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第1話


 生きていると、どうしてもストレスが溜まる。


 我慢ばかりしていれば身体に悪いし、適度に発散しなければ、いずれ心まで壊れてしまうだろう。


 三大欲求に身を任せたり、物に八つ当たりしてみたり――発散の方法は人それぞれだが、僕の場合はどうだろうか。


 たとえば――


 好きだった幼馴染が叔父の愛人だったと知ったときも。

 痴漢の冤罪で逮捕されかけたときも

 親友がFXで破産して夜逃げしたときも。


 僕を支えてくれたのは、ネットの世界と精神安定剤だけだった。


 「やっぱり、僕の居場所はゲームだけだな……」

 「ずいぶんしおらしいじゃないか。お前らしくないけど何かあったのか?」


 ヘッドホンからノイズ混じりのネッ友の声が聞こえる。彼とは長い付き合いで、毎晩のようにデジタル戦場を共にしてきた、戦友とも呼べる存在だ。


 「もう一週間前のことだけどさ、愛犬が異物を誤飲して窒息死しちゃって……。まあ気持ちの整理はついたけど、なんか、何もやる気が起きなくて。疲れてんのかな、僕……」


 生きていれば、悲しみが付きまとうことは分かっている。中学生の頃から一緒にいた愛犬が死んだばかりなのだから、落ち込むのも当然だ。


 「お前はニートの俺と違って、ちゃんと働いてて偉いよ。今日は疲れてるんだろ? 明日は休めばいいんじゃねえか?」


 ネッ友のその声は、どこか誘惑めいていた。しかし、ニートの甘言にほだされるような僕ではない。


 「僕をニートに引きずり込もうって魂胆か? 無駄口叩いてないでキャリーしてくれ」


 「ちぇっ。ニート仲間が増えると思ったのに……」


 ニートの彼は残念そうに言ったが、今はそんな話をしている場合じゃない。


 現在、僕たちは23連勝中だ。しかし今の試合では、僕とニート以外の味方はすでに全滅。2対4の圧倒的不利な状況だ。


 一度でも負ければ、これまでのランクがゼロになるという鬼畜仕様。まさに崖っぷち。


 だが、僕の脳内には「敗北」の二文字は存在しない。


 青春の全てをゲームに捧げ、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた僕には、すでに勝利のビジョンが見えていた。


 「ここはクリア。敵が来るかもしれないから、スモーク焚いておく」

 「了解、相棒」


 アバターは遮蔽物の影に身を潜め、あたりは静寂に包まれる。


 敵の足音が遠くで響く――あと数秒、タイミングを合わせれば、必ず勝てる。


 その瞬間だった。


 パシンッ


 乾いた音が、突如として空間を裂いた。モニター内、アバターの背後にあるはずの分厚いコンクリート壁から、一本の銃弾がヌルリと生えるように突き出てきたのだ。


 「……は?」

 「ど、どうした?!なんか問題でもあったのか!?って、うおお!?俺一瞬で死んだんだけど!?どういうことなんだ!?」

 

 ヘッドホンから仲間の悲惨な声が聞こえてくる。

 思考が追いつかない。壁から銃弾? どういうことだ?


 理解が及ぶ前に、ズガンッ!ズガガガガンッ!


 まるでゲリラ豪雨にあったかのように、次々と銃弾が壁を透過して飛び出してくる。弾丸は空気を裂き、画面内で火花を散らしながら僕のアバターへと殺意を込めて突き刺さった。


