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第3話


 「……お前にはがっかりだよ」


 父の声は、どこまでも冷たかった。


 「兄弟一の素質があったはずなのに…。…偉大なる魔術師にだって、歴史に名を残すような剣士にだってなれた筈だというのに、適正職業が『遊び人』だなんてな」


 軽蔑のまなざしを向けると、父は迷うことなく家の門を開いた。

 そして――

 

 僕を門の外へと突き飛ばす。


 「出ていくがいい。私の期待を裏切った罪は重いぞ。とんだ恥さらしだ」


 適正職業の結果にショックを受け、すべての思考が停止していた僕は、ただただ茫然と立ち尽くしていた。


 「……」


  なんだか、心が冷たくなっていく感覚がする。

 今まで味わったことのない、新しい感覚だ。


 父によって閉ざされた冷たい鉄の門を眺めていると、兄や親族たちの表情が脳裏に浮かぶ。

 僕の適正職業が『遊び人』と確定した瞬間の、あの顔。


 哀れみ、軽蔑、そして失望。


 前世では誰にも期待されないまま人生を終えた。

 けれど、転生した僕は魔術と剣術の才能に恵まれていた。

 常人離れした肉体能力と膨大な魔力を持ち、その気になれば歴史に名を刻むことさえできたはずだ。


 なのに、僕の適正職業は『遊び人』。


 考えれば考えるほど、心が冷たくなっていく。


 一体、僕はどうしたというのだろうか?

 父を憎んでいるのか? それとも兄弟を?


 数秒間考えたが、答えは出なかった。


 多分、どちらでもないのだろう。

 兄が僕を煽ろうが、父が軽蔑しようが、正直どうでもいい。


 この冷え切った感覚の正体は、きっと別にあるはずだ。


 それを確かめるため、試しに目の前の鉄門を握り、細い鉄格子を曲げようとする。

 力を込めるたび、僕は自分の置かれた状況を理解していった。


 ――やっぱり、洒落にならないほど弱くなっている。


 適正職業の結果が出た瞬間、何となく予想はついていたのだ。

 ゲームで別の職業に転職したとき、ステータスが何割か下がる仕様がある。

 それと同じようなことが、僕の身にも起こったのだろう。


 転生後、積み重ねてきた努力。

 鍛え上げた魔術と剣術の才能。

 常人離れした肉体能力と圧倒的な魔力量。


 親の遺伝が良かっただけかもしれない。

 それでも僕は、誰よりも努力して強くなった。

 

 地球では大した人生を送れなかったぶん、この二度目の人生は自分なりに頑張った。

 

 なのに――


 適正職業が『遊び人』と確定したあの瞬間。

 すべてが崩れ去った。


 握り締めたはずの拳に、力が入らない。

 体内の魔力の気配すら感じられない。ついでに並列思考もできなくなっている。


 まるで、最初から空っぽだったかのようだ。


 「謙虚に生きてきたつもりだったんだけどな……」


 自分の力に溺れることなく、ただひたすら努力を積み重ねてきた。

 それなのに、すべてが水の泡だ。


 一体、何の天罰だろうか?


 そう考えた瞬間、腹の底から笑いがこみ上げてきた。

 次第に抑えきれなくなり、ついには狂ったように笑い出す。


 何がいけなかった?

 努力が足りなかったのか?

 才能を過信していたのか?

 それとも、神の悪戯?


 ――もう、どうでもいい。

 知りたくもない。


 「いっそのこと死んじゃおうかな。もしかしたら、また生まれ変われるかもしれないし」


 そう呟いてみたものの、さすがに三度目の転生なんてありえないだろう。

 思い通りの人生を手に入れるまで何度も死ぬなんて、そんな都合の良い話があるわけない。


 これからどうしようか――。


 僕が狂ったように笑いながら考えを巡らせていると、不意に声をかけられた。


 「エリネル様」


 頭を抱えたまま、声のする方向へと視線を向ける。

 そこには、僕が赤ん坊のころから世話をしてくれた高齢の給仕が立っていた。


 「ティーンさん? 僕に何か用?」


 別れの挨拶でもしに来たのだろうか?

 それとも、『遊び人』に成り下がった僕を笑いに来たとか?


 様々な憶測が頭を駆け巡る中、ティーンさんは無言でアタッシュケースほどの大きさのバッグを差し出してきた。


 「これは?」


 訝しみながらバッグを受け取る。

 恐る恐る中身を確認すると、そこには――。


 「え……?」


 目を疑うほどの札束がぎっしりと詰まっていた。

 状況がまったく飲み込めない。


 雇われの給仕であるティーンさんが、なぜこんな大金を持っている?

 それを僕に渡してくるなんて、どういうつもりなんだ?


 困惑する僕を前に、ティーンさんは穏やかに微笑んだ。


 「こちらは奥様からの贈り物です」

 「母さんから!?」


 ますます訳が分からない。


 放任主義だった母が、どうして僕に大金を?

 『遊び人』に成り下がった僕を憐れんでのことなのか?


