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灰色世界(2023リメイクver)  作者: 兎角Arle
本編
9/18

7話 もしも世界の終わりが訪れたら……。

 ベッドサイドの卓上に、皿がいくつか並んでいる。

 手前から順に、すりおろし林檎、野菜の冷製ポタージュ、たまご粥、何やら他にもあるけれど、ベッドの上からじゃよく見えない。まあ、なんとなく、消化にいいものだと言うのはわかる。


 熱で寝込んでる間、まともに食事をしていなかったから、食べやすいものを縁樹くんが用意してくれた。


「好きなの選んで。食べさせてあげる」


 いつもの餌付けだ。

 病み上がりでぼんやりした頭では、皮肉を言う気持ちもわかない。


「なんでもいい」

「じゃあ、林檎にしようか」


 そう言って、すりおろされた林檎を匙で掬って、私の口元へと運ぶ。

 私が食いつくと、程なくするりと匙が抜けてゆき、次の一口を掬い上げた。


 されるがままに従順に飲み込みながら、熱で朦朧としていた時のことを思い出す。

 彼がこうして、私の世話を焼くのは、私を初恋の人と重ねているからで。

 それを本人も理解した上で、その役を私に押し付けたがっているのだから、タチが悪い。

 自分がこれから先を生きるための活力として、私へ都合の良いお人形であることを求めているのだろう。

 どうせ私は、自殺志願者だし、ちょうど良いといえばその通りかもしれない。


(縁樹くんもあの時死にに来てたのは意外だったけどね)


 同じ日、同じ場所、同じ方法を実行しようとしていたのは、出来すぎたシナリオだ。

 この世界を作った、運命の神の嫌がらせかもしれない。


「ちょお、ちょっと待て待て待て」

「まだ駄目なの?」

「良くても病み上がりなんですけど!?」


  ああ、いつも通り後味を確かめるみたいにキスしてくるなあ……と、したいようにさせていたら服をたくし上げられた。

 流れるように脱がそうとしないで欲しい。心の準備ができてない大事故だ。


「お風呂は一緒に入ってるし、着替えも手伝ってる。そろそろ怖くないと思うんだけどな」

「汗かいたからってさっき着替えたばかりなのに、早速脱がそうとするんじゃないやい」

「ねえ、それって、病み上がりじゃなかったら良いってこと?」

「平時でも丁重にお断りします」


 縁樹くんは不思議と不機嫌にならずに、ゴロンと寝転がって私の脚の上に頭を置いた。膝枕というやつだ。勝手に枕にしないで欲しい。


「じゃあさ、蜜柑ちゃんのこと教えてよ」

「え?」

「蜜柑ちゃんは僕の話を聞いたのに、僕はキミのこと何も知らないなんて、不公平じゃない?」

「どうでも良くない? 私のことなんて」

「ううん、すごく大事なことだよ」


 なんで?

 代役の私のことなんて知ってどうするんだ?

