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灰色世界(2023リメイクver)  作者: 兎角Arle
本編
5/18

4話 魔王様と黒猫姫のお茶会

 真っ暗な闇の中を歩いている。

 両の手は後ろで結ばれて、頼りない足取りを補助するためか、単に密着したいだけかもしれないけれど、腰を抱かれて誘導されている。


 今日に限って、着せられた服は引きずりそうなほど丈の長いのスカートで、履き慣れない私は時たま裾を踏んでよろけてしまう。

 その度に、縁樹くんが支えになってくれるのだが、全て計算づくのわざとなのが丸わかりで、憎たらしさが募った。


 拘束バンドで後手に縛られて、部屋の外の間取りを覚えさせないためにだろう、周到に目隠しも施された。

 あ、もしかしてこれって、誘拐する時にも使った奴? などと場違いな感想を抱いて気を紛らわせていると、首輪を少し細めのものに取り替えられる。

 鎖の重さが無くなっただけで身軽だ。


 束の間の開放感は、チャラチャラとした軽い音と共に首輪を引っ張られて、跡形もなく消滅した。文字通り、現実に引き戻されてしまった。

 多分、移動しやすいように細めのチェーンの付いた首輪に取り替えたんだろうな。

 お腹の辺りでカーブを描くようなチェーンの感触を服越しに感じて、縁樹くんのことだから、チェーンの先端は彼の手中に収まっているに違いないと確信する。

 パンクファッションとかでたまに見る、手首のベルトに繋がってる感じかな。ありうる。


 冷静に、と言うよりも、呆然と分析するしかない思考とは裏腹に、「私はペットか?」と感情はややささくれた。


 そんなこんなで、私は今、自分の所在が不明のまま、縁樹くんに導かれて庭までの道のりを歩かされている。


「そんなゆっくり歩いていたら、庭に着く頃には夜になっちゃうよ?」


 わざとらしく耳元で囁く。

 興奮しているのか、耳にかかる吐息が熱く背中がゾワゾワした。


 というか、結構歩いてる気がするんだけど、どんだけ広いんだこの家。

 街中って感じの喧騒もないから、郊外にひっそり建っている邸宅とかだろうか?

 ……離島の別荘とかって可能性もある?