 母の意図が掴めず混乱する僕をよそに、ティーンさんは小さな封筒を手渡してきた。


 「こちらは、フィルノート魔術剣術学院の入学許可証です。奥様には各方面に伝手がありまして、エリネル様は今回、特別に入学が許可されたそうです」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の顎が外れそうになった。


 「どうして!?」

 「私にも詳しいことは分かりませんが……奥様は、『エリネル様のことを愛している』と仰っていましたよ。あ、そうそう。中央首都行きの列車は本日出発しますので、お急ぎください。チケットはその封筒の中に入っております」


 淡々と告げると、ティーンさんは踵を返し、邸宅の門へと向かっていく。


 「エリネル様、今までありがとうございました。あなたのお世話をするのは、とても楽しかったです」


 赤ん坊の頃から世話をしてくれた彼女は、最後にもう一度優しく微笑むと、門の鍵を静かに閉めたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「おい!魔物に囲まれてるぞ!そこの冒険者達ッ!助けてくれ!」


 御者の助けを呼ぶ声が僕の脳内に聞こえてきた。

 

 どうやら僕は寝てしまっていたらしい。えーっと?今はどんな状況なんだ?

 僕は中央首都行きの馬車に乗っていたんだったよな…?

 なにかトラブルでも起きたのだろうか?


 「早くしてくれ!!このままじゃ魔物に殺されるぞ!!」


 魔物に殺される?

 まぁ、この世界には魔物が存在するから、旅の道中で襲われるハプニングはつきものだ。


 「今すぐ行く!待ってろ!」


 戦士の男が叫ぶと、パーティーの面々が一斉に武器を構え、馬車から飛び出した。

 どうやら彼がリーダーらしい。


 「お前も戦えるなら手を貸してくれ!」


 僕の耳元で男の声が聞こえてきた。

 えーっと…。これは僕に対して言っているのだろうか…?


 「おい!?いい加減起きろって!戦わなきゃ俺たち全員の命が危ないんだぞ!?」

 

 外部の状況を確認しようと先ほどからずっと薄目を開けていた僕であったが、目の前の冒険者とガッツリ目が合ってしまった。


 この様子じゃ狸寝入りは無理そうだな…。

 状況を伺うことはやめ、僕は冒険者の男に直接話しかけることにする。


 「………。どれくらいピンチなの?」

 「そ、そりゃあもう、大勢の魔物に馬車が囲まれてて、早く対処しないとやべぇんだって!」


 そこまで焦るほどの相手なのだろうか?

 彼らの焦り具合からして、それなりの魔物が襲ってきているのは間違いないだろう。

 果たしてどんな相手が喧嘩をふっかけてきたんだ?


 冒険者達が指差している外へ、僕は視線を向ける。


 そこにいたのは………。


 「ああ…なんだゴブリンかよ」


 身の丈ほどの小さな怪物たち。彼らの肌は緑色で、うねるように汚れた髪が頭の上に突き出ている。

 粗末な武器を片手に戦う雑魚モンスターではないですか。


 敵の正体が分かった途端、肩の力が抜けた。

 大したことない魔物になんでこいつらは 殺気立ってるんだ?

 初心者パーティーじゃないんだから、楽に処理できるだろうし、僕は必要ないだろう。


 そう考えた僕は再び居眠りしようとするが……。


「何言ってるのよ!!何十体ものゴブリンに囲まれてるのよ!?このままじゃあたしたち死んじゃう!!」


 魔術師の女がヒステリックに叫びだす。


 あまりにも甲高い騒音だったためか、思わず自分の耳をふさいでしまった。


「その杖は何のためにあるんだよ。魔術師お得意の範囲攻撃で一気に片付ければいいだろ」

「できるわけないでしょ!?こんな広範囲に魔法を使ったら、魔力が枯渇しちゃうわ!!」


 そんな馬鹿な。

 僕の兄さんでさえ、これくらいの範囲攻撃はスムーズにできるぞ?

 まさかこいつ、相当なポンコツなのか?


 呆れ果てた僕は、使えない冒険者パーティーを助ける為に荷台の外へ出る。

 彼らの前に身を乗り出した僕は、緑色の肌をした小さな影に向かって魔術を詠唱し始めた。


 雷属性の中で最も最速の範囲攻撃型魔術。

 少量の魔力で魔法陣を先に描き、あとから莫大な魔力で能力を発動するという特殊な仕組みであるため、通常の魔術に比べて発動速度は数倍も速い。

 魔力効率が極端に悪いのが唯一の難点なのだが――。


 僕ほどの魔力量を持つ者にとって、そんなデメリットは些細な問題だ。


 「ま、まさか!?最速の雷魔術を唱えようとしてるのか!?」


 魔術師の女が僕の描いた積層型魔法陣を目にすると、驚愕の表情を浮かべていた。

 こいつは一応魔術師なのだから、流石に知っているのだろう。


 僕が唱えようとしている最高難易度の魔術!