 頭、胸、足、腕――ありとあらゆる部位に、まるで狙いすましたように命中していく。


 ダメージインジケーターが一瞬で真っ赤に染まり、アバターが吹き飛ばされるように崩れ落ちる。

 反応する間もない。回避も、防御も、反撃も、なに一つ許されなかった。


 モニター中央に、赤く滲んだような文字が『DEFEAT』と点滅し始める。


 「うそだろ?!何が起こったんだ!?なあお前見てたか?」


 ネッ友の驚愕した声を片耳から聞こえてくる。

 僕は手をマウスに乗せたまま、しばらく動けなかった。唖然と呆然そして虚無。


 思い返せば不自然過ぎた。一瞬で死んだ味方の姿。背後から飛び出す銃弾。物理法則を無視した透過攻撃。そして、命中率100%。


 脳裏に浮かんでいた数々の疑問が、まるでピースが嵌まるように一つにまとまっていく。


 そしてついに、確信へと至った。


 「クソガァァァァァ!!」


 全身の筋肉が爆発するように動き、僕は叫びながら机を叩く。


 「チーターじゃねぇか馬鹿野郎ッ!!ふざけんなぁぁぁ!なんで壁から弾が生えてくんだよォォ!ふっざけやがってぇぇぇぇぇッ!!」

 「おい落ち着けって!たかがゲームだろ!?またランクを上げればいいだけだって!俺も手伝ってやるからさ!」

 「たかがゲーム!?僕はゲームに人生を捧げてきたんだぞ!?愛犬は死んで!上司にいじめられる毎日!糞みたいな現実でもめげずに頑張ってるんだから、ゲームの世界ぐらい気持ちよくさせてくれたっていいじゃないかッ!!!!」

 「お、落ち着けよ…チーターにはかなわねぇって。通報するなりして、あとは運営に任せようぜ…」

 「チーターに負けること自体僕のプライドが許さないんだよ!!!あああああ!!!!!僕の青春をチーター如きにつぶされてたまるかぁぁぁ!」


 発狂しながら顔を手で覆い、体を思い切り仰け反らせたその時だ。


 ──ズルッ!


 体を仰け反らせた衝撃で、椅子のキャスターが大きく滑った。

 それと同時に僕はバランスを崩し、浮遊感が全身を包み込む。


 視線は上へと流れてゆき、地面との距離は二次関数的に近づいていった。


 転倒まで残り数秒――ゲームの世界に浸かって喜んでいるだけの僕が、物理法則に逆らう力など持っているわけがない。

 僕は頭から地面に突っ込んでいく…しかも運が悪いことに、すぐ後ろには本棚。


 なぜか冷静に状況を判断できている僕だが、こういうときほど周りがスローモーションに見えるのはなぜなのだろうか?


 ──ドガシャァァァンッ!!


 「がっ……!」


 鋭い痛みが後頭部を突き抜ける。

 ガラガラと何かが崩れ落ちる音、グルグルと回る視界。

 僕の意識は朦朧としていた。


 「おい?台パンするにしては音デカすぎないか?」


 ニートであるネッ友が見当違いなことを言っているのが聞こえてくる。


 少しばかりの苛立ちを覚えた拍子に、僕の感覚は徐々に戻ってきた。

 痛い。けど、どうやら即死は免れたらしい。

 まさか、こんなにも間抜けに転んでしまうとは思いもしなかった。


 取り敢えず大事には至らなかったようなので、安堵のため息を吐いた僕は天井を仰ぐ。

 すると、僕の視線の先には、本棚の上でぐらついている大きな観葉植物があった。


 「oh…」


 本棚にぶつかった拍子に、バランスを崩したのか、ぐらぐらと揺れている観葉植物。

 素焼きの鉢は、当然重いし硬い。確か、人間の頭蓋骨の硬さって素焼きの鉢と同程度だったはず…。

 つまり、真上でぐらついている植木鉢と僕の頭蓋骨はだいたい同じ硬さなわけで…。

 …うん、落ちてきたら僕の脳天にクリティカルヒットするし、間違いなく死ぬわこれ。



 「ゴトッ!」



 ……なんか落ちてきたんだけど。

 え、体動かないし、このままだと僕に直撃するよね?


 「え……死ぬの、僕?」

 

 こんな間抜けな死に方で?


 「死ぬってなんだ!?なぁ?でかい物音がしたけど本当に大丈夫なのか?!何とか言ってくれよ!」


 自由落下する鉢植えを、僕はなすすべもなく見上げた。


 時間が急速に引き延ばされていき、僕の脳内にかけがえのない大切な思い出が走馬灯としてよみがえる。


 幼馴染が叔父と接吻している光景だったり…痴漢の冤罪で手錠をかけられた光景だったり…親友に100万をだまし取られたあの日の夜だったり…。

 

 あれ?ロクでもない思いでしかない気がするんだけど…僕の人生って良いものだったんだよね? 


 一抹の違和感を覚えた次の瞬間…。



 ガァンッ!!



 脳内に火花が走ったかと思いきや、次の瞬間、僕の視界は暗転する。

 何も見えないし何も感じない。すべての感覚がオフラインになった僕は、虚無に包まれていた。


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