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4.夜の街

 暫く行くと、普段は通らないだろう路地に出た。ギラギラと赤や黄、蛍光ピンクのネオンが路地を照らし出している。確かに風紀は良くない。

 千尋が更にギュッと手を握ってくる。まるでこれから危険な場所に向かうかのよう。

「さ、行こ。俺がついてる」

「うん…」

 千尋は笑んでいたけれど、俺は気を引き締める。

 俺がついてる、と言っても、千尋は明らかに背格好は俺と同じくらい。筋骨隆々なタイプとはかけ離れている。

 変な奴に絡まれたら、下手に相手などせず、二人で全力疾走するのが一番だ。

 吐瀉物やその他何かの怪しげな液体で薄汚れた路地を、手を引かれ歩き出す。

 あちらからきつい香水とタバコ臭いがしたしたかと思えば、こちらから生ゴミの様な腐敗臭が漂ってくる。

 男女の笑い声や、怒鳴り声は至る所であがっていた。裏口に通りかかる度、空いてるドア越しに見える夜の店の景色や、路地で言い合う男らなどについ目を奪われた。

 しばらくそうして歩いていたが、千尋が不意に振り返って。

「拓人」

「なに?」

「ここ、途中まで行って左に曲がるから。あんま、キョロキョロしないように。ね?」

 ニコリと糸目を更に細くして笑む。

「分かった…」

 注意を促された。ちょっとだけ、興味本意で辺りを見過ぎていたかも知れない。余計な面倒を起こさない為にも、行動には気をつけねば。

 暫く歩いた先、やはりギラギラと点滅を繰り返す派手な立て看板を避け、左に曲がろうとした所で。

「千尋じゃん」

 軽い感じの男の声がした。

 ピクリと千尋の肩が反応する。肩越しに振り返れば、三人組の男が立っていた。

 真ん中が白髪かと思うほどの銀髪、左右の二人は赤のメッシュ頭とてっぺんを金髪に染めたツーブロックスタイル。

 皆背は高いし、日に焼けて体格もガッシリしていた。年齢的には同じくらいか兄貴位に見える。

「なに、最近、顔見ないと思ったら、抜けたって? 眞砂(まさご)さんから聞いた。てかさ、何勝手に抜けてんの?」

 真ん中の銀髪が進み出て、俺を背に庇った千尋の前に立つ。

「お前の許可なんていらないだろ?」

「へぇ、生意気」

 そう言うが早いか、銀髪が千尋の胸ぐらを掴み上げた。袖の中から見えた腕にはタトゥが見え隠れする。それは他の二人も同様だった。首筋や胸元に黒や赤の図柄が見えた。

「……」

「千尋っ!」

 千尋は前に出ようとした俺を制する様に左手をかざし、男を黙って見返す。

「後ろ、可愛いの連れてンじゃん。新しい『友達』か? もうやったの?」

 ニヤついた銀髪とは裏腹に、千尋の表情が険しいものになる。

「お前に答える必要はない」

「クソ生意気…」

 男の顔が険しいものになる。二人の間の空気が、一気に張り詰めたものになった。

 一触即発。どちらかが手を出せばすぐにでも争いに発展しそうだった。

 

 止めないと。


 でも、どうしていいか分からない。

 逃げ出すにはタイミングを逃していたし、力では敵うわけがないのだ。だいたい、人を殴った事もない。

 どうしたらいいのか、懸命に考えていれば、背後から声をかける者がいた。天の助けだ。

「──おい、じゃれてんのか?」

 大人の声だった。幾分ハスキーなそれは、嗜める風もなく、ただ尋ねていると言ったよう。

 銀髪の男はその声の主を知っているのか、慌てた様に胸倉を掴んでいた手を離すと。

「ま、眞砂さんっ」

 先ほどの勢いはどこへやら。背を丸めて萎縮する。

 仲間も同じだ。皆罰が悪そうにそっぽを向いた。そんな三人をみやった男は腕を組むとため息交じりに。

「…なにしてもいいが、お前ら、保護観察中っての忘れんなよ?」

「ちょっと戯れてただけっす。…じゃあな」

 そう言うと、銀髪男は千尋をジロリと睨み返し仲間と共にまた、派手なネオンサインが溢れる街の中へと消えて行った。

 眞砂と呼ばれた男は仕方ないと言った具合に三人を見送った後、こちらに振り返り。

「千尋、珍しいな? ここに顔出すのは。元気そうで良かった。後ろは──友達か?」

 鋭い視線がこちらに向けられる。大人の男性だ。黒髪は短めにカットされていて、無造作に撫で付けられている。身長は高く体格は筋肉もつきガッシリとしていた。まるで格闘家のよう。