 その名も…。


 「『拡散荷電粒子砲』!!」


 僕はじりじりと距離を詰めて来る、低能モンスター達に向かって最速の雷魔術を放とうとする。

 小さいころから何万回も反復練習してきたこの魔術。ミスるはずがない。


 僕は勝利を確信していたのだが…。


 「え…?」


 結果は不発だった。


 「おい……派手な魔方陣の割には、何も起こってないぞ?」


 魔術師の女が困惑した表情で僕を見る。

 一方の僕はというと、目の前の状況を理解できず、完全な思考停止状態に陥っていた。


 「最速の魔術なんだから、あまりに速すぎて見えないんじゃねぇか?」


 盾職の男が見当違いなことを言うが、そんなはずはない。

 リアルタイムで追えなくても、普通なら残像くらいは見える。

 それすら確認できないということは……そもそも発動すらしていない、ということになるのだが――。


 ……ん?


 このタイミングで、僕は数時間前に『遊び人』へ転職してしまったことを思い出した。


 ――あッ!そういえば僕、遊び人だったわ!

 寝てたから忘れかけてたけど、ステータス、ガッツリ下がってたんだった!


 滝のように流れ落ちる冷や汗。


 僕の異様な様子に気づいたのか、冒険者たちが心配そうに顔を覗き込んでくる。


 「ど、どうしたんだ!? なんか顔色悪いぞ!」

 「できれば思い出したくなかったのに…。夢であって欲しかったのに…」

 「だ、大丈夫か?!すげえ顔色悪いぞ!?」


 冒険者の面々が心配するかのように僕の顔を覗き込んでくる。

 その間にも、ゴブリンたちはじりじりと距離を詰めてきていた…。


 ――無理だって!?

 ――遊び人に成り下がった僕だぞ!?こんなの戦えるわけがないじゃないか!?


 こうなったら逃げるしかない…。


 「じゃ、そういうことで!!」


 僕はバッグを片手に握りしめ、全力でその場を離脱した。


 「ええええッ!? さっきの魔術はなんだったんだよっ!?」


 馬車? 冒険者たちの命?

 そんなの知らんわ。

 魔術が使えない以上、戦うなんて論外だ。逃げるしかない!!


 そう決意し、平原を全力疾走する僕だったが――。


 「ギギギ……ギャギャ!」


 何十体ものゴブリンが逃亡を図った僕の後を追ってきていた。


 嘘だろ…。これじゃああいつらを囮にして逃げた意味がないじゃないか…。

 僕が絶望の淵に立たされたその時、なぜか、僕が囮にしたはずの冒険者達が賞賛の声を上げていた。 


 「そうか!一人で何十体も引き受けてくれたんだな!なんていい奴なんだ!」

 「自分の命を犠牲にしてまで俺たちの負担を軽くしようとするなんて…。あいつは漢の中の漢だ!奴の雄姿を無駄にするなよ!!」


 そんなつもりじゃなかったのに、なんか誤解されてるし…。


 まぁいい。ゴブリン程度、全力を出さなくとも走って逃げれるはずだ。


 そう考えた僕は、一目散に平原を駆け抜けていったのだが…。


 ……あれ? なんかゴブリンとの距離、縮まってない?


 錆びれた武器を振り回し、鋭い牙を剥き出しにした奴らだが、明らかに追いつきつつある。

 僕の足が遅いのか、それともゴブリンが速いのか。


 ――いや、僕が遅くなったんだ。


 ……そうか。魔力だけじゃなく、身体能力も弱体化してたのか……。

 このスピードじゃ、前世の貧弱な体と大差ないんじゃないか……?


 絶望感がじわじわと押し寄せる中、僕は息を切らしながら必死に駆け抜ける。

 

 体がこんなにも重いなんて…この感覚、前世以来だ。


 いやちょっとまって、

 そんな悠長に考えている場合ではないかもしれない。

 

 え。僕死ぬの!?


 『ビュッ!』


 風を切る音が聞こえてきたかと思いきや、次の瞬間ゴブリンが放った矢が僕の耳を思いっきり掠めた。


 「はぁッ!?ちょっとまってくれ!僕はまだ死にたくないんだ!!死にたくないッ!!!!」


 やり残したことだってまだあるのに!

 第二の人生を謳歌するんじゃなかったのか?今まで順調だったのに、どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ?


 僕の脳内には様々な疑問が渦巻いていたが、今は考え事をしている場合ではない。

 死に物狂いで逃げないと、弱体化した僕じゃ余裕で死ぬ!!!


 口呼吸で必死に酸素を貪り、『遊び人』として完全に弱体化した筋肉に鞭を打つ。


 まじで吐きそう…。肺が破裂しそうなほど苦しいし、今にも足が攣りそうだ…。

 冗談じゃないレベルにまで弱くなっている現実が、じわじわと僕の心を抉っていく。


 残り数キロはあるであろう中央首都への道を、蛇行走行で駆け抜けるのだった。


 ああもう…なんでこうなるんだよ…。

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