5+n話 【挿話】神様の告白
彼女が導き出した解答は、不幸な勘違いだ。
何も、誰もが不幸せであることを強制する仕組みなど、作りたかったわけではない。
しかし、あの二人のためだけに、幸福を約束された国を欲しがったことこそは真実で、だからこそ、ただ、弁解もなく、黙して顛末を見届けることにしたのだ。
……二人は、何より純粋な、しかしそれ故に不適切な兄妹だった。
二人の想いがどれほどまっすぐで尊くとも、その一線を越えて仕舞えばその先には破滅しかない。
それでも、と、求め合う二人の純愛に胸を打たれてしまったから、次はその想いに相応しい在り方を、幸福な世界を、与えてやりたいと思った。
だから密かに掬い上げた二つの魂を、自らの描く新たな世界に迎え入れた。
正しき鏡世界の仕組みは、人種の分類が行われただけに過ぎない。
幸福を探すことが上手い者と、不幸を抱えることの多い者を、より分け、分類しただけ。
斯くして鏡面、対なる存在に由来する因果や巡り合わせというものは、鏡の彼方と此方で連動する。そのように仕掛けている。
即ち、生死もまた例外ではない。
それはただ、愛する二人へ、不幸を囁き掛けるような悪を少しでも取り除きたかったが故の、ほんのわずかな選別。そして、まじないのように細やかな保険。
それなのに、その検閲をすり抜けて、招かれざる孤独な魂が一つ、幸福の国へ滑り込んでいた。
彼女は普通ではなかった。
普通ではないものを、ヒトは特別と呼ぶことがある。
石を投げるか、祭り上げるか。
どちらにせよ、それがこの国に歪みを与えることは明らかと言わざるを得ない。
だから、我らの勝手な都合で、彼女に立ち退きを要請した。
彼女はその天啓に応えてくれた。
然して、幸福の国から追い出したからこそ、幸福を与えたい彼女の対としての役を与えたのは、我なりの慈悲のつもりであった。
加えて、期待もしていたのだ。
不幸を抱く者たちの国であれ、特別な御魂たる彼女であれば、或いは幸福に導けるのでは、と。
しかし、淡い期待はどうやら外れていたらしい。
鈍く傷ついた哀れな魂は、死を望んだ。
焦りはしなかった。
我はこうなるだろうことを、あらかじめ見通していた。
その自決は失敗に終わるのだから。
そして、その先の顛末もまた、あの酔狂な、共犯者にして悪魔のふりをした魔法使いから「問題ない」と言われているのだから、何一つ憂慮することはない。
ただ少しだけ、定められた運命線から、彼も、彼女も、我でさえも、逃れることはできなかったのだと、残念に思ったに過ぎない。
如何に失敗の覚悟ができていようと、落胆は存在する。
全ては、神でさえも御すあの魔法使いの掌の上。
程なくして、彼の者の若き頃により、鏡世界を繋ぐ楔は壊されるだろう。
その崩壊を止める手立てはもはや我々には存在せず、二対の因果は絶たれるのだ。
そして、愛すべき二人の幸福の裏側で、彼女の魂は永い旅に立つだろう。
ならばせめて、その門出に相応しい餞を、用意しておくとしよう……。
「よぉよぉ、お前がこの悪趣味な世界の神様ってやつだよなあ」
嗚呼、来たか。
耳障りな彼奴の声は、まだ高く幼さを残した響き。
無言で笑みを向けてやれば、奴は顔を顰めた。
「チッ、偉そうにしやがって。……俺が目をかけてる奴がよ、お前の作った国で世話になってるじゃねえの。本当は手を出す気はなかったんだけど、お前の世界の仕組みはちょーっと悪趣味がすぎるぜ。それに俺は、悲劇より喜劇が観たいんだ。悪いけど、この最低な世界の仕組は、俺が壊してやんよ」
「短絡的な」
「お?? 喧嘩なら買うぜ! 二度とこんな、他人に不幸を押し付ける理不尽を強いてやろうなんて思えなくなるくらい、ボコボコにしてやる!」
不幸な勘違いはここにも居たらしい。
だが、弁明の必要はない。
「好きにするが良い。我らが神の王を御した貴様に、我が敵うはずもない。だが、それで貴様の目にかけている人の子が、どうなっても知らないぞ?」
「なんだあ? 今度は脅しか? やり口が汚ねえな」
「……何もしないさ。我はただ、見届けるだけだとも」
怪訝そうな彼奴は、それでもその幼稚な発想を正しいと信じて疑わず、二つの世界を繋ぐ楔を落とした。
奇しくもその瞬間は、あの娘が鏡を割った時と重なった。
世界の神様の視点での独白でした。途端にファンタジー増し増しですね。時期的には5話辺りです。
神様、名前はシンっていうんですけれど、「ひだまりと悪魔」という作品にもゲストでちょろっと出てたりします。幕間の慈悲深きアンファング辺り。
いずれ彼メインのお話も描けたらいいなと思いますが、今回は灰色世界の世界観にまつわる部分だけかいつまんでいます。
そんな感じで、次回、0×n話「【挿話】若き魔法使いの失敗」は、引き続きファンタジー路線。
今回殴り込みに来た魔法使い視点での独白です。