 これだけ広いんだから、縁樹くん一人で管理してるわけないよね。ハウスキーパーさんとかいるのかな。え、どうしよう、この状況見られてたらすごく居た堪れない。

 いや、落ち着こう。この縁樹くんが私を人目に晒すはずがないから、人払いはできてるはずだ。そうに違いない。お願いしますそうであって。


「さっきから黙ってるけど、元気ない? 部屋に戻る?」

「歩きにくいだけだから平気」

「そう、残念」


 心配しているのは表向きだけで、声から喜びが溢れ出ている。

 私を部屋に戻したいことを隠しもせずに、縁樹くんは残念そうに囁いた。


 少しだけ、彼の唇が耳に触れる。

 どきりとして立ち止まった。

 目隠し越しに睨んで見るも、伝わるはずもない。


「どうかした?」

「別に……」


 相手が知らんぷりをしたから、私は言葉を濁した。

 しかし、このままのペースでは本当に辿り着けなさそうだし、すでにもうどっと疲れてきた。主に精神が。

 戻りたい、と私が泣き言を言うのも織り込み済みなのかもしれないと思ったら、腹立たしくなってきた。どうにか一泡吹かせてやりたい。


「ん」

「うん?」


 立ち止まって、言葉なく訴えてみる。

 縁樹くんには意図が伝わらなかったようで、不思議そうな声が返された。


「何? 皆まで言わせる気?」

「えっと……部屋に戻る?」


 恥ずかしがってはいけない。ツンとした態度で、毅然と振る舞うのだ。

 今この場所をステージの上に見立てて、高飛車な演技で私は告げた。


「歩き疲れたから、庭まで抱えて運んで」

「…………」

「ちょっと、なんか言ってよ。珍しく私からスキンシップを許して……っ」


 言葉の途中で抱き上げられて舌を噛みそうになる。

「一声かけてくれないか!?」と悪態をついたけど、縁樹くんは気に留めず「可愛い」と吐息混じりにこぼすだけだった。


「姫君のお望みのままに」

「うわ、気障なセリフ。鳥肌立ちそう」

「先にわがままなお姫様みたいなおねだりしたのは蜜柑ちゃんでしょ」

「お、おねだりって……」


 その通りかもしれない。と黙った。

 むしろ、わがままなお姫様どころか、駄々をこねる幼児みたいな要求だったように思う。一気に恥ずかしくなってきた。


「縁樹くんって王子様っぽいのは見た目だけだから、そう言う気障なの似合わないよ」

「じゃあ、どう言うのが似合うと思うの?」


 問いながら、縁樹くんが歩き出したので、私は体重を彼の方へ預けながら「そうだなあ」と。


「魔王様って感じかな」


 傍若無人で慇懃無礼。己が欲望を最優先にする感じが正しくぴったりだと思う。

 こんなことを言ったら後が怖いので言わないけど。


 私の例えがピンときてないのか、縁樹くんの返事は「ふーん」などと淡白なものだった。

 掘り下げられなくてよかった。


「蜜柑ちゃんは、王子と魔王ならどっちが好き?」

「またこのパターンかぁ」

「蜜柑ちゃんの好みを知っておきたくて」

「どっちもあんまり興味ない」


 本当は王子様みたいな人に憧れてたこともあったのだけど、さっきの話の延長で絶対不機嫌になるから、あえて言わないでおこう。

 縁樹くんも昨日ほど関心があるわけじゃないのか、「そっか」とだけ呟いて、しばらく足音だけが響き渡った。


 器用に片腕だけで私を支えたかと思うと、重たいドアの開く、がちゃり、とした音。

 外の空気の匂いが鼻をくすぐり、屋外に出たのだとわかる。


(庭に行こうって話、嘘じゃなかったんだな)


 華やかな花の香り。

 薔薇だろうか?

 自然な花の香りって、実際それほど強くないから分かりにくい。


「あと少しだから、もうしばらく我慢してね」

「っ……くすぐったいから、それやめて」


 耳に直接言葉を注がれ、そのままの流れで耳朶を柔く喰まれる。

 抱き上げられているから逃げようもなく、言葉での抵抗は実に虚しい。

 縁樹くんは「それってどれ?」なんて、わからないふりをして弄ぶのをやめようとしないから、無心になるべく頭の中で念仏を唱えた。


 程なく、ようやく、椅子に下ろされれば、目的地に着いたのだと理解する。

 縁樹くんの腕が頭の後ろに伸ばされて、ビリビリとマジックテープの音がうるさく響く。それを耐えれば、瞼が光の刺激を受けた。

 目隠しを外されたばかりの目は明るさにすぐには慣れず、眉を寄せつつうっすらと瞼を上げる。


 ガーデンテーブルに、ティーセットが用意されているのがわかる。

 徐々に光に慣れてきたら、目をぱっちりと開けて辺りを散見した。


「わ、すごい。薔薇園」

「反応薄いね……さっきまでの方がビクビクして敏感で可愛かったのに」

「誤解が生じる言い方しないでくれます?」

「本当のことじゃない」

「言い方が悪趣味なんだよ」

「……なら、僕に縋り付いたりおねだりしたりして可愛かった、とか?」

「趣旨が変わってない? 私の反応が淡白なことに関して物申したいんじゃなかったの?」

「ううん、さっきの蜜柑ちゃんが可愛いなってことを言っただけだよ」

「嗚呼、うん? そう……」


 着眼点が全く違ったので、これ以上のやり取りは無駄だと感じて話を終わらせる。

 気紛れに縁樹くんから目を逸らして、もう一度周りを観察した。


 西洋風の庭園は人工的に形を揃えられた木が並んでいる。

 屋外なのは間違い無いけれど、人目を避けるみたいに、壁のような植え込みが四方を覆い、庭であることしかわからない。なんなら自分が出てきたはずの建物の外観も見えそうで見えない。

