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第2話

 時間が経つのは本当に早い。


 この世界に慣れようと必死だった僕も、気がつけば転生から三年が経過していた。


 「エリネル坊や、ご飯の時間ですよ」


 扉をノックする音と共に、メイド服を着た中年の女性――給仕のおばさんが僕の部屋に入ってくる。


 「おばさん。今日の朝ご飯はなに?」


 齢わずか一歳にして、この世界の言語をある程度話せるようになったのは、前世の知能がそのまま残っているおかげだろう。


 「今日はエリネル様の大好物をお作りいたしました」


 給仕のおばさんはお盆の上に乗った朝食を机の上に置くと、僕に優しく微笑んだ。


 一応僕には母親がいるが、僕の部屋に顔を出すのは月に1、2回程度だ。


 最初は母親の無責任さにショックを受けた僕であったが、段々とこの家族の実情が見えてきて、納得もした。


 この一族は、名だたる魔術師や魔術剣士を代々輩出してきた、いわゆるエリート家系なのだ。

 そんな家に生まれた僕は、生後わずか二か月で、六人の兄弟たちと共に英才教育――という名のスパルタ指導を受けていた。それも生後二か月の時からだ。


 魔物の肉が使われた離乳食を食わされたり、高濃度の魔素が秘められた魔力水に沈められたり…。

 

 吐き気や肌荒れで滅茶苦茶苦しかったけど、生まれ降りたこの世界で僕は決心したのだ。


 ゲームが唯一の趣味という、生産性のない毎日を過ごしてきた僕は、あの日、頭を強打して死んだと思われた。

 まぁ、実際には死んだんだけど、こうして生まれ変わり、第二の人生を歩むことができた。


 だからこそ、二度目の人生を絶対に棒に振ってはいけない。今回こそは悔いのないように生きてやると。


 そう決意した僕は、がむしゃらに努力した。


 魔物を食わされても耐え、魔力の水に沈まされても耐え…。耐えて耐えて耐えて耐えて…。

 

 ついに三歳となった僕だが、スパルタ稽古のつらい経験が役に立ったのか、兄弟の中では一番の実力者となっていた。


 ちなみに、僕は末っ子で、長男との年齢差はわずか四か月。

 そう、この時点で察するかもしれないが……父親には三人の妻がいるらしい。


 日本じゃ考えられないが、この世界では一夫多妻制が認められているようだ。

 ――まったくもって、けしからん。


 「エリネル坊やは本当にすごいですねぇ。生まれて間もないのに、もう魔術の制御ができるなんて……旦那様も『千年に一度の逸材』だととても喜んでおられましたよ」


 僕がサンドウィッチを頬張っている姿を眺めながら、ティーンさんは感心したように言った。


 僕の学習速度がずば抜けているのは、転生した先の体が優秀なのもあるが、やはり記憶を保持していることが大きいと思う。

 この年齢で、大人レベルの思考力を持ち合わせている子どもなど、まずいないはずだ。


 転生者の特権さまさまだが、これを十分に活用しない手はない。


 というわけで、今の僕の目標は『並列思考魔術』を習得することである。


 簡単に言うと、自分の脳の数を何倍にも増やすことができる魔術だ。

 といっても、頭の大きさが何倍にも肥大するわけではなく、魔術を利用して、自分の脳みそを亜空間に生成するのがこの魔術の大まかな力なのである。


 屋敷の禁書棚から古代の文献を読み漁ったおかげで、すでに術式の輪郭を掴むことはできていた。

 後は、頭の中のイメージを三次元の世界にアウトプットするだけなのだが、これが意外にも難しいのだ。


 魔術は想像力の世界だと言われている通り、自分に想像できないことは魔術として発現させることができない。 

 自分の脳を亜空間に生成するイメージなど、前世を含めたこれまでの人生で想像したことがないのだから、想像したくてもできないのが現実なのである。

 まぁ、僕の魔力総量もまだまだ成長段階だし、いずれ古代の魔術も扱えるようになるはずだ。

 これからが楽しみである。


 そんなことを考えていると、給仕のおばさんが僕の頭を優しくなでてきた。


 「プレッシャーに押し負けないでください、エリネル様。私はあなたのことを応援してますから」


 今ではこの給仕が僕の母親みたいなものだ。 

 病んで一日中自室に引きこもっている母親とは全く違うし、強力な魔術師を作ろうと虐待じみたスパルタ教育をしている父親とも違う。

 僕に唯一愛情を注いでくれるのがこの給仕だ。

 

