その後 1 ー好きー
千尋との生活は順調で。
大学生活が始まってからも、特に変わらずに日々を過ごしている。
朝食は千尋が作って、お昼は各自。たまにおにぎりを握ったり、サンドイッチを作ったり。
夕食は、帰宅が遅い千尋に代わって俺が主に担当で。
簡単なものばかりではあるけれど、何とか食べられるものは作れている。千尋は結構、食べるから作り甲斐もあった。
この前作った、鶏むね肉の揚げ焼きはあっという間無くなって。
醤油とニンニクが効いたそれは、衣に使ったカタクリ粉がカリカリとして、美味しかったらしい。
あれは成功例だよな?
俺は夕食準備をしながら、今晩のメニューを思い浮かべる。
以前だったら、想像もつかなかった日々。毎日楽しくて、大げさだけど生きている事を実感する。
今日は特に連絡がなかったから、定時で帰って来るはずだ。今晩のメニューは、煮魚。
タラを生姜で煮付けたのと、揚げ出し豆腐モドキと、小松菜としめじ、揚げの煮浸し、ポテトサラダのレタス添え。
和風メニューだけれど、ポテトサラダは別で。千尋がまた食べたい! と、リクエストしたものだ。
これは兄律から教わったレシピ。なんのことはないポテサラなのだけど、千尋は気に入ったらしい。
余った時は、パンに挟んでランチに持って行くことも。
気に入ってくれたレシピがあると嬉しくなる。そんな日は、大量に出された課題のレポートも、鼻歌交じりにこなす事ができるのだ。
そうこうしていれば、
「ただいまー…」
やや気の抜けた感のある『ただいま』が聞こえて来た。この感じは──。
きっと、疲れてる。
「おかえり!」
少し小走りになって迎えに出れば、玄関の上がりかまちに腰掛け、スニーカーを脱ぐ千尋がいた。その背中からも、脱力しているのが感じ取れる。
「大丈夫? 今日は疲れた?」
「うん…」
スニーカーを脱ぎ終え、振り返った千尋はふらふらと立ち上がり、まるでゾンビの様にこちらに腕を伸ばして来た。
「千尋?」
伸びた腕が俺の首筋に巻き付き、ひと息に抱きしめられる。俺はもたれて来る千尋の身体を抱きかかえた。
しっかりとした重みと熱は心地よい。千尋を抱きしめるのは好きだった。
「…疲れた。全部、使い果たして来た…。充電したい…」
随分、気を使ったのだろう。
家具作りは思った以上に繊細な作業でもあり、気を抜けないのだと前に教えてくれた事がある。
「うん。ちょっと休む?」
夕飯は既に作り終えている。お風呂にするか。ご飯にするか。どちらか尋ねるだけだった。
でも、今日はどちらでもないらしい。
「ん…。拓人…」
「なに?」
呼ばれて顔を上げようとすれば、耳元である言葉を囁かれた。囁いた千尋はニコリと笑む。
俺はその言葉に、ボッと頬を赤くした後、小さく頷いた。
「あ─…。拓人、好き…。大好き」
そう言うと、まだ息の上がる俺を腕の中に閉じ込める。ようやく満足したらしい。
あの後。廊下でキスされ半ば意識を飛ばしかけたのち、寝室に直行し今に至る。
俺は千尋の腕の中から、恨めしげに睨みつけると。
「…一回だけだって、言った」
千尋はそんな俺の髪をかき上げながら、満足気に見下ろす。
「拓人、お願いしたら、いいって言った。覚えてない?」
「!?……ってない」
そう言えば、途中、何か問われた気がしたけれど、それどころではない状況で。ウンウンと頷いた記憶だけはある。
タイミングが悪いんだ。俺がわけが分からなくなってる時に聞いて来るから。
俺は更にジト目で睨むと。
「…わざと、そう言う時に聞いてるだろ?」
「なに? そう言う時って。なに? なに?」
ニヤニヤ笑って尋ねて来る。
分かっているのだ。俺はムッとして──もちろん、本気ではない──千尋の腕から逃れると。
「夕飯。食べよっ。お腹すいた」
手近にあったTシャツを掴んで、頭から被ると、背後から抱きつかれた。
「っ!」
「ゴメン。拓人が欲しかった。足りなかった。止められなかった…。怒ってる?」
「……」
切なげな声で告げられ、怒るフリはそこで一旦終了となる。
「分かってる…。俺だって、嫌じゃ──ないし…」
「…ホント?」
「千尋に甘えられるの、嫌じゃないよ? …さ、ご飯食べよ──」
「拓人!」
「わっ!」
再びギュッと抱きつかれ、ベッドの上にダイブすることになる。
「千尋っ! いい加減にしないと──」
すると、俺に覆いかぶさった千尋は、叱られた犬の様な顔になって。
「甘え足りない…。ね、もうちょっとだけ…。ダメ?」
あ、これって。
最中にも、同じ様にこんな顔で問われた事を思い出した。この目でみつめられると、結局、何も言えなくなっしまい。
「……いいよ」
「やった!」
始めの躾が大事だ兄律からと聞いていた。
どうやら、俺は失敗したらしい。
「拓人、好き…」
熱っぽい眼差しを向けられ、そう告げられる。
「──っ」
それを告げる時はいつも真剣で。何度言われても、毎回、ドキリと胸が高鳴る。
千尋に愛されているのだと実感する。
千尋がどんな思いを抱えて、その言葉を口にしているのか、なんとなく理解しているから。
腕を回し、その首筋に抱きつくと。
「俺も、好き…」
これもいいか、と思った。
ー了ー




