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灰色世界(2023リメイクver)  作者: 兎角Arle
本編
6/18

4.5話 【挿話】かくれんぼ

 縁樹くんは私のお世話をするのが好きだ。

 端的に言えば、お風呂は一緒に入っている。


 首輪の鎖は浴室まで届かないということもあるのだが、首輪を外したら、当たり前だが逃げられるリスクが出てくる。

 なら、浴室の前で待てば良いのでは? と思うだろうが、こちらは入水自殺未遂者だ。風呂場で溺れる可能性はなきにしもあらず、という不安があるのだろう。割とその通りである。


 だから私が溺れ死なないように、一緒に入るということで落ち着いている。

 とは言え、それを引いても、縁樹くんはお世話したがりなので普通に楽しんでいる節はある。

 あまり性的欲求はないのか、その辺の理性はちゃんと働いてるのか、裸を見せ合っているというのにそういった事故はまだ起きていない。

 ……まあちょっとは興奮してるんだろうな感は察しているので、あえて自分から話題にあげないでおこう。触らぬ神に祟りなしだ。


 と、普段の話はさておいて、重要なのはやはり、なんといっても、首輪が外れるということだ。


 ここでの暮らしもだいぶ慣れてきて、私も結構従順に縁樹くんの要望に応えている。

 そろそろ油断が出てくる頃といえよう。


 いつも通り、縁樹くんは器用に私を背中から抱いたまま、顔や髪を洗う。

 これは実に効果的で、私をホールドしたままに自分も顔を洗っているから、見えない間に逃げられるということがないのだ。

 一旦頭部の洗浄が終われば、体を洗う時は体が離れる。

 目視で監視できるし、密着しては洗いにくいから。

 先に私を洗ったら、縁樹くんは私を湯船に退ける。私が温まっている間に自分が体を洗うのだ。


 というわけで、私は今日このルーティーンの油断に付け込むことにした。


「背中さあ、自分で洗うの大変じゃない?」

「蜜柑ちゃんの背中はこれからも僕が流してあげるから心配しなくていいよ」

「そうそう、わりと快適で。だから、縁樹くんの背中は私が流してあげようと思って」

「……何か企んでる?」


 うわ、早速疑われた。どうしてだ?


