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16.誓い

「──?」

 目を覚ますと、一番先に耳に入って来たのは、ピッピッピッっと定期的な電子音。

 次にツンとアルコールの香りが鼻に来て、淡いクリーム色のカーテンが目に入る。

 見れば俺の左手の指には、心拍数を測る計器が取り付けられていた。

 頭を軽く振って周囲に目を向ける。

 と、傍らに腕を組んでうたた寝する千尋がいた。イスに背を預け、軽く俯くように首を傾け寝息を立てている。 


 かわいい。


 薄っすらと開いた唇。無防備な寝顔は、いつもより幼く見えた。

 もう、戻っては来ないと思ったのに、千尋はちゃんとここにいる。


 夢でないといいのだけれど。


 ふと喉が渇いていることに気づき、隣のサイドテーブルに置かれた水差しに手を伸ばそうとした所で、その手首を突然、強い力で掴まれる。

「な、なに?」

「……」

 掴んだのは目を覚ました千尋だ。

 見れば俺の手を掴み目を見開くようにして、こちらを見下ろしている。まるで信じられないと言った具合。

 あと少しで届くはずだった水差しが、軽く指先に触れるだけにとどまった。俺は恐る恐る口を開くと。

「その…水、飲みたいんだけど…」

「っ…ごめん」

 そう言うと、すぐに手を離して、身体を起こすのに手を貸してくれた。

 そうしてそっと水差しを差し出してくる。それを受け取って水を口に含んだ。やっと取ることができた水分にほっと息をつくと。

「…ここ病院、だよね? 俺、倒れた所までは覚えてて…」

 俺の問いかけにしばらく黙ったのち、千尋は鎮痛な面持ちで口を開いた。

「俺は…最低な奴だ。拓人が追ってきてるのは分かってた…。けど、立ち止まるつもりはなかったんだ。あのまま、二度と会わないつもりで…。そうしたら、律が連絡してきて。拓人を振るなら俺と絶交だって言われた。…でも、俺がこんなだと、また、拓人を駄目にするって、迷惑かけるって思って…。けど…気が付いたらもと来た道を戻ってて──」

 そこで倒れた俺を見つけたのだろう。千尋はこちらをひたと見つめる。

「はは。びっくりしたでしょ? 俺、歩道で倒れたもん。あんなの、初めてだよ。このまま…千尋と、お別れなのかなって…。ただの貧血なのに。大袈裟だった」

 笑って見せる。恥ずかしい。一人で盛り上がって最後を気取っていたのだ。

 しかし、千尋は首をふると。

「笑い事じゃなかった…。心臓、止まってた」

「は…!?」

 千尋の言葉に、まさに心臓が止まりそうになる。

「正確には止まりかけてた…。すぐに救急車呼んで、指示受けながら自販機についてたAED使って…」

「嘘…だろ? まじで?」

「マジだ。今はもう、呼吸も落ち着いたから、呼吸器も外されたけど。危なかった…。死ぬんじゃないかって」

 千尋は俺の左手を、両手でぎゅっと掴むと俯いたまま。

「拓人…」

「なに?」

「マカルーの写真、有難う」

 その言葉にホッとする。

「良かった…。他に思いつかなくてさ」

「嬉しかった。けど…考えた。今更だけど、俺は…前歴もある。それが原因で──この前みたいに、また拓人を面倒に巻き込むかもしれない。そうなったら、拓人の人生がメチャメチャになる…。それを考えるとこのままでいいのかって…。ずっと留置所で考えてた。それで──もう、側にいちゃいけないって思った。だからあんな風に言ったんだ。…でも──」

 千尋は顔を起こすと、今度はしっかり俺の顔を見つめ。

「死んだらそこで終わりだ。いつ終わるか分かんないのに、のんびりしてる時間はない。大切なものに、失くしてから気づくなんて嫌だ。もっと、拓人と一緒にいたい、いろんな世界を見たいって──思った。置いてった癖に自分勝手なのは分かってる。けど、もう無理だ。今更だって分かってる…。けど、俺はやっぱり、拓人といたい。いつか死ぬその時まで…」

 そこまで一気に言い募ると、答えを待つようにじっと見つめて来た。

「ずっと、一緒にいて欲しい。…拓人は?」

 トクリと心臓が音を立てる。

 俺の左手を握る千尋の両手の上に、右手を重ねると。

「前にも言ったよ。千尋が──好きだって。軽い気持ちで言ってないよ。変らない…。なにがあったって。だって、俺にいろんな景色があるんだって、見せてくれたのは千尋で、変えてくれたのも千尋で。俺の方こそ、千尋と離れるとか──考えられない」

「ごめん。俺、どうかしてた…。倒れたのだって俺の所為だ…。けど、分かってても──一緒にいたい」

「駄目じゃないって、言ってる。倒れたのは俺の運動不足だよ。自分のせい。──千尋。もう、俺を置いて行かないでよ。一緒にマカル―に行くって言っただろ? それに南国、南の島。もっと沢山の景色を見よう。千尋と見る景色が一番だもん」

 言いながら、涙がぽろりと溢れて行く。

「拓人…」

「ふ、なんかこれって、プロポーズしあってるみたいだ。おっかしいの──」

「みたいじゃない。プロポーズだ」

 笑った俺の頬に千尋はそっと手を添わせ引き寄せると、涙を一度キスで吸い取ってから、触れるだけの、でも長いキスをした。


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