 徹底して、間取りを把握させないつもりなのだろう。外観から予想を立てられることさえ警戒している。


 庭の広さの全貌も推しはかれないが、人の気配がないことや、遠景にビル影や山さえも見えないところを思うに、ものすごく庭が広いか、はたまた先ほど想定したような、離島みたいな隔離施設なのかもしれない。


 青い空を仰ぎ見て、途方に暮れる。


 不意に首輪を引っ張られ、隣に倒れ込んだ。

 気がつけば、縁樹くんはお茶を淹れ終えて、隣に腰掛けている。

 私が一人で感傷に浸っていたのが気に入らないんだろう。強引な気の引き方に、私は不満を込めて彼を睨んだ。

 そういえば、思った通り、首輪のチェーンは縁樹くんの手首に巻かれたベルトにつながっているみたいだな。呆れて失笑がこぼれる。


「お茶が冷めちゃうよ」


 本心では、縁樹くんを意識の外に追い出していた様が面白くないから引っ張ったくせに、そんな建前を口にするなんて。もっとうまい言い訳はなかったのだろうか。

 ……だが、私とて口論をしたいわけじゃないから「ふん」と息をついて、おとなしく姿勢を正した。


「この手でどうやって飲めばいいのさ」

「僕が飲ませてあげる」

「普通に考えて熱いお茶を無理やり飲ませるのは危険だと思うんだけど……」

「そうかな……? ああ、なるほど。蜜柑ちゃん、猫舌なんだね」

「はあ、まあ、もう、そう言うことでいいよ」


 自分で飲むなら熱いのは平気だ。むしろお茶はあったかい方が好きだ。

 でも縁樹くんは腕を自由にする気はないらしいから、投げやりに返事をした。

 どうやら、私のそんな態度が気に入らなかったようで、縁樹くんはチャリチャリと、指に絡ませたチェーンを弄び、威圧してくる。

 強引に引っ張ってこないあたりが陰湿だ。


 なんで今日はやたらと沸点が低いんだ?

 自分が優位な時は楽しそうにしてたくせに、情緒不安定すぎない?

 庭とはいえ屋外だから、気が立ってるんだろうか?


 ほどほどに思考を巡らせて、とはいえそれで彼の真意がわかるわけでもない。

 潔く諦めて、わざとらしく「お腹減ったなあ」とうそぶいた。

 あからさまなご機嫌取りに、縁樹くんは眉を寄せたけれど、私から頼られていることがわかるからか、不満をこぼすことはない。


「蜜柑ちゃんは何が食べたい?」


 ひとまず、チェーンを弄る耳障りな音は止まった。


「うーん……そうだなあ、そこのカップケーキを貰おうかな」

「これ?」

「そう」


 上になんとマカロンが乗ってて可愛くて豪華だ。実はマカロンって食べたことないんだよね。こんな状況だけど未知のお菓子に少しワクワクする。

 食事の時のように口元に運ばれるのを待っていると、縁樹くんは取り皿へカップケーキを置いて、そのまま皿を私の前へ置いた。


 え、何? どう言うこと?

 この状態でさも自分で食べろみたいな態度何?