 さて、クソマズい魔物の肉も食べ終わったことだし、午前の鍛錬と行こうじゃあないか。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 転生してから八年が経過した。

 時間の流れはとても速いが、前世のように時間を浪費したわけではない。

 魔術を学んだり、この世界の学問を究めたり…。人間、本気で変わろうと思えば、何事も実現させることができるようだ。


 というわけで、体がかなり成長した僕は、上級魔物と絶賛戦闘中であった。

 ルーンハイト邸の地下深くに作られた闘技場で、上級ドラゴン・ワイバーンと対峙している僕の周りを、何十人もの人間が取り囲んでいる。

 結界で守られている観客席に腰を下ろしている彼らは、すべてルーンハイト一族の人間…。

 千年に一度の逸材と言われる僕を一目見に集まってきたのだ。


 「雷閃(ライトニング)ッ!」


 小手調べとして、雷属性の中級魔術を放つ。

 眩く発光する魔法陣が出現した次の瞬間、紫電が空気を裂き、耳をつんざく轟音が響いた。


 「もの凄い高威力な魔術だな…。あの様子だとワイバーンは死んだんじゃないのか?」


 ちょっと、なんでフラグを立てちゃうのさ。

 まぁ、あまり手応えを感じなかったから、実際、ワイバーンは無傷なんだろうけど、なるべくフラグは立てないで欲しい。


 「おい見ろよ!ワイバーンのヤツまだ生きてるぞ!?」


 砂埃が晴れた後、姿を現したワイバーンは全くの無傷であった。

 

 流石は上級ドラゴンだ。

 魔力耐性も並大抵のものじゃない。

 こいつの硬いうろこをどうやって突き破るかが攻略のカギなんだけど…。

 魔力耐性があるのなら、試しに物理攻撃で殴ってみようか。


 そう考えた僕は、咆哮するワイバーンを他所に、自分自身に数々のバフを付与していく。


 速度上昇、攻撃力上昇、思考加速から防御力まで、無数の魔方陣が展開され、幾つもの魔術を並列詠唱で唱えていく。

 我ながら惚れ惚れするような努力の賜物であった。


 「なんだとッ!?この小童、魔術の並列発動ができるのか!?」

 