「失礼な。なんとなく私もお世話してあげたい気分ってだけなのに」

「気持ちは嬉しいけど……蜜柑ちゃん、最近やけに大人しかったから、そろそろ暴れたい時期かと思って」

「私をなんだと思ってるんだこいつ」

「可愛い女の子」

「周期的に暴れる女のどこが可愛いんだ」

「蜜柑ちゃんがどんな子でも、僕にとっては可愛い女の子だよ」

「あっそ」


 疑われては計画は失敗だ。

 そっぽを向いて湯の中に沈み込んだ。ぶくぶくと水面をならす。

 縁樹くんが片手を伸ばして私の顎を持ち上げ、顔を向けさせた。

 行儀が悪いと言われるかと思いきや、泡立った垢すりを差し出される。


「背中、洗ってくれるんでしょ?」

「い、いーのかい? 何かとんでもない企みがあるかもしれないよ?」

「いいよ。蜜柑ちゃんのしたいこと、なんでもさせてあげたいから……でも、何かするなら僕も相応の返しをするから、覚悟してね?」

「怖い怖い。お手柔らかにお願いします」

「それってやっぱり、何かするつもりってことだよね?」

「……それはどうだろうか」


 何かしら失態に理由をつけられて仕返しされたらたまったもんじゃない。

 ……いや、まあ、縁樹くんが乗り気なら私もそのご厚意に甘えて計画を実行するんだけどね。

 覚悟ならできてる。

 叱られずに逃げ切ってやる覚悟がね。


 湯船から上り、垢すりを受け取った私は、縁樹くんの背中を洗う。

 縁樹くんは逃げ道を塞ぐように扉側に居て、私に背中を向けてくれているのだが、それが仇となる。


 鏡に背を向けているということは、私が何をしようとしているか見えないということ。

 ふふん、縁樹くんは逃げ道を塞いでいる安心感に足元を掬われるのだ。


「うっ」


 石鹸で立った山盛りの泡を、後ろから縁樹くんの顔に押し付けた。

 目に沁みて痛かろう。

 呻く縁樹くんの横をすり抜けて私は出口へと転ばないように走った。


「待ってっ!」

「うわっわっ」


 泡まみれで涙目の縁樹くんに手を掴まれ焦ったが、濡れた肌と泡の残る手はよく滑る。

 掴まれた手はするりと抜け落ち、浴室の外まで到達することができた。


 適当に体を拭うためのタオルを被り、全裸のままに縁樹くんの着替えの入った籠をそのまま脇に抱える。

 浴室のドアが叩かれて、バタンと大きな音を鳴らしたが、泡で視界不良の縁樹くんは上手く開けられなかったのか、私の方が先に洗面所を飛び出した。


 全裸では少々心細いので、移動の道中に洗濯を終えた棚から綺麗なベッドシーツを強奪し、頭から被りながら、部屋の扉まで一直線に向かう。

 籠を漁り、目当ての固くひんやりした感触が指に触れれば、それを取り出し扉の穴に差し込んだ。


 鍵は軽い音を立てて、解錠を告げる。

 鍵を差しっぱなしにしたままに扉を開ければ、部屋の外には廊下……かと思いきやもう一室、縁樹くんの私物が乱雑に置かれて居て、ノートパソコンなどもある。外から帰ってきた縁樹くんが部屋に入る前にアウターなどを置いておく場所のようだ。


 じっくり物色したかったが、ここがまだ縁樹くんのテリトリーなのだとしたらすぐに追われてしまう。

 出口と思しき扉へ向かえば、ありがたいことにこちらは一般的な内側に施錠があるタイプで、すんなり外へ出ることができた。


 ろ、廊下広っ!


 目隠しされてたとは言え、庭まで歩かされた感覚から広いことは覚悟していたが、ここはお城か何かなのか? と疑う広さだ。

 宵闇の中、果てが見えない、というほどではないのは良かったけれど。


 さて、私の予想が正しければそう遠くない位置にキッチンがあるはずだ。

 なぜなら縁樹くんが持ってくる食事はいつも出来立てだから。運ぶ間に冷めている感じがしない。

 まずはそこを目指そう。


 食料の確保……ではなく、キッチンといえば換気のための窓があるはず。換気扇という可能性もあるが、これだけ広い家、言ってしまえば豪邸のキッチンだ、食材を運び込みやすいように出入り口があると考えるのが自然。


 扉を見つけるたびに中をそろりと確認して、目当ての部屋を探す。

 仮にキッチンでなくても、外に出れればどこでも良い。

 縁樹くんの部屋は、窓に板が打ち付けられていたけれど、それ即ち方向的に同じ向きの部屋には窓があると思われる。

 さらに幸いなことに、庭への道のりで階段を使った記憶はないので此処は一階だと考えられて、窓からの脱出は容易だ。


 案の定上の階に繋がる階段を発見するが、こちらはスルーだ。

 二階に逃げるのは悪手。

 室内でやり過ごして隙を見て外へ出るという手もなくは無いが、階層が上がるほど外に出る手間が増える上に逃げ場が少ない袋小路になってしまう。


「お」


 見つけた。やはりそう遠くない場所にキッチンがあった。

 扉はなく丸見えなので、周囲を警戒しつつ物陰に隠れながら入る。


 真っ先に目に入った窓は、いくら私が華奢で小柄とは言え、とても通れそうもない。

 諦めて視線を投げれば、まさしくビンゴ!

 間取り的にも外に繋がる勝手口で間違いない。


「鍵も……ない!」


 やったー!

 外だー!

 私は自由だー!


「いて」


 外へ飛び出したら土に混じった小石を踏んだ。

 裸足どころか全裸にシーツを被ってるだけだから心許ない。

 ひとまず土道や石畳は砂利があって痛そうなので庭の芝生の方へ移動した。


 ふと振り向けば、外から見るとそれほど建物は大きい感じはしなかった。不思議だ。

 田舎の大型スーパーマーケットくらいのサイズかな?

