

 「私が怖い上級生に絡まれてるときエリネル君は『遊び人』なのに私のことを助けに来てくれたよね…。私お礼がしたいなって思ったの。でもどうすればいいのか全然わからなくて…その時『遊び人』であるエリネル君がパーティーを作りに苦労してるところを見て、私…いてもたってもいられなくって…」


 僕とノエルナは、ルフォの話を最後まで黙って聞いていた。

 ノエルナはバツが悪そうな顔をしている。


 「だから私、エリネル君とパーティーが組みたいの!エリネル君の役に立ちたいの!」


 ルフォの話を聞き終わった僕たちは、己の愚かさをひどく痛感していた。

 顔を合わせた僕とノエルナはお互いにうなずきあい…。


 「「す、すみませんでしたぁぁぁぁ!!!!」」


 どこまでも純粋なルフォに土下座でひたすら謝りまくったのだった。

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