プロローグ
「シェルロット・ラ・フラン侯爵令嬢、私はあなたとの婚約を解消し、この場であなたの悪行を暴こう!」
その言葉を聞いた瞬間、シェルロットの脳に雷が走り、前世の記憶を取り戻した。どうしてこうなったのか心当たりがありすぎてこの場を切り抜けられないことは明白だった。
場所は王立魔法学園高等部中庭、衆目監視の中での断罪劇だ。
シャルロットを呼び出し、この断罪を行おうとしているのは公爵子息の婚約者ロラン・アルベルトだ。
他にも周りには男達がいる。記憶を取り戻した瞬間、この世界が「遙か彼方の空で純愛を掴む」という乙女ゲームの世界であることがわかった。
囲んでいる男はロランの他に弟の近衛騎士候補のメノン・アルベルト、伯爵子息で将来学者予定のダニエル・クラスラインとその兄のピアニスト、ヴィルヘルム・クラスライン、そして王太子のアーシェ・ビエルハイドだ。
そしてこのゲームのヒロイン、アニー・クラインは金糸の美しい髪に澄んだブルーの瞳を持つ少女だ。彼女はその可愛い表情に怯えを作り、シャルロットから目を逸らしている。
そうロラン達はこのゲームの悪役令嬢のシャルロットの悪逆非道の数々を証拠に持って断罪しようとしている。
暴行、傷害、いじめ、数え上げればきりがないし、特にこの悪役令嬢のシャルロットは非常に独占欲が強く、自分の気に入った男を手中に収めなければ気が済まない、そんな性格でもあるが、それでも現在の転生者であるシャルロットにはひどく遠くに感じられる景色のようなものだ。
流れで行けばシャルロットはこの場で断罪され、アニーはめでたくハッピーエンドを迎え王太子との婚約に行く。
今にもシェルロットを殺しそうな男達の眼光にシェルロットは歯を鳴らし断罪の時を待つしかなかった。
(わたくし、この場で断罪されて、殺されてしまうの……)
シャルロットは瞳から一筋の涙を零れさせ男達を見るが、男達は侮蔑の視線を向け、舌打ちをする。
(いやよ、いやだわ。わたくしはなにもしていないのですもの)
シャルロットは腰が抜けて立ち上がれないが、それでもこの場から立ち上がり走って逃げたい、そういう焦りの気持ちで一杯だった。
その瞬間異変が起こった。シャルロットの視界が歪み、まるで時空の中に放り出されたような感覚に陥る。恐怖しかない世界でシャルロットはこの流れに身を委ねるのだった。
……。
◇◆◇
「はっ!……はあ、はあ、はあ……」
シャルロットは悪夢にうなされるようにして飛び起きた。背中に嫌な汗がへばりつき、額からも冷や汗が流れていく。
「はあ、はあ、はあ……」
シャルロットは高鳴る鼓動を抑えるように、胸に手をやった。
「こ、ここはわたくしの実家の部屋……」
最初に感じた違和感はそこだった。自分は学園の高等部の寮に住んでいる筈なのになぜ今、実家にいるのか。
それよりも喉が渇く、一度喉を潤してから考えようとシーツをはぐり、ベッドから降りようとする。次に感じた違和感はそこだった。
いやにベッドが高い。ベッドまでよじ登って上がるレベルなほどにベッドの位置がひどく高く感じた。
(なに……)
こんなに高いベッドを実家で使っていた憶えはない。シャルロットは自分の手を見やる。その瞬間にドキリと心臓が早鐘を打った。
「手が小さい……」
足を見ても小さく、異常を感じたシャルロットは鏡の前へ駆け出す。歩きもなんだかおかしくて、違和感があった。
鏡の前に立ち自分の姿を確かめたシェルロットは驚愕した。
「嘘……子供に戻ってる……」
金糸の髪は腰まで流れるようなストレートヘアー。色白でブラウンの瞳。自分でも言うのはなんだが、小動物のように可愛い顔だった。
「どういうこと……」
夢ではないかと思い、頬をつねって見ると痛い。
「これは現実なんだわ……」
この瞬間シャルロットは十七歳から六歳まで時戻りをした瞬間だった。