 あ、そうか、期待しすぎないように、違うところをはっきりさせたいのかもしれない。


 でも、改めて私のことって、どう話せば良いんだろう。

 前世の記憶があります! なんて言ったら確実に頭がおかしいやつだと思われるよね。

 痛さで言えば、縁樹くんの「妄想に恋してる」って方がまだリアリティがあってマシだ。

 同じ理由を拵えたら、それはそれで、妙な同族意識で喜ばれそうで嫌だな。


「……教えてって言うけどさ、どう言う話を求めてるのかわからないんだけど」

「どうして死のうと思ったの?」

「幸せになりたいから」

「死んだら幸せも何もないよ」

「はっ! 知ったようなことを言わないでくれよ」


 死後を知る由もない縁樹くんへ、蔑みの目を向けてやった。

 破滅を望む私に憤慨して、軽蔑して、そのまま代役なんて務まらないと失望してくれたら良いのに、彼はどうしてか、悲しそうに目を細める。


「蜜柑ちゃんは知ってるみたいに言うんだね」

「私は博識だからね」

「自信家だ」


 今度はまるで幼子の戯言を慈しむみたいに笑いかけられて、戸惑った私は、両手でペチリと彼の顔を軽く叩いた。

 そのまま表情が見えないように覆い隠す。


 そんなふうに、私を見ないで欲しい。


「さては縁樹くん、私の熱が移った?」

「そうだよ」

「断言するんだ?」

「蜜柑ちゃんの温度を感じるほど、胸が熱くなるからね」

「うーん、そうきたか」


 いつもと違う雰囲気に、縁樹くんの体調が悪いのかと思ったけれど、頭の中はくっきりはっきり、いつもの縁樹くんだ。

 どうして良いかわからなくて居心地が悪い。

 固まったままの私の腕を彼は退かし、赤い目がこちらを見上げる。

 機械みたいな無表情で、比較的いつも通りの冷たさが感じられて、少しだけ安心した。


「どうしても死にたいなら、僕も一緒に殺して欲しいな」

「なんで私が……」

「キミが死んだら僕が生きてる意味なんてないからね。僕はキミが生きてる限りその責任をとってあげるんだから、キミだって、死ぬって言うなら責任をとってくれないと」

「嫌だよ。死ぬなら勝手に死んでくれ。私も勝手に死ぬんだから」


 縁樹くんが、不快そうにわずかばかり顔を歪ませた。

 言ってやった、というしたり感は一瞬で、すぐさま、やってしまった、と全身が粟立つ。

 不機嫌になった縁樹くんは面倒臭い事この上ない要求をしてくるに違いない。

 私は身構えた。


 彼は体を起こすと、自らの膝に上の私を強引に寝かせた。

 膝枕だ。あまり寝心地は良くない。

 表面に薄く青を反射させた赤い目が、私を見下ろした。

 顔は上向きに手で固定されたままで、逸らすことは叶わない。


「忘れないで。キミが死んだら、僕は傷つくってこと」

「嘘つき」

「信じて」

「嫌だ」

「なんで、信じてくれないの?」

「どうして、信じられると思うの?」


 彼は黙って、ほんの少しだけ目を伏せた。

 私には信じる気が微塵もないのだから、このまま諦めてくれれば良い。

 そうやって、私に落胆していって、いざ私が死ぬ頃には、様は無いと罵ってくれれば良い。


 縁樹くんは、人差し指にくるくると私の髪を巻きつけて弄び始めた。

 何か考えている間の手慰みなんだろうけれど、肌をかするたびくすぐったくて、ぞわぞわする。


 なんだかこのまま、「じゃあ、信じてくれるまで可愛がってあげる」とかなんとか言って、過剰スキンシップの嵐が到来しそうで嫌だな。


「ならせめて、僕が信じて欲しいって言ったことを憶えていて」

「慎ましいお願いだね。縁樹くんらしくないな」

「蜜柑ちゃんは僕がどう返すと思ったの?」

「えっ!? いや、うーんと、具体的には浮かばないけど、なんかさっきからちょっとらしくないなあ〜って思っただけで!」


 ごめんなさい。結構具体的に想像してました。

 恥ずかしいから言わせないで。


 縁樹くんは言及してこなかったので窮地を逃れる。

 もし言わされてたら「期待に応えてなくちゃね」なんて言われて実行されてた気がする。こっちに関しては確信が持てる。虚しい信用だ。


