18.約束
俺はその後、高校生活を人並みにエンジョイして過ごした。
千尋とも色々な場所に行って、好きな事も探求して。もちろん、ハグとキスも欠かさない。
千尋がいたから、俺は前に進めた。今更ながら、千尋には感謝しかない。
そのうち、もっと色々な事を知りたくなって。
俺の知る世界はとても狭く。視野を広げるためにも、広く情報を得られる環境に身を置きたかったのだ。
それで、母奏子に大学に進みたいと願い出た。
ありがちな進路に自分でも笑ってしまうが、母親が兄の分にためた進学資金も余っているからと、国立ならいいと言ってくれ。
それから猛勉強。目指すは理学部か農学部。地質学か生物学か、森林・環境か。自然に関わる何かをしてみたい。
好きな事、気になることをとことん、追求してみたかったのだ。そこでやりたいことを見つけてもいい。
結果、無事に大学入学が決まった。
進んだのは理学部。今後、どうなるかは未定だけど、とにかく、自分で選んだ道を歩き出した。
右に行くのか左に行くのか。はたまた上にジャンプするのか降下するのか。未来は白紙だ。
でも、一つ。確実に決まっている事はある。
それは千尋とともに生きること。それはぶれない。
千尋がいれば、どこにいても何をやっていても、大丈夫。
「拓人…。なに考えてる?」
ベッドの上、覆いかぶさるようにしてこちらを見ろしてくる千尋。
その額に汗が浮かぶ。抱えられた足の内側にキスが落とされ、思わず身体が震えた。
俺は今、千尋の部屋のベッドの上にいた。
高校を卒業し、一週間。四月から始まる新たな生活を前に、自由な時間を謳歌していて。
千尋はその日休暇で、いつもなら何処かへ出かけるのだが、今日は何処かへ行くのではなく、何も言わず、俺の手を握ったまま自分の住むアパートへと一直線に向かった。
千尋は自室の前に着くと、ドアに向かったまま。
「拓人」
「なに?」
「約束、覚えてる?」
こっちに向かった時点で分かってはいた。多分、そうなんじゃないかと。
俺は広い背中を見つめると。
「……てる」
その言葉に千尋は振り返ると、嬉しそうにふうっと笑み。
「良かった…」
千尋の笑顔はとても心を揺さぶる。
千尋は俺を可愛いと言うけれど、千尋の方が千倍可愛いと思うのだ。
ドアを開けて中へはいったと同時。
「っ!?」
すぐにキスされた。背中に閉じたばかりのドアがあたる。
何時もの軽めのキスじゃない。よくある、息も継げなくなるくらいの奴だ。
前にこの部屋へ来た時、一度だけそんなキスをされた。あれ以来、そんなキスはされていない。
千尋いわく、それをしてしまうと、リセーが吹っ飛ぶからだと言った。
あの時も、それ以上しないため必死に堪えたのだと言う。ずっと抱きしめていたのは、そう言う意味もあったのか。
頬に添わされた手のひらが熱い。胸の高鳴りを意識しながら、同じ様に千尋の頬に触れる。
千尋は俺と付き合う様になってから、唇のピアスは外す様になった。耳のピアスも一つするくらい。
心境に変化があったのだろうか。
何気に尋ねると、つける気がしなくなったからだと言う。自分を主張しなくても、らしくいられるからと。
そういうものかと思ったけれど、確かにすっきりして自然な感じがした。
長いキスの後、その何も無くなった唇の端に指先で触れてみる。穴の痕が僅かに残っていた。
「これ、どうなるの?」
「塞がってなくなる…。拓人、それ、あとでいいから。こっち…」
「っと!」
千尋は待てないと言った具合に、急ぎ足で俺の手を引いてバスルームに向かった。
その後、まだ朝の日差しが残る中、締め切った浴室で、ここでは語れない経験を終え、やはり初めての経験を千尋のベッドの上で過ごすこととなる。
せめて、予備知識をと色々調べもしたけれど、結局、なにも考えず千尋に素直に従った。
色々考えすぎて、余計な妄想ばかり膨らみ、馬鹿な心配ばかりする自分に疲れたからだ。
今は薄いカーテン越しに明るい日差しが注ぐ中、ベッドの上にいた。目の前にはきっちり筋肉のついた千尋の上半身がある。
本当に千尋は着痩せするのだと思う。
この身体つきは外見からでは想像がつかない。一見すると、色白で華奢に見えるのだ。
ここで冒頭の会話に戻る。
「…っ、別に──、ん」
千尋の熱を自身の身体で受け止める。
それは初めての経験で。
クラスメートの中には早々に彼女とそういった経験を済ませている者もいたけれど俺は初めてで。しかも、受ける側というのは想像していなくて。
痛みと怖さと、羞恥心と探求心と。
色々がごちゃまぜになって、今、俺の中で渦巻いている。
「拓人とこうしてるの、気持ちいい…」
唇が笑みをかたどり、しっかりと筋肉のついた腕が抱きしめて来る。
「っ…! っ─…」
密着する身体と身体。千尋の動きに合わせ身体が揺れ視界も揺れる。
詳しくは聞いていないけれど、千尋は経験があるらしく──それはそうだろう。とっかえひっかえ、かなりのやんちゃぶりだったとは、眞砂さんから得た情報だった──俺の緊張をほぐしながらあれやこれを教えてくれ、優しく導いてくれた。
びっくりすることは多々あったけれど、こうして千尋が嬉しそうならそれもいいと思う。
それに、どうやら痛いだけでもなく。
何回目かのトライで、人から与えられるそれを知った。
「拓人、かわいい。好きだ…」
千尋が首筋に手を回し引き寄せキスして来る。
何度この言葉を聞かされただろう。そのたび、千尋が自分を心底好いているのだと分かる。
「…俺も、好きだ…」
額を突き合わせ、千尋の瞳を覗き込む。繋がったままのそこが確かに熱量を増す。
「拓人…。それ、ダメだ。やられる…」
「…?」
なんで? と首を傾げれば、千尋が言葉を遮るように唇を塞いできた。
まるで待てから解放された犬の様。
性急に求められ、そのうち俺の理性もどこかへ吹っ飛んだ。
恥ずかしいとか、それは無理とか。どこか頭の隅にあった冷静な自分、それらが消えてなくなる。
千尋の熱の籠った声や、息遣い、汗ばんだ肌。それらしか感じられなくなる。
せり上がってきた感覚に自分を抑えられなくなり、頭の中が白くスパークして何も考えられなくなった。
「拓人、好き…」
最後に覚えていたのは、耳元でそう囁いた切なげな声だけだった。