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その先の景色を僕は知らない  作者: マン太


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24/26

その後 1 ー好きー

 千尋との生活は順調で。

 大学生活が始まってからも、特に変わらずに日々を過ごしている。

 朝食は千尋が作って、お昼は各自。たまにおにぎりを握ったり、サンドイッチを作ったり。

 夕食は、帰宅が遅い千尋に代わって俺が主に担当で。

 簡単なものばかりではあるけれど、何とか食べられるものは作れている。千尋は結構、食べるから作り甲斐もあった。

 この前作った、鶏むね肉の揚げ焼きはあっという間無くなって。

 醤油とニンニクが効いたそれは、衣に使ったカタクリ粉がカリカリとして、美味しかったらしい。


 あれは成功例だよな?


 俺は夕食準備をしながら、今晩のメニューを思い浮かべる。

 以前だったら、想像もつかなかった日々。毎日楽しくて、大げさだけど生きている事を実感する。

 今日は特に連絡がなかったから、定時で帰って来るはずだ。今晩のメニューは、煮魚。

 タラを生姜で煮付けたのと、揚げ出し豆腐モドキと、小松菜としめじ、揚げの煮浸し、ポテトサラダのレタス添え。

 和風メニューだけれど、ポテトサラダは別で。千尋がまた食べたい! と、リクエストしたものだ。

 これは兄律から教わったレシピ。なんのことはないポテサラなのだけど、千尋は気に入ったらしい。

 余った時は、パンに挟んでランチに持って行くことも。

 気に入ってくれたレシピがあると嬉しくなる。そんな日は、大量に出された課題のレポートも、鼻歌交じりにこなす事ができるのだ。

 そうこうしていれば、

「ただいまー…」

 やや気の抜けた感のある『ただいま』が聞こえて来た。この感じは──。


 きっと、疲れてる。


「おかえり!」

 少し小走りになって迎えに出れば、玄関の上がりかまちに腰掛け、スニーカーを脱ぐ千尋がいた。その背中からも、脱力しているのが感じ取れる。

「大丈夫? 今日は疲れた?」

「うん…」

 スニーカーを脱ぎ終え、振り返った千尋はふらふらと立ち上がり、まるでゾンビの様にこちらに腕を伸ばして来た。

「千尋?」

 伸びた腕が俺の首筋に巻き付き、ひと息に抱きしめられる。俺はもたれて来る千尋の身体を抱きかかえた。

 しっかりとした重みと熱は心地よい。千尋を抱きしめるのは好きだった。

「…疲れた。全部、使い果たして来た…。充電したい…」

 随分、気を使ったのだろう。

 家具作りは思った以上に繊細な作業でもあり、気を抜けないのだと前に教えてくれた事がある。

「うん。ちょっと休む?」

 夕飯は既に作り終えている。お風呂にするか。ご飯にするか。どちらか尋ねるだけだった。

 でも、今日はどちらでもないらしい。

「ん…。拓人…」

「なに?」

 呼ばれて顔を上げようとすれば、耳元である言葉を囁かれた。囁いた千尋はニコリと笑む。

 俺はその言葉に、ボッと頬を赤くした後、小さく頷いた。

 


「あ─…。拓人、好き…。大好き」

 そう言うと、まだ息の上がる俺を腕の中に閉じ込める。ようやく満足したらしい。

 あの後。廊下でキスされ半ば意識を飛ばしかけたのち、寝室に直行し今に至る。

 俺は千尋の腕の中から、恨めしげに睨みつけると。

「…一回だけだって、言った」

 千尋はそんな俺の髪をかき上げながら、満足気に見下ろす。

「拓人、お願いしたら、いいって言った。覚えてない?」

「!?……ってない」

 そう言えば、途中、何か問われた気がしたけれど、それどころではない状況で。ウンウンと頷いた記憶だけはある。


 タイミングが悪いんだ。俺がわけが分からなくなってる時に聞いて来るから。


 俺は更にジト目で睨むと。

「…わざと、そう言う時に聞いてるだろ?」

「なに? そう言う時って。なに? なに?」

 ニヤニヤ笑って尋ねて来る。

 分かっているのだ。俺はムッとして──もちろん、本気ではない──千尋の腕から逃れると。

「夕飯。食べよっ。お腹すいた」

 手近にあったTシャツを掴んで、頭から被ると、背後から抱きつかれた。

「っ!」

「ゴメン。拓人が欲しかった。足りなかった。止められなかった…。怒ってる?」

「……」

 切なげな声で告げられ、怒るフリはそこで一旦終了となる。

「分かってる…。俺だって、嫌じゃ──ないし…」

「…ホント?」

「千尋に甘えられるの、嫌じゃないよ? …さ、ご飯食べよ──」

「拓人!」

「わっ!」

 再びギュッと抱きつかれ、ベッドの上にダイブすることになる。

「千尋っ! いい加減にしないと──」

 すると、俺に覆いかぶさった千尋は、叱られた犬の様な顔になって。

「甘え足りない…。ね、もうちょっとだけ…。ダメ?」


 あ、これって。


 最中にも、同じ様にこんな顔で問われた事を思い出した。この目でみつめられると、結局、何も言えなくなっしまい。

「……いいよ」

「やった!」

 始めの躾が大事だ兄律からと聞いていた。

 どうやら、俺は失敗したらしい。

「拓人、好き…」

 熱っぽい眼差しを向けられ、そう告げられる。

「──っ」

 それを告げる時はいつも真剣で。何度言われても、毎回、ドキリと胸が高鳴る。

 千尋に愛されているのだと実感する。

 千尋がどんな思いを抱えて、その言葉を口にしているのか、なんとなく理解しているから。

 腕を回し、その首筋に抱きつくと。


「俺も、好き…」


 これもいいか、と思った。



ー了ー

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