「もし僕が前と違うように思うなら、それはきっと……」

「きっと?」

「続き、気になる?」


 なんだその、続きはWEBで! みたいな引っ掛け方は。

 含みを持った笑みを向けられてゾッとする。

 地味にこう言う企み顔を見るのは初めてだ。


「全然全くこれっぽっちも気にならない」


 何か要求されるに違いないと思った私は、一息に首を横に振った。

 勢いで一瞬顔の拘束が緩んだが、また両手でしっかり固定されると、縁樹くんの顔が近づいてくる。


 いつも割とこうやって、強引にキスをされているから、反射的に身構えた。

 しかし、脳内は大混乱だ。

 この流れでなんでそうなるんだ? 私にはさっぱりわからん。

 鼻頭がくっつくくらい近づくと、縁樹くんの動きはそこで止まる。

 キスはされていない。


 伸ばしっぱなしでやや長めの縁樹くんの白髪は、さらりとしていてカーテンのように周囲を覆った。

 緊張で呼吸もままならない。

 瞬きもできず、じっと、音もなく見つめ合っていた。


「手を取ったのが、キミでよかった」

「は?」


 私でよかったってなんだろう?

 都合がいい女ってこと?


「好きだよ、蜜柑ちゃん。大好き。愛してる」

「急に、意味わかんない……」

「キスしてもいい?」

「い、いつも勝手にしてるくせに、なんなんだよいったい」

「勝手にしてもいいんだ?」

「……いいよ。勝手にすれば?」

「うーん、どうしようかな」

「そこは普段ならするとこじゃん、気持ち悪いよ、そう言う焦らすみたいなの」


 結局、散々煽ったくせにキスはしないまま顔が遠ざかる。

 未だ添えられたままの彼の指が、サワサワと私の頬を撫でていた。


「ちゃんと言葉にして、話を聞いてもらうことって、大事だなと思って」

「自分の後ろめたい昔話を暴露したから開き直ってんの?」

「そう? うーん、あながち間違いじゃないのかも? ずっと痞えていたわだかまりが、なくなったのは確かだから」

「自分ばっかりスッキリしやがって……」


 撫でる指が鬱陶しくて、ペチリと払った。

 つまりあれだ、私が誰かの身代わりでここに連れてこられたことを拒絶も非難もしないから、私が何もかも許したと思って気をよくしてるということか。

 彼の憂いが私に乗り移ってきたみたいで不愉快だ。


 私の悪態に、縁樹くんは「だからさ」と。


「蜜柑ちゃんも僕に話してくれて良いんだよ。教えてよ、キミが抱える不安や痛みを」

「……私の今一番の悩みは、どうすれば縁樹くんから離れられるかなんだけど?」

「ふーん。そうなんだ」


 さらりと返した縁樹くんは、首輪の隙間から私の首に触れて輪郭を指でなぞった。

 全く話を聞いていないのではないか?


「ねえちょっと。だから、離れたいんだけど? 触んないでよ」

「話は聞きたいけど、要望を呑む気は無いよ」

「なにそれ、言うだけで無駄じゃん」

「そんなことない。僕みたいに開き直れるかも」

「私はきみと違って繊細だから、言ったら言ったで色々後悔するね」

「なら、言わせた僕のせいにしていいから、言って?」


 少しだけ強めに顎を掴まれる。

 振り払おうと思えば払える程度で、差し迫ったような圧力は感じない。それでも、彼が無理やり聞き出そうと、言わせた体を取るには十分な程度。

 それは、何かしら彼の中で力任せをためらう理由があったのか、それとも私が言いやすいようにという気遣いなのか……。


 縁樹くんの思惑はわからないけれど、言わなければいつまでも、ことあるごとに粘着してきそうだなと思った。

 こちらを伺って妙に柔らかな態度を今後も取られ続けるのは、優しくされてるみたいに感じて調子が狂う。

 私は諦めて、紡ぐ言葉を考えた。


「私もきみと大差なんてない。きみに別の誰かの面影を重ねて、勝手に傷ついているだけ。それは、きみのせいではない、単なる私の都合だから、きみが悪い訳じゃないのは安心してね。……でも、だからこそ、どうしたって、きみじゃあ私を幸せにできない。これだけは確かで、間違いないんだよ」


