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灰色世界(2023リメイクver)  作者: 兎角Arle
本編
3/18

2話 「安心しなよ、きみのことは大嫌いだからさ」

「人生で一番、災難な誕生日だ」


 鏡を見つめて呟いた。


*


 現状を整理すべく、回想する。


 向こうは初対面のはずなのに、縁樹くんの熱烈な視線の意味を知りたくて、宿にいる間それとなく声をかけた。

 とはいえ、直球に聴きはしなかったので、思っていた成果は得られず、このままさよならをするのだろうと、半ば諦めながら、夕食を探しに宿を出た。


 まあ、それならそれで、他愛もない時間を過ごせたのは良い思い出になったし、構わない。

 気持ちを切り替えて、夜も更けた田舎道を歩いていると、唐突に口を塞がれ後ろ手に両手を拘束される。

 何が何だかわからぬうちに、ワゴン車に乗せられ、目隠しバンドと猿轡をかまされた。徹底した対応は、事前に計画されたものか、あるいは場数慣れしているのか……なんにせよ、無防備で無警戒だった私にはもう、撃つ手がない。


 下手に暴れず、大人しく従う胸中では、犯罪に巻き込まれてしまった恐怖と共に、他殺の方が世間体は保たれそうだな、などと、トンチキなことを思っていた。


 車内で言葉はなく、走行音だけが響く。

 数時間の走行の末、車のドアが開くと共に、爆音が飛び込む。

 プロペラの回るような音と、抱き上げられて連れ出された外の強風から、次はヘリに乗せられるのだと察した。


 数名の男性の声。

 何か喋っているけれど、ヘリの音で全く聞こえない。

 私の体を抱える人が変わり、その人がヘリに乗り込んだことだけがわかる。

 触れられる感触から、ヘリのシートベルトって、そんなふうに通すの? と一瞬疑問に思うも、すぐに自分に通されたのはシートベルトではなく別で用意された固定用のベルトだと気づく。

 何故なら私は、私を抱く男性の膝に乗せられているからだ。


 覚えある吐息が首筋にかかる。

 熱を含んだ、甘く、そのまま吸いつかれそうな……と、思ったそばから柔らかで少し湿った感触が首筋に触れて、軽く口をつけられているとわかる。


 思い浮かんだ名前を呼んでやりたかったけれど、口が塞がれていて叶わない。

 でも、私を抱く男は、私が自分の正体に気づいたことを察してか、わざとらしく耳元で囁いた。


「大丈夫だよ、蜜柑ちゃん」


 縁樹くんの声音は多幸感に満ちていて、柔らかく響いた。


*


 呆気なく拉致されて、ここが何処かもわからない。

 拘束されたまま縁樹くんに服を脱がされ、抵抗虚しく着せ替え人形にされて、ようやく解放されて今に至る。


 着替えの際に縁樹くんに裸を見られた気がする。屈辱だ。

 え、というか、なんで着替えさせられたの?


 鏡を見れば疑問はすぐに氷解する。

 色は黒だが、明らかなウェディングドレスに、私の表情は青褪めるのを通り越してもはや虚無だった。


 豪華なお屋敷の広い一室という感じで、ベッドやクローゼットなど、生活に必要な家具は揃っているが、何故か全ての窓に木の板が打ち付けられていて、外の様子が一切伺えない。


