奇妙なわたくしと畑と木登り
シャルロットは邸内を歩く。使用人達が一様に怯えた表情でシャルロットに挨拶するが、そこは自分らしく微笑みを浮かべながら返事を返すことにした。
「おはようカイン、フィーゴ」
「お、おはようございます。お嬢様」
「お、おはようございます。お、お嬢様」
「おはよう。マリー。ルル」
「お、おはようございます。お、お嬢様」
「お、おはようございます。お嬢様……」
シャルロットに挨拶を返していく彼ら彼女らはなにか異様な者でも見る視線でシャルロットを見やる。
(当然ですわね。このシャルロットが突然こうなったら誰でも困惑しますわ)
そんなシャルロットに付き従うエマは乾いた笑みを浮かべている。更に異常なのは格好だ。シャルロットはドレスではなく、男の子用のズボンとシャツを着ている。農作業かなにをするような格好だ。
侯爵家は広い。父親のロイ・ラ・フラン侯爵は、侯爵という地位だけではなく、様々な商売をしていて、王侯貴族との親和性も高い。言うなれば政商なのだ。そんなこともあって悪役令嬢のシャルロットはわがままの限りを出来たわけだが。ただ父親のロイはそんなシャルロットの性格をなんとかして直したかった節がある。いつかろくなことにならないんじゃないかと思っていたようで、それが見事に当たった。
使用人達に挨拶を返しながらそんなことを考えていたシャルロットは玄関ホールに着くと、エマが邸内の扉を開ける。
いざ戦に挑まんが如くシャルロットは外へ出る。とても気持ちの良い太陽の光が降り注ぎ、シャルロットは目を細める。その後に続いてエマも外へ出てくる。
エマの手にはシャベルとスコップ。シャルロットは小さな手でその二つを受け取ると庭に駆け出しベストタイミングの場所を見つける。
「ここならば土が軟らかい感じがしますし、日差しもちょうどいいですわ」
シャルロットは庭の一角を見つけると目を輝かせた。そしてスコップで庭の土を掘っていく。そのシャルロットの奇行に驚いたエマはシャルロットを止めようと声を掛ける。
「お嬢様いけませんわ、そんなことをされては」
「いいのよ」
「しかし……」
「いいエマ? わたくしは畑を作っているの。別に何もやましいことはしていないわ」
「は、畑!?」
「そう、わたくし、ここにナスを植えるんですの。そして出来上がったナスを塩漬けにしてライスと一緒に食べますの」
「し、塩漬け……ライス……」
この世界には都合良く米がある。ゲームのクリエイターが米が好きだったのか、無駄に品質の良い米が収穫される。さすがにぬかはないが……。とは言え、シャルロットは自分のことをなかなか貫禄のある女性ぽいなとさえ思っている。
「おにぎりにもいいですわね。お漬物」
「お、お漬物とは……」
「出来てからの楽しみ。その時はエマも一緒に食べましょう」
エマは顔に引き攣った笑みを浮かべながらも、はいと言葉を返した。
汗をかきながら畑を耕していくシャルロットは既にこの世界では異常なのかもしれない。そんなことを考えながら畑を耕してやると、小鳥の囀りのようなものが聞こえた。
それも大人になっていないピーピーとした鳴き声である。
「なに?」
シャルロットがそう言うとエマが周りを確かめ始める。エマは木の下に行くと、戻ってきた。
「鳥の赤ちゃんが巣から落ちたようです。男性使用人を呼んできて巣に戻します」
そこでシャルロットは胸を張って言った。
「その必要はありませんわ」
シャルロットは木の下に駆け出すと、雛を確認する。まだ小さくとても可愛い。シャルロットは優しく手で持つと、なんと木を登り始めた。
そのシャルロットの行動を見たエマは顔を真っ青にしてシャルロットに向かって叫ぶ。
「い、いけません! お嬢様! 危険です降りてください!」
「大丈夫。これでも昔は木登りの猿って言われたぐらいでしてよ」
「む、昔……」
こんな子供に昔と言われても、とエマは思いながら下で降りるように叫んでくる。
シャルロットはそんなエマに構わず木を登り続け、巣に到着し、優しい手つきで雛を巣に帰した。
そして器用に木から下りてきてシャルロットはエマに言う。
「どう? 大丈夫だったでしょう?」
「お、お嬢様……」
エマは今にも涙を流しそうな表情を作った。シャルロットはそんなエマに抱きつきこう言った。
「エマ、いつもごめんね。でも今のわたくしはこういう性格なの」
「……」
エマはシャルロットの言っている意味がわからずただ少女の体温を感じているのだった。