 焼けた肌が精悍な顔つきに合っているが、目つきが鋭く一見すると、まともな職業の者には見えない。どうやら千尋とも知り合いらしい。

「篠宮拓人。今は、まだ…友達です」

 千尋は俺の手首をしっかり摑むと、傍らに並びそう答える。


 まだ? って、それって?


 まるで友達の先があるような言い方。けれど、友達の先ってなんだろう。

 首をかしげる俺に、眞砂は面白がる顔になると。

「それは良かった。いい子そうじゃないか。頑張れよ、千尋」

 笑うと途端に人懐こい顔になった。それに対して、千尋の表情は固い。

「はい。あの…、眞砂さん」

「なんだ?」

「あいつら、また何か?」

「ああ…。また薬に手ぇだしてな。保護観察中だ。再犯だからな…。今回はぎり未成年で何とか免れたが次やれば後はない。直に二十歳になるしな。お前もあいつらには極力関わるなよ? 抜けたお前の事が気に入らないようだからな。更生って言葉が分からん連中だ。どうにかしたいが…」

 眞砂の表情が曇る。千尋は厳しい顔つきのまま。

「俺はいい。けど、こいつにちょっかい出す様なマネはさせたくない。あいつらに顔、覚えられた…」

「分かった。良くく釘を刺しとく」

「…ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる姿は、そんな動作に慣れていない様で。ぴょこんとしていて可愛い。

 そんな千尋を、どこか優しい眼差しで見た眞砂は、不意にこちらに視線を投げかけ。

「君…篠宮くんか…。俺は眞砂(まさご)臣司(しんじ)、仕事の合間に保護司もしていてな。前に千尋がヤケを起こしてた時期に世話した事があるんだ。千尋は昔は少しやんちゃしてたが、今は違う。今後も今の千尋を見てやって欲しい」

「はい」

 迷いなく返事を返した。

 昔のやんちゃ時代。気にはなるけれど、過ぎた過去より今だと思う。

 それを聞いた眞砂は嬉しそうに笑むと。

「これで千尋はもう、大丈夫だな?」

「…たぶん。でも、こいつ次第…」

「っと。振られてもヤケは起こすなよ? いいことは何もない。まあ、必死になれば全くの無しって事も無いだろうが…」

 俺次第とか、振られるとか。いまいちピンと来ないけれど。

 眞砂の意味ありげな視線が寄越される。

「篠宮くん…。君は千尋が嫌いじゃ無いだろう? だから付き合ってる」

「はい…?」

 何だろうと首を傾げれば、

「例え、千尋が何者だろうと、それは変わらないと言い切れるかな?」

 何者とはなんだろう。実はヤクザの組長だったとか。どこかの国の王子様だったとか。危険な国から来たスパイとか。貧相な発想力では想像もつかない。

「俺は今の千尋しか知らないです。けど、今の千尋の事は、その、…好きです。それだけで十分かなって。だって俺だって過去をほじくり返したらろくでもないって思われるかも知れないし。誰も人の事は言えないなって。今の千尋を作ったのは過去の千尋だし…。だから、千尋の昔に何があっても、俺の知らない千尋がいても、俺の知る千尋は変わらないって、思います…」

 千尋はまるで珍しいものでも見るように、じっとこちらを見ている。なんだろう。頬が熱い。

「そうか。そこまで思っていてくれるなら、大丈夫だ。な? 千尋。あとは当たって砕けろ」

「…砕けねぇし」

 千尋はムスッとして答える。眞砂はそれだけ言い残すと、じゃあなとまたネオン輝く街の中へ消えて行った。


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