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『魔術師の杖』シリーズ

【短編】ハートのハンカチ

作者: 粉雪

読者さんから送られたファンレターが行方不明になりまして。

お話をうかがって書き起こしました。

本編よりちょっと先、入れ替わり解消後のお話です。

 あのあとユーリを締めあげたレオポルドは、ついでに彼からタクラの街に合う装いを聞きだしたらしい。


 金属製の護符を耳と首につけ、水色の丸首セーターにだぼっとした黒い冬のコートというラフなスタイルで、彼はわたしがいる部屋にあらわれた。


 パッと見は港にたむろってる、そのへんのやさぐれた若者だ。まったくもって威厳たっぷりな魔術師団長って感じじゃない。


 どうしても高級感ただよう護符だけは外せないようだけど、魔石は使わず金属製のものにしていた。


「ええと、レオポルドもそうしていると若者みたいだね」


 ぐぐっと眉間にシワが寄った彼のうしろでユーリが笑いをこらえている。


「ネリア……せめて『カッコいい』とか、『わぁステキ』とかないんですか」


「えっ、いやあの、ふだんとあまりにちがうんでビックリしちゃって……」


 わたしが知っているふだんの彼は黒いローブか、居住区でのあったかもこもこパジャマ姿で……どちらを思いだしても落差がすごいんだけど!


 黒いローブを見るとこちらもビシッと緊張するし、あったかもこもこパジャマは何度見ても違和感しかないのに、本人は気にいっているようだ。


 そんなことを考えながらレオポルドを観察していたら、スタスタと長い脚で部屋を横切った彼が身をかがめ、わたしのあごに手をかけた。


 寄せられた唇が左ほおにふれた瞬間、わたしは思わず変な叫び声をあげた。


「ひょおおぅ⁉」


「あ、本物だ」


 テルジオが目をぱちくりさせて言葉を漏らし、レオポルドも静かにうなずく。


「本物のようだな」


「な、何を判断の基準にしてるんですか!」


 ほっぺたを押さえて抗議しても彼らは大真面目だった。


「だってそんな独創的な叫び声、あっちのネリアさんからは聞けませんでしたし」


 あっちとかこっちとか関係ないし!


 ローラ・ラーラまでもが金色の目を細め、甘い香りのお茶のカップを手におかしそうに笑う。


「まぁ、そうだねぇ。『そんなんじゃ、キスの練習にもなんない』ってぶぅぶぅ文句を言ってたっけ」


 リ、リリエラ……。


「だけどあのレオ坊が自ら女性をエスコートするようになるとは……これも成長ってことか。あたしも長生きはするもんだねぇ、〝緑の孫〟にまで相手ができたのは面白くないけどさぁ」