 観客席がかなりざわついているが、魔術の並列発動という技は、長い魔術の歴史の中でも指を数える程の魔術師しか使いこなせないらしい。


 といっても一つの脳で一つの術式を処理するのが魔術の一般常識なのだ。ふつうの人間が二つ以上の魔術を唱えることは不可能である。

 しかし、僕は四歳の時、自分の脳を何十個も亜空間に作り上げることに成功していた。

 スーパーコンピューターには到底及ばないが、それでも並列思考ができる僕にとって、魔術の重複発動など容易なのだ。


 僕はワイバーンと距離を詰めようとするが、賢いドラゴンは熱線を放射し、僕を遠ざけようとする。

 しかし、ドラゴンの威圧的な攻撃は、僕の『防護結界(プロテクション)』魔術によってすべて防がれていた。


 並列思考ができる僕は、『防護結界(プロテクション)』魔術を制御する為だけの脳を作成する余裕がある。

 亜空間に作成した脳を僕本体とは独立して動かすことにより、僕の意志とは関係なしにフルオートで敵の攻撃を防ぐことができるのだ。


 展開した結界に熱線が激突し、バチバチと火花を散らして弾かれた閃光は、空間を裂く。

 反射した熱線が鋭い軌跡を描きながらワイバーンへと向かった。


 一瞬の間、反射してきた攻撃に怯み、隙を見せるワイバーン。

 ゼロコンマにも満たないわずかな間であったが、僕にはそれで充分であった。


 並列思考によって数々の魔術を併用している僕は、『瞬間移動(テレポート)』魔術を余裕で発動する。

 ゼロ秒で距離を詰めた僕は、ドラゴンの頭部を地面に向かって思い切り叩きつけた。

 ワイバーンは一瞬の出来事に脳の処理が追いついていないのか、呆然自失とうめき声を漏らすだけだ。


 さてと、下手に暴れられても困るし、さっさと巨体を封じることにしよう。


 僕は一瞬の隙を逃すことなく、『鎖状束縛』魔術でワイバーンの巨体を封じる。


 エネルギー状の鎖が、まるで意思を持った蛇のように、ワイバーンへ巻き付いていく。


 「巨体な癖に力は対して無いんだな」


 完全に身動きが取れなくなっているワイバーンの急所へ僕は手を伸ばす。

 魔物の中でも凶悪で恐れられているワイバーンであるが、体の構造は基本的ば生物と遜色ない。

 つまり、急所も当然存在するわけで、脳や心臓を狙えば高倍率のダメージを与えられるし、当然金的攻撃も同様に適応される。


 魔力がエネルギーとなって僕の掌に収縮していき…。


 「楽しかったぜワイバーン。『収縮荷電粒子砲』ッ!!」


 次の瞬間、荷電粒子砲に心臓を貫かれたワイバーンは一瞬にして絶命した。

 魔力抵抗が高いのは確認済みだが、それを上回る出力でごり押してしまえば良い話なのだ。

 

 束の間の静寂の後、観客たちは拍手喝采で僕の戦いぶりを称える。

 

 「最年少のエリート魔術師……。並列思考を難なくこなし…上級魔物であるワイバーンここまで圧倒するとは……」

 「実力的に言えば、次期当主はエリネルでしょうね……というかそれ以外あり得ません!並列思考持ちの魔術師なんて千年に一度の逸材ですよ!?」


 親族たちがひそひそと囁くのが聞こえる。


 畏怖とも羨望とも捉えられる視線を背後で受け止めながら、僕はかつてドラゴンであった残骸を他所に、闘技場を後にしたのだった。


 これが、第二の人生を本気で生きると決心した僕の生き様。

 部屋に引きこもってゲームに溺れていた僕が、優れた魔術師になるという偉業を成し遂げた瞬間であった。


 今思えば、この時が僕の第二の人生の絶頂期だったのかもしれない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

  ルーンハイト一族は、魔術にも剣術にも秀でた由緒ある名門家系だ。

 歴史を振り返れば、名だたる魔術師や剣士、そして魔剣士たちがこの家から次々と輩出されてきたという。まさに、精鋭中の精鋭が集うエリート集団――それがこの家だ。


 そんな一族に生まれた僕も、例に漏れず、物心つく前から魔術と剣術を叩き込まれてきた。

 だが、その過酷な教育と血のにじむような努力の甲斐あって、今ではそのどちらにも卓越した才を持つまでに成長している。

 そんな僕でも、魔術の道に突き進むべきか、剣術の道に突き進むべきか…。もしくは両方とるべきかと決めかねていた。

 やっぱり数多くの選択肢の中から将来を決めるのは、なかなかに大変だ。だから、身体能力や魔力総量が安定してきた十六歳になると、適正職業を判別する一大イベントが行われる。

 この世界にもドラクエのような職業が存在するのだ。


 そして今日、ついに僕は十六歳になった。

 これから行われるのは、神秘的な紋章が描かれた水晶に数分間手をかざすだけの、シンプルな儀式だ。

 この水晶によって、自分の適正職業がわかるだけでなく、その結果に従って強制的に職業が決まる。つまり、今日は僕の人生にとって最も重要な日なのだ!


 適正職業が判明したら、それに見合った学園に入学し、ルーンハイト邸から遠く離れた王都で魔術や剣術を学べる。

 王都は広い世界だ。ここではできなかった友達もきっとできるし、窮屈な思いをすることもない!