 とは言え日本的な感覚で見れば一軒家としては大きい方だが、お城みたいな大きさではなかった。

 あれなら、清掃だけで済むなら家政婦さんは二人くらいで事足りそうだな。


 以前お茶をした時は周囲が見えなくてヤキモキした壁のような庭木は、今は人目を避けるのにありがたい。

 適当な場所でシーツを剥ぎ取り、脇に抱えていた籠から縁樹くんの着替えを拝借した。


 服ならまだしも、縁樹くんの下着を履くほどの勇気はない。

 というわけで、素肌にズボンはいささか慣れないが、上は正直自分で言って悲しくなるくらい平らだからなくても問題ない。あ、自分で言っといてやっぱり悲しい。

 シャツもズボンも大きいので引き摺らないように袖や丈を折った。


 縁樹くんって、ウエスト細いんだよなあ、助かる。

 多少はずり落ちるのは仕方がないものの、シャツを内に入れればなんとかベルトなしでも足元まで落ちることはなさそうだ。


「よしよし。ここまでは順調だな。次は慎重にルートを決めて行動しなければ」


 シーツをくしゃくしゃに丸めて籠に押し込む。頭に被せていたタオルでまだ湿っている髪を拭き、こちらも籠に乗せる。


 今頃縁樹くんは、目に入った泡を丁寧に落として、着替えを終えていることだろう。

 全裸で探してきているとは思い難い。アレで結構格好つけなんだな、縁樹くんは。

 私を追いかける縁樹くんが、屋内と屋外、どちらを探すかだが、どう転ぶかほとんど運だろう。


 逃げる人間心理を想定するなら、真っ先に外に出たと考えるのが自然だ。

 だからこそ捻くれ者の私なら、まず屋内でやり過ごし、隙を見て外に出るか、外部との連絡手段を得ようとする、と思うに違いない。普段の私ならそうする。

 と、いうわけで、更に更に逆手にとって、実際の私は外に出ているわけだ。

 時間が経てば縁樹くんとて増援を呼ぶだろうし、逃げにくくなる。早い内にこの場を離れて身を潜められる場所を確保するのが定石だろう。

 地の利は向こうにあるけれど、最悪私は良い自死スポットさえ見つけられればあの世……ではなく来世へ逃げ切れるという算段だ。


 さてはて縁樹くんはどこまで私を理解して行動してくるだろうか。

 ひとまず定石通り、夜の闇に乗じてこのまま屋敷の外へ向かって歩き出そうと思ったのも束の間、扉を勢いよく開ける大きな音が響いてぴたりと動きを止めた。


 え? 嘘? 真っ先に外に来たの? やばい!


 石畳を蹴る靴音が響き渡る中、私は声を殺そうと両手で口を塞いだ。

 ホラー映画の登場人物になった気分だ。怖い。


「蜜柑ちゃん、この辺りにまだ居るんだよね? 聞こえてるでしょ? 出ておいでよ」


 いやいやいやいや、なに? 怖い! 助けて! なんでわかるの?!


「そんなに隠れんぼがしたいなら、部屋でしよう? ああ、でも、鎖ですぐに場所がわかっちゃうかな。別の遊びにしない? 例えば、しりとりとか、鬼ごっこもいいね、鎖は掴まないってルールにするからさ、どう?」


 落ち着け、落ち着こう。深呼吸……したら呼吸音でバレそうで怖いから素数を数えよう……素数、素数ってなんだっけ、うわー!


 そ、そう、現実的なことを考えるんだ。

 縁樹くんは今鎌をかけているだけに違いない。

 一直線に屋外に出ているようであればまだこの近辺に私がいると考えて、当てずっぽうに声を掛けているんだろう。

 追い詰められたと思った私が自分から降参するのを待っているのだ。

 よしきた、冷静になってきた。その手には乗らないぞ!


 縁樹くんの足音が少し遠ざかるのを聞いて、ホッとする。

 思った通りだと思った矢先、彼は「うーん」と。

 声がした方向は、私が外に出る時に使ったキッチンの勝手口だ。


 もしや髪の毛でも落としていただろうか? それで外に出たってバレてる? いくらなんでもそれで気づかれるのも本当にホラーすぎるんだけど?


「包丁とか持ち出してなかったみたいで安心したよ。えらいね蜜柑ちゃん」


 声が明らかにこちら向きに飛んでくる。

 や、やっぱりバレてる!?


「蜜柑ちゃんがキッチンを通って外に出たから、もうすでに刃物で喉を切ってて声が出せないのだとしたらどうしようって、すごく不安だったんだよね」


 近づいてくる嬉しそうな縁樹くんの声音に、思わず「ひっ」と息が漏れた。

 まだ距離があるから聞こえてないはず、と思いたい。


 だってだって、縁樹くん今私がキッチン経由で出たこと断定してたよ!?

 ひょっとして私、意識がない内にGPS体に埋め込まれてない!? あ! さては食事!? やっぱりまともなご飯じゃなかったってこと!?


