0×n話 【挿話】若き魔法使いの失敗
他人にあまり興味がなかった。
それは、今となっては覚えていない過去の失敗のせいなのか、もともと自分勝手な性格だからか。
なんにしろ、あいつと出会った時に、不思議と他には向けない興味が湧いたのはよく覚えている。
なんでも願いを叶えてやると言えば、行きすぎた巨大な願いか、半信半疑でちょっとした願いを言ってくる奴がほとんどだ。
あいつも例に漏れずその一人。
だが大きな願いに対して動機がなぜか慎ましく、変な奴だと思った。
魂の記憶。
永遠の命とも言える願いを求めて、それで叶えたいことは、演劇の足しにする、ということだ。
想像の領域でしかない死や転生、別の人生を生きること、魔法を使ったり別の生物として生きてみたり、そういうリアルな経験を積み上げて、いずれ演技に活かしたいのだと、あいつは笑った。
なんてクレバーでクレイジーな奴だ!
俺はエンターテイメントには疎くて、演劇を見たことはないけれど、そいつがいずれどんな劇を演じるのか、ものすごく気になった。
だから別れた後も、傍観者としてあいつの生き様を追うように見守り続けていたんだ。
だが、観測者の思いとは裏腹に、愉快な発想で永遠の記憶を手に入れたいあいつは、生まれ変わるほど孤独になっていった。
世界の仕組みか、それとも人間の性質なのか、生まれながらに他と違うという点は、異物を排除するみたいに攻撃し阻害しようとしたり、はたまたその特異性を祀りあげるみたいに賛美し崇めるのだ。
狂信的なまでに求められることも、執拗に追い出されることも、どちらも孤独なのだと、あいつを見ていて知った。
ところで俺は、喜劇が好きだ。
演劇を見たことはないが、絵本だとかフィクションの話を読むことは少なくともあった。
何と言っても、結末はハッピーエンドがさっぱりしてて良い。
が、まあ、それを差し引いたとしてもだ、ノンフィクションに知り合いの人生が軒並みバッドエンドを繰り返すというのは、良い気がしないだろう。
他人の不幸は蜜の味、なんて言葉があるが、俺には一生分からなさそうだぜ。
嫌いな奴だろうと、ここまで無慈悲に酷い目に遭うのを直で見て、良い気味だと笑えるような神経はしてないぜ。……まあそういう輩の幸せを願ってやる義理もないけどな。
ともかく俺はあいつの演じる喜劇が観たい。
だから俺は、ある神様が作ったらしい、幸福の国とやらに、こっそりあいつの魂を導いてやった。
完璧な計画だ。
あいつの生き様に俺は手出しをしないから、後はあいつが勝手に、今度こそ幸せを掴むんだ。俺はちょこっとその舞台を選んだだけさ。
だが結果は失敗だった。
ああ、くそが!
なんで俺が親切にする時に限ってこう、なんか、悪い方に話が転がっていくんだ!?
前にもこんな経験した気がするぜ! もう覚えちゃいねぇけど!
俺が嘆いている間に、神様はあいつの魂を掬い上げて、別の器へ落としたらしい。
悪趣味な、不幸せの国。
ぶっちゃけ、何をもってして幸福だとか不幸だとかそんな名称を冠しているのか、俺はよくわかっちゃいねえけど、わざわざ二つの世界を繋げた上でこの最低なネーミング。ざっくり予想はつくってもんだ。
上位存在が直接あいつに干渉するっていうなら、俺だって黙っちゃいねえぜ。
殴り込みだ!
「よぉよぉ、お前がこの悪趣味な世界の神様ってやつだよなあ」
俺が背後から声をかけると、そのいけ好かない神様は、目を細め、笑みを向けた。
鋭い目つきからは想像もできないほどに、まるで全てを受け入れるみたいな、底知れぬ、深い慈しみの眼差し。
まるで駄々っ子を穏やかにいさめる親みたいな態度に、餓鬼扱いされてる気分になって無性に恥ずかしくなった。
「チッ、偉そうにしやがって。……俺が目をかけてる奴がよ、お前の作った国で世話になってるじゃねえの。本当は手を出す気はなかったんだけど、お前の世界の仕組みはちょーっと悪趣味がすぎるぜ。それに俺は、悲劇より喜劇が観たいんだ。悪いけど、この最低な世界の仕組は、俺が壊してやんよ」
「短絡的な」
「お?? 喧嘩なら買うぜ! 二度とこんな、他人に不幸を押し付ける理不尽を強いてやろうなんて思えなくなるくらい、ボコボコにしてやる!」
ファイティングポーズを決めたが、神様は少しだけ驚いた顔をしてから、すぐにこちらを小馬鹿にするみたいに失笑した。
なんなんださっきから、その親戚の子供の間抜けを生暖かく見守ってるみたいな視線は!
むず痒くてしょうがない……。
俺、こいつ苦手かも。
「好きにするが良い。我らが神の王を御した貴様に、我が敵うはずもない。だが、それで貴様の目にかけている人の子が、どうなっても知らないぞ?」
「なんだあ? 今度は脅しか? やり口が汚ねえな」
「……何もしないさ。我はただ、見届けるだけだとも」
不吉なこと言いやがって。
だが、それでビビって尻込みしたら男が廃るってもんだ。
纏わり付いた嫌な予感を振り払い、俺は神様のお言葉に甘えて、ありがたく世界の楔を切り落とした。
これで二つの世界の因縁は絶たれ、それぞれがただ見目のよく似た別の世界として独立していくことになる。
これでもう、誰を不幸にすることなく、お前は幸せになって良いんだ。
*
……鏡面世界のシステムを壊したら、本来、死ぬはずのなかった奴があっさり死んでしまった。
それはそうだ。神様が愛し、祝福を与えた二人の対なのだから、生き死にもまた対応していて当たり前だ。
だから、そう、世界が繋がっている限り、生存、という面において、あいつらの安全は保証されていたようなもので……その命綱を絶ったのは、他でもない俺だ。
ははっ、中途半端に手を出して、その結果があれだったんだ。
俺の想いはいつだって、空回りしかしていない。
あーあ、いっそこの悲劇を笑い飛ばせる悪党になれたならよかったのに。
俺はそれでもやっぱり、喜劇が好きだ。
だが、何度、繰り返しても、俺は同じことをするのだろう。
俺は馬鹿で、考えなしで、いい加減で、どうしようもなく自己中心的だから。
それに、仮に今のこの経験を全て覚えたまま、あの頃に戻れたとしても……っつうか、最強な俺は戻ろうと思えば戻れるんだけど……そうさ、それでも戻ってやり直さないと決め込んでいるのは、全部俺の勝手な都合だ。
俺は、あの出会いを……共に過ごしたわずかな時間を……積み重ねた選択を……ただ、無かったことに、したくないのだから。
蜜柑ちゃんに魔法をかけて神様に殴り込みした魔法使いのお話でした。
彼、名前をラベンダーだったりムラサキだったり、も別の作品に色々出てきます。
詳細は「愛されぬ花に祝福を」が主役としての過去編、他は「ひだまりと悪魔」のゲスト登場「夢喰姫ゲーム版」で謎の助っ人キャラ「幕間未完劇場」でも登場をキメてたりと引っ張りだこです。今後もいろんな作品に出る予定。ヨ!準主役!
さて、番外編はこれでおしまい、次回が最後の更新「【if】エピローグ 海は命を……」です。
もしかしたら、あったかもしれない、異なる結末を良かったら観ていってくださいね。