 きみの想いが本物であれ偽物であれ、私は私の気持ちの問題で、応えることはできないのだ。

 それは紛れもない事実で、どうしようもない現実。

 幾ら吐露しても、なんの解決にもならない。

 それをわかっているから、こんなの、きみをただ突き放し傷つけるだけの言葉でしかない。


 ああ、縁樹くんの言うとおり、もしかしたら、誰かに暴露すればスッキリするのかもしれない。

 でもその「誰か」にきみだけは含まれていない。

 きみは当事者の写し鏡だから、こんなこと吐き出したって、なんの救いにもならず、お互いに傷つくだけなのだ。

 なんて虚しいことだろう。


「別人だと理解しているのに、僕では駄目なの?」

「こんなの理不尽だって頭では理解していても、気持ちを抑えられない、そんな経験、きみには無いかな?」


 沈黙が彼の応え。

 ただ、何を思ってか、縁樹くんは私の首輪の鎖を強く握り込んだ。

 握るだけで引っ張られることはない。

 それはどこか、私に縋り付いているように思えた。


「そいつはどんな奴? キミにどんな酷いことをしたの?」


 縁樹くんの声が少しだけ震えてる。

 表情は無表情で、ただ私を凝視していた。

 私は笑顔を浮かべて見せた。


「私のこと好きだって言った」


 予想外の言葉だったのか、縁樹くんは息をのむ。


「彼は私を愛していたの。でも私は、彼に大嫌いだと言って、最低なお別れをした。……嗚呼、ふふふ、表面だけなぞると、なんだか今も同じことを繰り返してるみたいだね。悪い夢の中にいる気分」

