【if】エピローグ 海は命を……
ここはどこだ。
私は確か、縁樹くんに会いにいきたくて、海に飛び込んだはずで……。
白い、天井。
電子音。
……病院?
目が覚めたことで、なんかドラマで聴くような声かけをされる。
ここがどこだか分かりますか? とかそう言う。
病院だよな? たぶん?
夢見るような心地で海の底に沈んだはずなのに、現実に引き戻されて、ああ、なんだ、失敗したのか。
落胆して、絶望に視界が滲んだ。
後になって知った話では、波の向きが悪かったらしい。
浜辺に流されて、海岸に打ち上げられていたところを、雨足の様子を見に外に出た近隣住民が発見、通報されたとかなんとか。
……というか、もう、どうでも良い。
何もやる気が起きない。
生きる気力も湧かない。
何も考えたくない。
ただただ気持ちが悪い。
意識があるうちは治らない吐き気が襲い、眠っている間は、話によるとずっとうなされているらしい。
しんどいなあ。
言われるままに、さまざまな検査を受けて、病棟で過ごす日々。
抜け殻のままここにいる。
手取り足取り、あれこれ介助を受けていると、縁樹くんと過ごした日々を思い出して、自然と涙が出てきた。
介助が必要なくなった頃、医師に呼び出された私は、やっとこの白い檻から抜け出せるのだと思ったのだが、思いがけない話を伝えられた。
常に付きまとう吐き気や気持ちの悪さは、今尚生き続ける嫌悪感が理由ではなく、たった三文字の短い言葉に置き換えられた。
生の苦しみではなく、産みの苦しみだ。
腹の中に自分ではない命が、四ヶ月も前からいたと言うではないか。
そんなまさか、ストレスで肥満になっているんだとばかり……。
気持ちが悪いのだって、そう、縁樹くんがいなくなってからずっと……。
目に見える世界が音を立てて崩れ落ちるような衝撃、強い目眩、目の前が真っ暗になって、両手で顔を覆った。
全然嬉しくない。
私は失敗した。
縁樹くんの事だけを想って、独りで消え去ることはもうできないのだ。
死ぬ時はこの子も一緒だ……。
このところひどい生活だったと言うのに、お腹の命は懸命に生きようと、生まれようと、健やかに育っていると言う。
私は、親になんてなりたくないのに……。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
きっと私はこの子を大切にはできなくて、寂しい思いをさせるとわかる。
自分が死んでしまいたいくせに、命を産むなんて間違っている。
流さなければいけない。
生まれる前に、殺してやらねばならない。
……でも、この子は彼が生きた証でもある。
私と繋がった印でもある。
彼が私を愛して、求めてくれた形なのだ。
涙が溢れてきた。
嗚咽が止まらず、どうしたいのかを、医師に告げることもままならない。
縁樹くんだったなら、どうしただろう?
私以外いらないって、迷わず子供を流すのかな?
それとも、繋がった証を残したいと思う?
……誕生日だって知らないのに、彼の気持ちが私にわかる訳がない。
だから、私は自分で考えなければいけない。
どうしたいか。
どうするのが良いか。
私は……。
おしまい。
このお話は、あったかもしれない、もしもの話です。
どちらを選んでも、天寿を全うしたとしても、孤独な魂はいずれ彼を求めて永い旅に出るのでしょう。
どうかその行く末は、幸せな物語でありますように。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。