 地球で間抜けに死んでから、運よくこの世界に転生した僕。

 魔術や剣術に明け暮れて十六年、今日ついに――僕の運命が決まる。


 ルーンハイト一族。魔術にも剣術にも秀でた名門で、血筋ゆえに、僕も否応なしにその道を叩き込まれてきた。

 とはいえ、家族仲は最悪だ。父親は「結果を残せ」と呪文のように繰り返し、母親の顔は月に数回見る程度。親戚一同からの期待と圧力は煩わしく、兄弟たちからの陰湿なイジメには心底うんざりしている。


 クソみたいな家だったけど、前世の自堕落な暮らしと比べたら幾分かはましだろう。


 僕はルーンハイト邸で最も大きな広間の扉を押し開けた。

 そこには、父も母も兄弟も従妹も、叔父叔母祖父祖母、一族全員が待ち構えていた。


 数えきれない視線が、僕を貫く。

 ――期待、嫉妬、羨望。混じり合う感情の嵐のなか、僕は平然とした顔で堂々と歩いていく。


 「エリネル。私の元へ来い」


 中央で水晶を手にした父の声が響いた。

 威厳を纏ったその口調のもとに、僕は黙って歩み寄る。


 近づいた僕に、父が小さく耳打ちした。


 「分かっているとは思うが、お前には期待している。……他のどの兄弟よりもな」

 「はい、父さん」


 ……やっぱりそうくると思ったよ。

 父の目線が兄たちをかすめた時点で、もう答えは見えていた。


 「父さんの期待に応えられるよう努力するよ」


 僕はゲッソリとした表情を表に出さぬよう、父親が求めてる通りの返答をした。

 もちろん、そんなことこれっぽっちも思ってないけど、今は全肯定ボットとして黙々と振る舞うしかない。


 父が言う。

 「さあ、水晶に手をかざすんだ」

 「はい、父さん」


 淡く光を放つ水晶に、僕は手を伸ばした。


 ――この家を出られるなら、職業なんて何でもいい。

 努力を惜しまなかった僕にとってどの職業にでもなれるだろう。


 水晶の光が強まり、空中にホログラムのようなスクリーンが浮かび上がる。

 この儀式、兄弟たちのを何度も見てきた。何が起こるかは分かってる。

 スクリーンが完全な長方形を成したとき、その中央に僕の“適正職業”が映し出されるはずだ。


 ――あと少し。あと少しで決まる……!


 広間の空気が張り詰める。

 一族の誰もが息を呑み、目を凝らす。


 期待。不安。嫉妬。侮蔑。――渦巻く感情。けれど僕の思いは一つだ。


 さぁ――教えてくれ……!


 僕の職業を――!!


 その瞬間。


 目の前のスクリーンが、爆発するような閃光を放った!


 「っ!?」


 僕は思わず目を細めた。強烈な光の中、浮かび上がってきたのは……見たこともない、歪んだ文字列。

 ぐにゃぐにゃと動きながら形を変え、まるで生きているように整っていく。


 そして――


 バンッ!!


 閃光が収まったその刹那。

 スクリーンの中央に、はっきりと刻まれた文字が浮かび上がった。


 


 ――その職業名は……


 『あなたの適正職業は【遊び人】です!』


 ……は?


 「「「「「「「「はぁああああああッ!?!?!?」」」」」」」」


 広間に響き渡る、文字通りの大合唱。

 バカみたいに全員が、揃いも揃って同じ声を上げていた。


 もちろん、僕も例外ではない。



 『遊び人』!?

 え、あの遊び人!?ただ遊ぶだけで何の役にも立たない、あの『遊・び・人』!?

 戦えない。支援もできない。スキルもろくにない。

 “お荷物枠”として有名な、あの忌まわしき非戦闘職業――!?えッ!?就職確定しちゃった!?


 おちつけ……まずは現実かどうか確かめよう。

 頬を抓ってみる。……いってぇッ!?夢じゃないのかよッ!!


 いやいやいや待って!? 僕、剣術も魔術も才能あったよね!?

 どっちもそこそこ極めてたよね!?

 なのに――なぜ、どうして、よりにもよって遊び人なんだよおおおおおおおおッ!?!

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