 その言葉に〝緑の孫〟の相手であるヌーメリアが縮こまる。


 年齢不詳の美魔女たちの最たる者がローラ・ラーラで、どうやら彼女はレイメリアよりも年上らしい。同格だという〝緑の魔女〟は年相応のおばあちゃんだから謎すぎる。


「魔女ってホント見た目わかんないよね」


 レオポルドにそっとささやけば、彼はぼそりと口にする。


「……肌がどうであろうと、魔女の年齢など目をみれば一目瞭然だ」


「目?」


 聞きかえしたくても彼はそこで話を打ち切って立ちあがる。


「ではいこうか、マイレディ」


「あ、うん」


 きょうは彼といっしょにタクラ中層にある市場を見てまわることになっている。


 わたしは用意していた白い仮面をかぶろうとして、伸びてきた腕にそれを取りあげられた。


「あ、ちょっと!」


「いいかげん仮面をはずせ」


「えええ、この顔で歩くのは恥ずかしいっていうか……」


 レオポルドにエスコートされるなんてなおさら恥ずかしい。みんな婚約のことは知っているわけだし。


 うだうだと抗議しても彼はにべもなかった。


「慣れろ!」


「ひうっ」


 そのやりとりをおかしそうに見守っていたローラが、ついに耐えきれなくなったのか、お腹を押さえてカラカラと笑った。


「ああ、おかしい。貴婦人たちや塔の魔女たちはみんなあんたと歩きたがるってのに、肝心の婚約者には渋られるだなんて。自業自得ってやつだね」


「私は何もしておりません」


 凍えるような声で言い返し、師を静かににらみつけたレオポルドが転移陣を展開する。


「いってらっしゃい、おふたりさん。今よりもっと仲良くなって帰っておいで」


 ローラのかけ声で真っ赤になったわたしのほほへ、すぐに冷たい海風が吹きつけてきた。


 潮の香りにまじって甲高いイールの鳴き声が聞こえる。港を見おろす中層に転移した彼は、銀の髪をかきあげてため息をついた。


「悪いかたではないのだが……私が魔術師団の女性を苦手にしている理由がわかるだろう。見習いの頃は何ひとつ言いかえせなかった」


「そうなんだ……」


 みんなに見送られたのは気恥ずかしかったけれど、ラベンダーメルのポンチを着て街にでられるのはうれしい。


 魔石タイルが埋めこまれた路地に踏みだして、わたしは彼に笑顔をむける。


「えへへ、でもいっしょにでかけられたのはよかったよ。見て回りたいお店はたくさんあるし、レオポルドの好みとかも知れるし」


「私の好み?」


「うん。あったかもこもこパジャマも気にいっているみたいだし、思ってたのとちがうっていうか、好きな色や花も知らないし……知らないことだらけだよ」


 それを聞いた彼は少しだけ眉を寄せた。


「あれは……きみが選んだからだ」


「えっ、それで着てたの?」


「それだけではない」


 ゆるく首を振ってレオポルドは無表情に、とんでもないことを口にする。


「さわり心地もいいし着ていれば、きみが喜んで抱きつくのではないかと」


「そんなよこしまな理由で⁉」


「そうだ」


 あっさりと真顔で答えられ、本気っぽいから返事に困る。


「そっ、そんなに喜んで抱きついたりしないもん」


「そうだな。意識を失うまで待つのもつらい」


 もごもごと言いかえせば、ため息とともに返される言葉に思い当たるふししかない。


「えと……あっ、そういえばその護符、魔石を使ってないんだね?」


 あわてて話題をそらし、さっきから気になっていた護符を話題にすると、彼はそれにうなずいた。


「きみの護符をヒントにしている。一見何の変哲もない飾りだが、二層構造で隠し魔法陣を内部に施した」


「へぇ……キラキラした魔石の護符もいいけど、シンプルな金属の護符もステキだね。シャラシャラと音が鳴るし」


「芯にはミスリルが使ってある。魔法陣が発動すれば唄う」


 彼はふいっと視線をそらしたけれど、そのようすに何となくわかってしまう。きょうの服装だけでなく、タクラの街をわたしと歩くために、彼は手間をかけて護符を準備したのだろう。


