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 次の日。

 夕刻が迫る中、笠間から連絡が来た。

 それまでリビングで何をするでもなし、クッションを抱え律とともに落ち着かない時間を過ごしていた俺は、突然鳴った携帯にビクリと身体が反応した。

 画面の表示は笠間だ。

「…拓人」

「うん…」

 律に促され、俺は端末を手に取ると応答ボタンをタップする。

『やあ、拓人くんかい?』

「はい…」

 快活な笠間の声が聞こえて来た。

『早速だけど千尋くんの処遇が決まったよ──』

 笠間の報告を、俺は唇を噛みしめ、息を飲んで聞き入った。



「千尋!」

「……っ」

 律の車を降りると、ちょうど警察署の出入口から千尋が出て来る所だった。

 千尋は俺の呼びかけにビクっと肩を揺らす。その背後から真砂も現れた。

 俺は駆け寄ると、千尋に飛びつくようにして、両の二の腕を掴むと正面に立った。

「良かった! 無事に出てこられて…」

 少し疲れているようにも見えるけれど、後は別れた時と何も変わりがなく見えた。ホッと安堵する。

「ん…」

 そんな俺とは裏腹に、千尋はただふいと視線を逸らした。訝しく思ったけれど、今はそれより無事に解放された嬉しさが上回っていて。

「詳しい事は場所を変えて話そうか」

 真砂はそう言うと、千尋の肩に手を置き、向かいのファミレスを指した。


 前と同じ、奥まった隅のボックス席を選んだ。

 注文を終え、各自が適当にドリンクバーから飲み物を取って席に着くと、徐ろに眞砂が口を開く。

「笠間から聞いたと思うが、嫌疑は晴れた。送致無し微罪処分のみで釈放だ。ま、少し時間はかかったが…」

「何があったんですか?」

 俺がやや前のめりになって尋ねると、真砂は笑みを浮かべ。

「警察の方も防犯カメラを調べたそうだ。そこで事の経緯が分かった様でな。後は千尋の勤務態度や周囲の評価なんか、まあ色々。検査もしたが麻薬成分の欠片もなかったようだ。なにより、警察は千尋に薬を渡したあいつらの方をマークしていたんだよ。防犯カメラを確認するまでもなく、千尋が被害を被った場面も、直接見ていたわけだ」

「じゃあ…初めから分かって?」

「そう言うことだ。何ヶ月もかけて追っていた様だ。その間、ブツを介してあいつらと千尋との接触はなかった。だから、疑いも晴れ易かったんだ」

「良かった…」

 俺は一気に肩の力が抜けるのを感じた。傍らの律も良かったを連呼する。真砂はため息交じりに続けた。

「逆にあいつらの素行は真逆だったからな…。警察沙汰も二度や三度じゃない。それに加え、麻薬の売買にも関わっていた様でな。で、今回の件だ。あいつらも、もうガキじゃない。自分のしたことは自分自身で償わなければならないと知るだろう。調査が進めば逮捕もあり得る──とまあ、こんな所だ」

「有難うございます。本当に…」

 頭を下げながら、思わず目の端に涙が浮かびそうになって、慌てて手の甲で拭った。

「俺は大したことは何もしていない。少しばかり資料探しに手を貸したくらいだ。千尋も笠間の言う事を聞いて、大人しくしていたようだしな?」

 真砂が視線を傍らの千尋へと向けた。

 けれど、傍らに座った千尋は何も言わずに俯いている。先ほどから黙ったまま唇を引き結んでいた。

 律はアイスコーヒーを口にしながら。

「けど、最初はどうなるかって、思ったよ。このまま拘留されて冤罪だっての信じてもらえなかったら、下手したら院に送られるのか? って…」

「間違えば拘留されて保護観察か不処分くらいにはなった可能性もある。──だが、やはりならなかっただろうな。要因は色々あるが、一番は千尋が諦めずにちゃんと自分と向き合って、前を向いてきたからだ。だから未来が開けた。──そうだろ?」

 真砂は傍らの千尋を見やる。

 千尋は中学で事件を起こして以降は、すっかり立ち直って眞砂の手も借りながら、社会へ復帰した。仕事も順調。昔からの仲間とは手を切り。一歩も後退はしなかったのだ。

 それを真砂は指したのだが、千尋は俯いたまま。

「…開けた──のか?」

 真砂はその言葉に何を言っているのかと破顔すると、千尋の頭をクシャリと撫で。

「だろ? お前には拓人くんと進む明るい未来がまってる。まぎれもない事実だ──」

「本当に…?」

 千尋は真砂に向き直り聞き返す。俺は驚いて千尋を見つめた。

「千尋?」

「俺は…拓人を巻き込んだ…。あの時、もし俺の言うように拓人が逃げてたら逮捕されてた。あいつらにだって絡まれて…。今回は運良く助かったけど、俺の過去は消せない。今後もずっとついて回る…。こんな俺といれば、拓人が──ダメになる…」

 そこまで言うと、千尋はそこへすっくと立ちあがり。

「真砂さん。有難うございました。笠間さんにも後でお礼言います。律も…」

 そのあと、視線を俺へと向け、何か言いかけて止めた。それから、くっと手を握り締めると。

「拓人もありがとう。──でも、もう…会わない。これきりだ」


 え──?


 絞り出すようにそう口にすると一度もこちらを見ずに先に席を立つ。

「先に、帰ります──」

 そのまま出口へと向かった。

「千尋!」

 そうなのだ。先ほど一度見たきり、後は俺の事をちらとも見ていなかったのだ。

 まるで、見てはいけないもののように。


 そんな、なんで。

 会わないって、分かんないよ。


 無事に戻ってこれたのに。疑いは晴れたのに。俺はちっとも後悔していないのに。

「拓人、追え!」

「ん!」

 律に言われるまでもなく、俺は追う気満々だった。


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