プロローグ 走馬灯と名付けておこう
遠い昔の白昼夢。
きっかけは、今となっては些細なことで、それはある種の奇跡であり、最悪の呪いだとも思う。
うたたねの中で邂逅した魔法使いが、なんでも願いを叶えてくれると言うものだから、私は戯れに口にしたのだ。
「生まれ変わっても全てを覚えていられる記憶力が欲しいな」
それはただの夢のはずで、しかし、願いは確かに叶っていて、それに気付いたのは、死を経験してからのことだった。
いかに忌避しようとも、生まれれば死に、幾度もその巡りを繰り返し、私は、今なおここに在った。
酷いもので、今が少しでも不快なら、また次に期待して幕引きにすれば良いとさえ思う私は、到底まともとは言えないだろう。
……少し昔の記憶。
私が“今の私”となる前のこと。
私より二つ年下の男の子。
この世界の神様から愛された一欠片。私にはどうしてか、一目で彼が特別だとわかって、同時に、私はこの世界では異物なのだと理解した。
そこは、運命の神が紡ぐ、約束された幸福の国。
でも私は、本来ここに招かれていない。
ここにいてはいけない。
それでも、あと少しだけ、この居心地の良い場所に留まりたくて……。
そうして足掻くほど、私は、彼を、神に愛された彼らを、壊し、狂わせ、惑わして、本来彼と結ばれるはずのあの子を、貶めているのだ。
私という異物が、二人のシナリオを歪ませた。
だから、優しいはずの彼は深く傷つき、まるで機械みたいに無機質で、これから生まれてくる、あどけない笑みが似合うはずのあの子は、ずっと孤独に泣いている。
私はここに、生まれてきてはいけなかった。
それなのに、真っ白な彼の熱っぽい視線を受けて、それを自分のものにしてしまいたいと思う私は、なんと浅ましいのだろうか。
略奪に焦がれる醜い自分に耐えられなかった。
だから、これ以上この美しい場所を壊さないために、私は笑って嘘を吐く。
「一つだけ、良いことを教えてあげよう。私はね、きみのことが大嫌いだったんだよ」
幸いにも演技が得意でよかった。
機械的な彼の瞳が、わずかに揺らぐのを認めて、私は笑みを崩さずに別れを告げた。
「だからもう、さようなら」
少しだけ震えた彼の声が、私を呼び止めようとしたけれど、振り返らずに駆け出した。
雪の降る街。
路面は微かに凍り、急に止まることは困難だ。
心中で誰にともなく謝罪をすれば、自然と苦笑がこぼれ落ちた。
赤く灯る光を承知の上で、私は飛び出す。
強い衝撃を身に受けて、曇り空だけが視界に入り込んだ。
ほら、私の見る世界は……こんなにも灰色だ。
週間更新を予定してますが曜日調整で少しズレるかもしれません。
次回は来週のいずれかで更新します。