 本当はきっと師団長として振る舞うほうが、移動にしたって街歩きにしたって何かと楽なのだ。


「ありがとう、あの……ごめんね」


「……檻に閉じこめるつもりも、不自由をさせるつもりもない。きみが行きたいのであれば、とことんつきあう」


 そういって彼はわたしの左手をつかむと、長い指を絡めるようにしてしっかりと手をつないだ。


「あああの、レオポルド⁉️」


「こうしておかないとすぐにきみは転移で逃げるからな」


「逃げないよ!」


 けれど彼はつないだ手を離そうとはしなかった。





 港町タクラには異国からさまざまな品が運ばれてくる。


 それは交易の品としてはるばる運ばれたものだったり、酒代か何かにするために売り払われた船員の私物だったり。


 がらくたのような魔道具、船で使われる小物もあれば、染色業が盛んというだけあって、さまざまな布地を売る店もあった。


 ミーナが「見ごたえがあるわよ」とおすすめしてくれただけあって、鮮やかな染色の布織物が山積みにされ、布に描かれた模様も異国情緒あふれるものばかりだ。


「うわぁ、すごく色鮮やか!ねぇ、次はあっち見てもいい?」


「ああ」


 派手な柄はそのまま服に仕立てるのは難しそうだけど、リネンとして使えば部屋の模様替えができそう。大きなものは荷物になるけれど、小さなものだったら買ってもいいかも。


「刺繍もすてきだけど、染めた布なら何回も洗って使えるものね。帰ったらソラに相談しようかなぁ」


「気にいったのなら購入して王都に送っておけば、あとはソラが何とかするだろう」


 いっしょに暮らしているせいか、当たり前のようにレオポルドと相談していることに気がついて、何だか急にくすぐったくなる。


「そういえばレオポルドが好きな色って……ひゃあ!」


 店先にならべられた布の山から小さな箱が、海風にあおられて転がるように飛んできた。


「やぁお嬢さん、ありがとう!」


 とっさにそよ風の魔法陣で捕まえてみれば、タタッと駆け寄ってきた店主が、わたしから箱を受けとってにっこりと笑う。


「せっかくだ、見ていきなさるかね。うちはハンカチなどの小物を扱う店なんだ」


 レオポルドが不機嫌そうに顔をしかめた。


「〝客寄せの箱〟か」


「客寄せの箱?」


「その名の通り客になりそうな人間が通りかかると、飛んできて店に誘いこむ箱だ。ひっかかれば吹っかけられる。さっさといくぞ」


 その言葉に店主の顔色が変わった。


「待った、待った。中身はちゃんとしたものだよ、つい先日港にはいってきたばかりの珍しい品だから、とにかくだれかに見せたくて箱を使ったんだ」


 焦ったように早口で言うと、箱をあけて中身をわたしたちに見せる。


「おもしろい模様だろう、まだ王都では見かけないはずだ。タクラで荷揚げされたばかりだからな」


「これ……ハート⁉️」


 わたしはそのハンカチを見て目を丸くした。ピンクの生地に見覚えのある模様が……これでもかというほど、びっしりとあしらってある。


「おや、知っているのかい?」


「知っているというか、なじみがありすぎてビックリしたというか」


 ふしぎそうに首をかしげた店主に答えていると、レオポルドもわたしの手元をのぞきこんだ。


「単純な形だが古代紋様にはないな。植物の葉か実のようだが」


「ええと……心臓なの」


「心臓だと⁉」


 わたしがハンカチを手にとってひろげると、彼もその端をつまみ真剣な表情で模様を眺めた。

挿絵(By みてみん)

「心臓をびっしりとあしらった布など……そうは見えんが何か禍々しい呪にでも使うのか?」


 ……ちがーうっ!


「ちがうってば、ハートは『愛情』とか『幸福』とかそういう意味だよ。ハッピーオーラが全開なんだから!」


「そうだよ、ウチはまっとうな商売の店だ。呪具なんぞ扱うもんか」


 わたしが強く否定すれば店主も勢いよく首を振り、けれど不安そうにつけくわえた。


「タクラには『風が縁を運ぶ』という言葉がある。ハンカチなら何枚あっても困るものじゃない、どうだいおひとつ」


 どうやらいわくありげな品だと判断して、さっさと手放したくなったらしい。


 なんとせっかくのハートが変な誤解をされてしまいそうで、わたしは力いっぱいふたりに説明した。


「だいじょうぶです、これは幸福の象徴で『愛』とか『命』という意味もあって、恋人への贈りものにふさわしい最強の告白アイテムなのですよ!」


「へぇ、そうなのかね」


「ほぅ」


「そうですよ、ハートがびっしりですごく可愛いもの。意中の男性からハートを贈られて、ときめかない女性なんていないんだから!」


 まだ疑わしそうなふたりにピンクのハートがいっぱいのハンカチを掲げて力説すれば、レオポルドがヒョイっとそれをわたしの手から取りあげた。


「ならもらおう」


「えっ」


「ありがとうございます!」


 わたしがぼうぜんとしているあいだに、彼はパアッと明るい笑顔になった店主に支払いをすませてしまう。


「ほら」


「ほらって……えっ、でも」


 まごまごしていると、彼は眉をあげた。


「……ときめかないのか?」


『意中の男性からハートを贈られて、ときめかない女性なんていまないんだから!』


 たしかにそう言った。


 わたしの手には可愛いピンクのハートがいっぱいのハンカチ。


 贈ってくれたのはレオポルド。


『恋人への贈りものにふさわしい最強の告白アイテムなのですよ!』


 うおおぉ、わたしそんなことまで口走ってたあぁ!