「……蜜柑ちゃん、好かれて迷惑だった?」

「……そうだね。なんで、出会っちゃったんだろうね」


 やっぱり、私たちは関わるべきじゃなかった。

 わずかな感情さえも抜け落ちていくような縁樹くんの顔を見て、そう思った。

 私はきみを傷つけることしかできなくて、きみを傷つけるほどに、私は私を一層許せなくなっていく。

 それは前世でも今生でも変わらない。


「ね、どうしようもないでしょ? だから黙ってたのに、聞きたがったのはきみだよ、縁樹くん」


 悪者らしく、追い詰める。

 体を起こして、挑発的に、今度は私から縁樹くんの顔に近づいた。


 縁樹くんは鎖を離して、私の頬に手を添える。ほんの少し、鉄っぽい匂いがした。

 じゃれるみたいに、わざとらしく擦り付いて見せる。

 彼の暗い目の奥に、僅かに欲を含んだ火が灯されたけれど、気づかないふりをした。


「僕から好かれたくないのに、甘えたみたいなことをするんだね」

「最低な女だと思って捨ててくれていいよ」

「……捨てないよ」


 縁樹くんから抱きしめられる。

 顔が肩に埋まって、互いの表情は見えなくなる。少しだけ心が軽くなった気がした。


 私は手を宙に伸ばして、ぼんやりと独りごつ。


「きみ達のいない世界に行きたい」


 緩んだ口が紡いだ世迷言。

 私を抱く腕が力を増し、決して逃さないという強い束縛を感じた。

 それは少しだけ痛くて、それくらいの乱暴さが、私には丁度よく思えた。


*


「お腹減ったなあ……ねえ、縁樹くん、こういうの、さすがに悪趣味だと思うんだけど」


 体調が良くなったのも束の間、あの会話を最後に、縁樹くんがこの部屋を訪れなくなって五日が過ぎた。

 多分、五日だ。

 時計がないし、たびたび意識が飛ぶように眠っているから、実際はわからない。


 首輪がついたままで、外には出れないし、縁樹くんが何か食べ物を持ってくるまで、空腹に耐えねばならない。

 最初の二日は、置き去りにされた食事を食べて凌いだものの、量も多くないし腹持ちも悪い。おまけに時間が経ってあまり美味しくない。

 三日目は洗面所で水だけ飲んで過ごし、四日目はとうとう、放置された皿にこびりついた残飯を舐め尽くした。


 縁樹くんのことだから、隠しカメラだとかマイクだとかで、この状況を観察しているはずで、だからたびたび、誰にともなく声をかけてきた。

 音沙汰はない。


「このまま、死ぬのかな」


 縁樹くんは外に出た後で私を捨てたくなったのかもしれない。

 でも捨てないと言った手前、放り出すこともできないから、この中に捨て置いてるのかも。


 そうだよなあ。あれだけ拒絶したら愛想尽かしても仕方ないよね。


 でも、餓死するまでここに放置するのはどうなんだ。

 いくら私が死にたがりとは言え、じわじわ苦しめられるのは嫌だ。

 恨まないと誓うから、外に出して捨ててほしい。


 投げ出した腕が、ジャラリとした冷たい感触に触れる。

 私を繋ぐ首輪の鎖だ。

 ひんやりしてて気持ちいい。

 おもむろに頬擦りをして、その感覚に集中することで気を紛らわせた。


 鉄っぽい匂いが鼻をつき、思わずそれを舐める。鉄の味に味覚が刺激されて、腹は膨れないものの、気が紛れてきた。

 部屋中を引きずっている上に、トイレにもつけて行ってる訳だから、衛生的じゃないとわかっていても、空腹に加えて何もすることがない私は、その手を止められそうにない。

 なんて惨めなんだ。


「嫌だなあ。こんな所で、こんな風に死にたくないなぁ……縁樹くん来ないかなぁ」


 鎖を舐めることにも疲れて、放り出す。

 地べたに這いつくばったまま、ぼんやりと中空を見ていた。

 眠たい。

 疲れた。


 人は生まれを選べないように、死に様だってうまく選ぶことはできないのだ。

 この惨めな終わりが、私の結末だというならもう仕方がない。

 どうせ死ぬつもりだったのだから、もうどうでも良い。


 ふと、視線を逸らした先に、チラリと照明を反射するレンズに気づいた。カメラがそこにある。

 一度気になると、今までなぜ気づかなかったのかと思うくらいに、目立って見えた。

 体を動かす力もなく、視線だけそこへ投げつける。


 もう何もかも限界で、最後に悪態でもついてやりたかったのに、どうしてか脳裏に浮かんだのは、あり得ない、とは言い切れない一つの可能性。

 ひょっとすると、縁樹くんの身にどうしようもない不幸があって、来たくてもここに来れないのかもしれない。

 なんで今更、そんな心配が浮かぶんだろう。私にはもう関係ないことなのに。泣きたくなってきた。


「縁樹くん、怪我とかしてないといいな」


 弱った心は、存外素直な言葉を漏らした。


*


 目が覚めると、ベッドの上で、点滴をつけられていた。

 ベッドサイドには項垂れて膝をつき、硬く私の手を握る縁樹くん。

 そんな風になるなら、放ったらかしにするなバァーカ! と言ってやりたかったけど、掠れた喉はケホケホと咽せるだけだ。

 バッ、と縁樹くんがものすごい勢いで顔を上げる。


「蜜柑ちゃん」

「けほっ、んんっ、なんだ、生きてたんだ?」

「ごめん……ごめんね……僕は、なんてことを……」

「ホント、なんでこんなことしたの?」


 縁樹くんは握ったままの私の手に顔を擦り付けて、まるで私の温度を感じるみたいに、目を閉じて、しばらくそうしていた。

 少し湿っぽい彼の肌は、涙を感じさせる。泣いていたのだろうか?