「似合ってるよ、蜜柑ちゃん。やっぱり黒が一番合うね」


 縁樹くんも正装で、まるで悪気のない態度に、沸々と怒りが込み上がってきた。


「どういうこと!? こんな服着せて、結婚式でもするつもり!?」

「そうだよ」

「はぁ?」


 威圧を込めた嘆息を気にも留めず、縁樹くんは強引に私を抱き寄せ、手の甲へキスをした。

 こんな状況じゃなければ、御伽噺の王子様みたいに思えたかもしれないが、あいにくと彼は誘拐犯だ。

 私は不満を含んだ目で縁樹くんを睨め付けた。


「二人だけで、永遠の愛を誓うんだ。もう手放してあげない。ずっと一緒にいようね、蜜柑ちゃん」

「え、ヤダ。お断りします」

「駄目だよ、キミに決定権はないんだから」

「な、なんだそりゃ!?」

「キミが海に投げ捨てた命を、僕が拾ったんだ。もうキミは僕のもの。誰にもやらないし、キミにだって返してあげない」


 呆気に取られていれば、彼は歌うように「婚姻届も用意しないとね」だなんてほざくのだ。頭痛がしてきた。

 最早こうなってしまったら、直球に聞くしかない。


「どうして、初対面なのにそこまでするの?」

「わからないの?」

「今日初めて会ったのにわかるわけないでしょ」


 距離をとりたくて回された腕を振り解こうとするも、びくともしない。

 縁樹くんはぼんやり宙を眺めて、一瞬だけ何かに納得したように声を漏らすと、そのまま返事を考えているようだった。


「一目惚れ、かな」

「嘘だぁ?」

「……僕の気持ちを疑わないで欲しい。僕は、どうしようもなくキミが好きなんだ」

「意味がわからない……」

「ねえ、キミが自分で生きることを辞めたいなら、僕が一生お世話してあげる。生かしてあげる。だから、一人で死のうとしないで。ずっと僕のものでいて欲しい」


 暗い囁きは甘美だった。

 弱い自分が、彼に身を委ねてしまえと告げる。


 落ちてしまいそうな心を、冷徹な頭が引きとどめた。

 彼の言葉を信じても、痛い目を見るだけだ。そこに幸せはありはしない。


 だってここは不幸せを押し付けられた国。

 幸福は鏡の向こう側に搾取さるのが定め。

 神様の寵愛を受けた二人の対である私たちに、幸福な未来など用意されていない。


 だから誘惑を退けるために、反発する意思を大仰に叫んだ。


「嫌だ! 死んでやる! 今度こそ確実に死んでやる!」


 その先に、幸福になれる世界を夢見て。


「そんなこと僕が許さない」


 低い呟きが落ちて、近くのベッドへ乱暴に組み敷かれる。

 縁樹くんは片手で私の両手首を拘束して、抵抗できないようにベッドへ縫い付けた。

 もう片方の手は私の頬や首を撫で、胸の上、脇から二の腕、お腹……とにかく身体中をドレスの上から撫で回された。

 最初こそ怒気を含んだ荒い手つきだったが撫でるうちに落ち着いてきたのか、指の動きが扇状的になっていく。くすぐったい。

 そんなもどかしさを感じる私などお構いなしに、縁樹くんは独りごちる。


「このままベッドにはりつけて、舌を噛まないように口も塞いで……食事は点滴を用意しようかな……可哀想だけど、自由にしたら勝手に死んじゃいそうだから仕方ないよね……」

「そういう極端な対策を講じるのは良くないと思うんだけど!」

「先に極端なことを叫んだのは蜜柑ちゃんでしょ?」


 その通りでぐうの音も出ない。


「いやいや、でもね、普通こういう時って、話を聞いたり、メンタルケアとか段階を踏んでいくものでしょ?」

「大丈夫だよ、僕が蜜柑ちゃんのお世話をしたいだけだから、遠慮しないで」

「待ってくれ、会話が成立してないよ!? それから、そろそろ体触るのやめて!」


 とうとう肌が露出している鎖骨の辺りから、服の中に指を差し入れられて静止を要求する。

 縁樹くんは手を動かしたまま、とろりとした目で私を見下ろした。


「嫌?」

「っ……だからその、触るのやめ……こういうの、慣れてないから、ほんとに……や、やだ、怖い」


 半分本心、半分演技で、初心なふりをして訴えた。

 小森蜜柑としての十七年はまだ未経験なのは間違いない。それ以前にであれば経験はあるけれど、それもさほど多くはなかった。慣れてないのは本当だ。


 縁樹くんは、差し入れていた手を引き、拘束していた両手も解放した。

 手首が赤くなっていて、緊張で気づかなかったが、結構な強い力で握られていたらしい。

 彼は隣に横になり、鏡の前に立っていた時と同じように、私の背に腕を回して抱き寄せる。

 照明の光を受けて反射する赤い瞳の表面が、うっすらと青色を帯びていて、神秘的だった。


「僕のそばにいてくれるなら、酷いことはしないよ」

「それって脅しだよね」

「僕なりの愛情表現」

「嫌って言ったら襲うんでしょ? 本当に酷い話だね」

「返事を聞かせて?」

「……わかった、わかったから。きみの言うとおりにするから、ちょっと離れて」

「駄目。僕の言うとおりにするって言うなら、僕との距離に慣れてくれなきゃ」


 ああ言えばこう言う。

 小憎たらしくて深くため息をつけば、じっとこちらを見つめる赤い目が、不安げに揺れた。


「僕のこと、嫌いになった?」


 初対面に対して尋ねるには、少し違和感のある言葉。

 素直に嫌いだと言ったら、彼は癇癪を起こしそうだな。しかし、好きだと言うのも憚られる。


「安心しなよ、きみのことは大嫌いだからさ」


 言外に、これ以上嫌いにはならないと告げた。

 その意図はきちんと賢い彼に伝わったようで、縁樹くんは困ったように小さく笑った。


 その反応が可愛らしくて、湧き上がる情動に蓋をした。

 どのみち、私たちは幸せになれないのだ。

 むしろ、想いが通じてしまったら、それを失った時、どれほどの苦しみを味わうことになるのだろうか。

 それがとても恐ろしくて堪らなかった。

監禁生活スタート!

ここからが蜜柑ちゃんと縁樹くんのスタンダードモデルですね。

次回はリメイクでがっつり加筆された新エピソード3話「黒猫は鈴を欲しがらない」です。

来週も読んでもらえたら嬉しいです。

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