 店主と彼、ふたつの視線が探るように、内心ダラダラと汗をかくわたしを観察する。


「や、うれしいよ。可愛いハンカチですごくうれしい。ありがとう……だけど」


 わたしはもらったハンカチを握りしめ、何とも情けない気持ちで告白した。


「こんどはわたしが婚約の贈りものをするつもりだったのに」


 これではもらってばかりだ。小さな声でつぶやくと、少し間をおいてから彼があきれたように息を吐く。


「なんだ、そんなことか」


「だってわたしがレオポルドの好きな色とか好みを聞きだして、買いものをするつもりだったんだもん」


 ぜったい彼が笑顔になるものを見つけだすつもりだったのに。


 ハートのハンカチが実はすごくうれしいだけに、これ以上のものを探せる自信がない。


「お返しがしたいというなら、もっと簡単な方法がある」


 彼が長い指でキュッと寄っていたわたしの眉間をつついた。


「まずは笑顔、そして『ありがとう』と言う」


「でもそれだけじゃ……」


 黄昏色の瞳をきらめかせて、彼は口の端を持ちあげた。


「気が済まないというなら、もう少しねだっても?」


「なあに?」


 思わせぶりな態度にまばたきをしたわたしに、彼は何でもないことのように言う。


「きみからの口づけを」


「へ?」


 まぬけな声がでたわたしの顔をのぞきこむように、彼は指ですっと自分の銀髪を耳にかけて身をかがめた。


「べつに唇でなくとも、好きな場所でいい。婚約の贈りものとしてもらえるならば、これほどうれしいものはない」


 それって……わたしからキスしろってこと?


 言ったよね?


 この人いま、そう言ったよね?


 いや、待って。この顔に自分から来いだとおぉ⁉


 超絶美形から潤んだ黄昏色の瞳でまっすぐに見つめられ、みるみるわたしのほほに血がのぼる。


「それとも……それすらもイヤか?」


 表情は変わらなくともその声には感情がこもる。


 重ねられた問いかけは不安そうで。


 わたしは勢いよくぶんぶんとかぶりを振って、反射的に叫んでいた。


「あっ、あとで!」


「あとで?」


 わたしたちのやりとりを、店主だけでなく道行く人たちまで興味津々で見守っている。


「こっ、ここお店の前だし、人通りあるしっ!」


「……」


 彼の視線にカチリと目が合った瞬間、わたしは激しく後悔した。


 しまったあぁ!


 ふたりきりのほうが、これ絶対ヤバい!


 だったら今すぐどっかに軽く、「ありがと、チュッ」とやったほうがよかったんじゃ!


 待って、べつに顔じゃなくてもいいはず。手とか指とかキラキラした銀髪とかでも。


 オロオロと視線をさまよわせると、彼がとびっきりのきれいな笑顔を見せて、わたしは血の気がひいた。


「……わかった」


 承諾⁉️


 それ、承諾ってことですかぁ⁉️


 何だか機嫌がよくなったレオポルドにしっかりと手をつながれて、そのあともあちこち見てまわったけれど……わたしは彼のどこにキスするかを考えて、心待ちにしていたはずの街歩きに、ちっとも集中できなかった。

レオポルドが笑顔になるもの、ネリアはちゃんと見つけましたが、その自覚はないようです。

挿絵は作者の手描きです。「ふたりがもっと仲良くなれますように」のお気持ちとともに、ネリアに届けさせていただきましたm(_)m

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[良い点] 本編の入れ替わりが無事解消されるっぽくて安心しました! 大変そうなので、こういうひとときを読ませてもらえると和みますー
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