 チラリと横目で縁樹くんの様子を伺えば、不貞腐れたように頬杖をついて、私がどうするのかを観察してる。

 うろたえて彼を見上げる哀れな私の姿で、少しだけ優越感を得たらしい縁樹くんは、口パクで「おねだり」と促してきた。


 私は天邪鬼なのだ。

 そんなことされたら反抗心が湧き上がる。


 前のめりになって顔をそのままカップケーキに近づける。

 上に乗ったマカロンに噛みつき、その部分だけ食いちぎれば、上体をあげて咀嚼し、飲み込んだ。

 平たくいえば犬食いだ。

 なんとなく勝ち誇ったように縁樹くんを見やると、なぜか縁樹くんは食い入るように、欲情したみたいな熱い視線を私に向けていた。

 なんでこれで興奮するんだ。変態なのか? 変態だからか……。

 とはいえ、そう言う目で見られる中、犬食いを続ける度胸はない。


「……食べさせてください、お願いします」

「どうして? 自分で食べれてたじゃない」

「思ったより食べにくかったし、口の周り汚れるからもうやんない」


 舌の届かない鼻のてっぺんだとか頬のあたりに、デコレーションのクリームがくっついてる感覚がある。

 拭たいのにできないのはちょっと惨めだ。

 しょぼくれてきた私に、縁樹くんは何も言わず、私の顎に手を添えて、顔を強引に持ち上げた。


「ひっっ!!??」


 熱い舌がペロリと頬を滑る。

 正確にはクリームを舐めとっているのだろうが、目的はどうであれ身に受ける感触は変わらない。

 鼻頭には、ちゅっ、とわざと音を立てて軽く吸い付きキスをする。

 その時間がとても長く感じられたのは、本当にゆっくり舐め上げられたのか、体内時計が狂ったからなのか……。自分の目で顔についた食べ残しを見ることはできないから、実際のところはわざと舐め続けられているのか定かではない。


 縁樹くんの顔が離れて、力んでいた体が脱力する。

 彼はうっとりとしながら舌舐めずりをして、熱っぽい吐息をついた。


「蜜柑ちゃんが犬みたいに食べるから、僕も犬みたいにお世話してあげたけど、どう?」

「最低」


 縁樹くんは満足げに、ふっと微かに笑って、私の歯形がついたカップケーキを手に取った。

 手で割って小さくして、歯形のついた欠片を自分で食べてしまう。

 間接キスを味わうようにじっくりと咀嚼するので、居た堪れなくなって、私は目を逸らそうとした。


 しかし、顔を包み込むみたいに両手で押さえられると、彼の親指が私の口に差し入れられる。

 反射的に侵入を防ごうと噛みついてしまったが、痛みを物ともせずに指は無理やりに口をこじ開け、固定してきた。

 何をされるのかなんとなく分かってはいたが、抵抗する術がない。


 縁樹くんの唾液と混ざったぐちゃぐちゃのカップケーキが、口移しで口内へ押し込まれてくる。

 舌を絡めながら、顔を上に向けさせられれば自然と喉の方へ落ちていき、ごくりと飲み込まされるのだ。

 あらかたケーキを飲み込み終えると、唇は重ねたままに指だけが引き抜かれる。

 絡み合った舌だけが、何かを探るように、私の口の中を蹂躙し続けていた。


「んぅっ……かはっ、けほっ、ごほっ……い、いきなり、何するの……!?」


 ようやく解放されて、咽せながら睨むも、息苦しさで目元に溜まったわずかな涙を、彼はちゅっ、とキスと共に舐めとった。

 もう顔面舐め回されすぎて散々だ。怒りと息苦しさで顔が熱くなり、爆発しそうだった。


「甘いね、蜜柑ちゃん」

「うげっ……」


 私とは別の方向で、赤く染まって上気した縁樹くんの言葉に、熱がサッと引いて不気味さに凍える。

 その「甘いね」が何にかかっているのか分からなかったが、怖いので追求しないでおこう。


「蜜柑ちゃんは名前の通り、甘くて美味しい」


 追求しないでいたのに自己申告されてしまった。

 とりあえず、縁樹くんに対して感情的になるだけ無駄だと諦めがついたので、開き直って「お茶、ちょうだい」と要求した。

 この散々なお茶会を継続することが意外だったのか、縁樹くんが目を丸くして呟くように言う。


「今度こそ、部屋に戻るって言うと思ったのに」

「なに? 私が嫌がることしてるって、自覚あるの?」

「嫌だったの? 僕にはもっといじめて欲しそうに見えたけど?」

「だとしたら、縁樹くんの目は節穴だ」


 嘲笑してやると、縁樹くんは口移しでお茶を飲ませてきた。

 ……まあ、予想はしていたし、この手じゃ自分で飲めないから仕方がない。


 そう、全部仕方がないことだ。

 こんな関係を存外悪くないと思うのも、全て縁樹くんが私にそう望んだからで……仕方がないことだろう?


 仕方がないと胸中で繰り返しながら、大人しく注がれた液体を飲み下した。

イチャイチャし始めましたね。すごくいいですね。

次回は突発的に思いついた新規書き下ろし回へ寄り道です。

4.5話「【挿話】かくれんぼ」実に楽しげなタイトルです。

来週の更新をお待ちください。

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