 でも、だとしたらなんで今こんな恐怖心を煽られてるんだ?

 もっと早くに「捕まえた」とか言って後ろから抱きしめてきそうなのに、そうしないのはなぜ?

 私を怖がらせて遊んでるのか、はたまた体内にGPS埋め込まれてるとかは私の考えすぎということか……?


 なんにせよ、もはや詰みではないか?

 足元は芝生。この距離では少しでも動けば葉擦れの音で居場所がバレる。

 かと言ってじっとしていたらゆっくり近づいてきてる縁樹くんに普通に捕まる。

 逃げ足で勝てるとも思えない。こちらは裸足で向こうはしっかり靴を装備してるのだ。小石やれ枝を踏んだ時点で私は転んでうずくまるぞ。

 手持ちのものと言えば、縁樹くんの下着、湿ったタオル、くしゃくしゃのシーツ、着替えの籠……駄目だ、これでどう打開すればいいかわからない。


 そうこう頭を悩ませていると、暗い影が差し掛かって敗北を確信した。


「蜜柑ちゃん、見つけた」

「うわーーー!」


 その場に倒れ込み、悪あがきに地べたを這って後ずさる。

 捕まえようと手を伸ばした縁樹くんの動きが、ぴたりと止まった。


「あ、すごく、かわいい……」

「はぁ?!」

「蜜柑ちゃんが僕の服着てる」

「…………勝手に着てごめんなさい」

「なんで? 可愛いよ、すごく良い。それにさ、謝るならもっと別のことじゃない?」


 それはそうなんだろうけど、めちゃくちゃ食いつかれそうな顔で見てくるから思わず謝ってしまった。

 ここまで追い詰められた精神的な圧迫感ゆえもまあまああるだろう。


「な、なんで、キッチンから外に出たって、わかった?」

「今の時代って便利だよね」


 結局、腰が抜けて動けない私を捕まえて、抱き上げた縁樹くんは、取り出したスマートフォンの画面を見せた。

 ガラケー使いの私からすれば画面の広さに驚きだが、正直、そこに表示されてる内容についてはさっぱりだ。


「何これ」

「この家のセキュリティの管理画面。いつ、どこのドアが開閉されたか記録されるようになってるんだよ。本来は防犯用のものだけどね」


 文明の利器に敗北していたらしい。悔しい。


 無論、ドアを開けただけで屋内にいる可能性も否めないが、それならそれで、定期的に開閉記録を確認すれば中での移動はすぐにわかるということだ。

 であれば、縁樹くんがいち早く実際に目で確認すればいい領域はおおよそ屋外のみ。そりゃあ一直線に外に飛び出してくるよね。


 茫然自失の私を他所に、携帯をポケットにしまった縁樹くんは、泥だらけの私の素足に触れた。


「また、綺麗にしなくちゃね」

「お、ワンモア背中を流してあげよう」

「遠慮しておく。蜜柑ちゃんは、人のお世話をするのが下手みたいだから」

「ちぇ」


 二度目はないようだ。

 とは言え、動き回ってなかなか疲れた。

 今日はもう暴れる気力もない。


「あっ、縁樹くんストップ」

「どうしたの?」


 ふと空を見上げれば、満天の星が輝いていて、とても綺麗だった。

 新月だったのか、深い闇は星あかりを際立たせている。


 あー、この闇に乗じて抜け出せたならきっと逃げ切れたはずなのになあ。

 早々に捕まってしまっては仕方がない。


「んー、まあ、星空見れただけでいっか。綺麗だね、縁樹くん」

「……そうだね」


 二人で星空を眺めて、うん、いい思い出になったなあ。


 そうして丸く収まってくれればよかったのだけれど、縁樹くんは些細なことでも根に持つような執念深い男だし、有言実行の変態なのだ。

 その後、風呂場で釘を刺された通り、相応の仕返しが待っていたことは、いうまでもないだろう。


 何をされたのかは……恥ずかしいから縁樹くんと私だけの秘密である。

これまでのドタバタ感やイチャイチャとした雰囲気がとても好きなのですが、物語は流動的な物なので、次回第5話「やあどうも、幸せな私」では更なる動きがあったりなかったり……いっそう奇怪なことになりそうです。

それではまた来週。


※pixivFAN BOXにて全話先行公開をはじめました。

https://kekkan-otobako.fanbox.cc/posts/6331419

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