「僕の想いがキミを苦しめると言うのなら、僕はこれからどんな言葉をキミにかけてあげれば良いのか悩んでた……」

「……な、なに? なんだその、合わせる顔がなかったみたいな理由!? それでうっかり数日放置!? 流石に今回こそ私は死を覚悟したんだけど!?!?」


 返す言葉もないのか、縁樹くんはしょぼくれた様子で肩を落とした。


「それで私がいよいよ動かなくなったから飛んできたって訳ね?」

「それは違うっ」


 がっしりと肩を掴まれる。

 力強くてあまりの勢いに驚いて口がポカンと開いてしまった。


「蜜柑ちゃんが、僕の心配をしてくれたから……! 嬉しくて、無我夢中で……」


 やっぱり仕込みマイクでバッチリ聞いていたのか。くそう。

 小声だったから聞こえてないと思ってたのに。

 話を逸らしたくて、私は「どのくらい寝てた?」と。


「そんなに経ってないよ」

「そんなにってどれくらい……」

「大丈夫、これからは僕がちゃんとお世話するから、時間なんて覚えておく必要はないよ」

「あれ? 前より悪化してないかい?」

「反省したんだもの、ちゃんと失敗は今後に活かさないと」

「そこまで執拗に監督されたくないな」


 どうにか回避する術はないか。考えながら私は、点滴の針を抜いた。

 縁樹くんは止めようとしたけど、大げさだと静止した。

 そんなに経ってないなら、胃だってまだ大丈夫なはず。ゼリーとかからならいける気がする。


「……縁樹くん」

「なに、蜜柑ちゃん」

「実は私、予言ができるんだけど」

「へえ、すごいね」

「お、良いね、頭ごなしに否定しないその姿勢、すごくいいよ」

「蜜柑ちゃんも僕の話信じてくれたからね」

「うん? なんのこと?」

「大したことじゃないよ。で、どんな予言をしたの?」

「なんと、今から世界が滅ぶんだよ」

「……???」

「世界が終わっちゃうんだよ? わかんない?」


 怪訝そうな縁樹くんの目が私を見る。

 流石にそろそろ、予言なんて話は出鱈目だと気づくだろうが、言いたいことはそこじゃない。

 相変わらず首を傾げてるので、私はため息をついた。


「察しが悪いな。ほら、やり残したことはない? 悔いのないように、残り少ない今を謳歌しなきゃ」

「……そうだね、どうしようか」


 私の挑発に、縁樹くんが「やれやれ」という様相で乗ってくる。

 ふん。そんな風に私を年下扱いするのも今のうちだ。

 縁樹くんの腕を掴んで、力一杯に引き摺り込んだ。


「縁樹くんのしたいようにすればいい。お任せするよ」


 彼は私を潰さないように手をついたけれど、そうすることでまるで私を押し倒したみたいな姿勢になる。

 私の上にまたがったままの縁樹くんは、私の視線に、流石にその意図に気づいたらしい。


「……病み上がりでしょ?」

「じゃあ、何もしないまま死んで終わっていいんだ?」

「怖いんじゃなかった?」

「このまま世界が終わること以上に怖いことなんてないでしょ」

「……そうだね」


 言外の誘惑に、縁樹くんは抗えず私に深い口付けをした。

 手が服の内に滑り込み、肌を直に撫でる。

 私はもっと彼を落としたくて、ねだるように彼の背に腕を絡めた。


 簡単な話だ。

 今より強固な繋がりを求めるならば、これが一番手っ取り早い。

 体を繋げれば、勝手に心もつながった気持ちになって、これで満足すれば、縁樹くんとて私へほどほどの自由をくれるに違いない。

 行為をした、と言う事実は、二人の間に、ある種の安心感を与えてくれるのだ。

 そしてこれはきっと、鏡に向こうのお綺麗な私たちはまだしていないから、私はちっぽけな優越感で満たされる。


 その日、私と縁樹くんは一つになった。

蜜柑ちゃんと縁樹くんは可愛いですね。これくらいの距離感の二人がとても好きです。

もっと書きたい気もしますが、次回第8話「あとはただ堕ちるだけ」不穏なタイトルです。

それではまた来週。

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