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僕は、かつて、罪を犯した。

作者: ラムココ

 〜初めに 読者の皆様へ〜


 コンビニでお菓子を盗んだ。

 家族のお金を盗んだ。

 人の大切なものを故意に壊した。

 女性の体に故意に触れた。


 法的に犯罪として、裁判にかけられるかもしれないものから、犯罪と認識されず、そのまま流されてしまうもの。


 けれど、どれも法的には犯罪に分類される。


 窃盗罪 器物損壊罪 猥褻罪


 立派な犯罪だ。だが、被害者側が、警察に訴えでなければ、これは犯罪ではなくただの出来事として流される。


 世の中には、表に、犯罪として記録に残されていない犯罪は、どれだけあるのだろうか。


 例えば、家族のお金を盗んだ。


 これだって、家族の情けで、警察沙汰にならないこともあるだろう。


『次からは絶対に、やらないでね。』


 けれど、子供は社会に出たことがない故、お金を盗むことがどれだけ重いことなのかわからない。家族が一生懸命働いて得たお金の重さが、わからないーーー



                      作者より




  ーーーーーーーーーーーーー    ーーーーーーーーーーーーー    ーーーーーーーーーーーーー 




『お前がッ·······お前がもっといい子だったら! こんなの何度思ったことか!』


父さん··········


『あんたは昔から親不孝だったわッ! せめて最後ぐらい、親孝行してくれれば!』


母さん······ごめん、なさ·······ーーー



ーーーーーー


 ハッと目が覚める。気付けば、背中が気持ち悪いぐらいに汗をかいていた。


 何度この夢を見ただろうか。ここ1、2年は落ち着いてきたかと思っていたが、やはり、そう簡単には忘れられないらしい。


 この度々見る悪夢には、数年前になくなった両親が必ず出てくる。そして、僕が後悔していることを父母自らが直接の言葉で心を突き刺してくるのだ。


 まるで、僕の感情に呼応するように。


 あの時のことを思い出した日の晩は特に悪夢を見る確率が高い。


 夢とは、人間の精神状態や記憶、欲望を反映するものだと、いつしか聞いたことがある。


 憂鬱とした精神状態が続けば、悪夢を見る可能性も高くなる。そして未だに僕を蝕む記憶が、ありもしない、絶対に起こり得ないことを夢で見させ、またも僕の心を蝕む。

 成人してから一度、会社で仲良くなった親友に、いや、僕が親友だと勝手に思っていた彼に、相談したことがあった。あの時は、両親がなくなってからたいした時間もたっておらず精神的に参っていたのだろう、正常な判断ができなかった。

 そして、すべてを彼にぶつけたあと、改めて見た彼は冷めた顔をしていた。


よく考えればそうだ。自分から、()()()()()()()()()()()()()なんて言う人は滅多にいないだろう。


 僕は14歳、中学二年生のとき、マンガ欲しさに家族のお金を盗んだことがある。もう10年以上も前のことだ。


 お金を、それも家計費をこっそり盗んだのがバレたとき、僕は知られたくない、バレたくないという気持ちから、シラを切り続けた。両親はしばらく追及してきたけれど、次はないからね、という言葉を最後にそれ以上追及してくることはなかった。

その時は、よかった、バレなかったと思ったが、今になって思えば、自分達の可愛い子供故、改心してくれると信じてくれていたのだと思う。


 ーーだが、そんな両親の思惑を読み取ることすらできずに、僕は二度目をやらかした。


 両親は一度目に気づいたのだから、二度目も気付いていたはずだった。けれど、なぜか、注意してくることも、口にすることすらも無かった。これも今になって考えれば、おそらく、あの時点ですでに両親に見放されていたのだろう。


 僕の両親はよくも悪くも、放任主義だった。食事は作ってくれる。義務教育もきちんと受けさせてもらった。大学受験の費用も大学入学以降の費用も出してくれた。でも、自分のことは自分で決めなさい。勉強も大学もやりたいなら、行きたいなら行きなさい。基本的に両親が介入してくることはほとんど無かった。それでも、僕は両親が彼らの息子として、好きだった。両親は決して僕に関心がないのではなく、僕をきちんと愛してくれていた。それが分かるから、僕も両親のことを心から愛していた。


 でもなぜだろう。いつしか、どんなことでも反抗したくなった。だからか。


ーーマンガほしいならお金盗んじゃえよーー


友達に誘われて乗ってしまったのは。ちょうど、ちょっとした悪に憧れていた当時の僕は、それに乗ってしまった。

 

 でも、僕は二度きりで、家計費を盗むのは止めた。けれど、盗んだという事実を認めるのがなぜか、許せなかった。ただのちっぽけなプライドが、それを許せなかった。


 ある日、お金を盗むのを止めてから両親が、特に母が、時折悲しそうな表情を見せることに気付いた。


 そのときは特に気にしてなかったが、父に後から聞かされた話に僕は、形容しがたい激情に襲われた。


『光久。母さんはもう長くない。父として、最後の助言だ。なにか伝えたいこと、言いたいことがあるなら必ず言いなさい』


 20歳の、秋のことだった。


 言いたいことなら、たくさんある。

 中学生のとき、お金を盗んで本当にごめんなさい。僕を育ててくれてありがとう。産んでくれてありがとう。大好き。愛してる。


 僕は、母さんに伝えようと思った。これを逃したらもう二度と機会はないと、分かっていたから。


 でもいざ、伝えようとしたら、喉がつっかえたように言葉が出てこなかった。


 またか。また、ただのちっぽけなプライドのために、苦い道を選ぶのか。


 言葉の代わりに出てきたのは、涙だった。一言もしゃべらず、静かにしゃくりあげる僕を、母は静かに見守っていた。


 やがて、僕が泣き止むのを見て、母がここで初めて口を開いた。


『お母さんね。ほんとなら、早期で入院して、治療を受ければ治るって言われてたの。』


 開口一番の言葉に、僕は唖然とした。


 なら、なぜ、どうして、病気のことなんて一言も言ってなかったじゃないか。どうして、なぜ·········っ!


『でも、お母さんは入院しなかった。だって、光久に、謝ってほしかったから。ちゃんと謝罪してほしかった。』


 なんのことかなんて、無粋なことを聞かなくても分かってしまう。


『さっき、ほんとは謝ろうとしてたんでしょ? それでいざとなったら言葉が出てこなかった。それくらい分かるわよ。だって母親だもの』


『自分でもバカなことしたなぁと後になって思ったわよ。でも、今はそれでも、いいかなって思ってる。こうして、ちょっとは成長したところを見ることができたんだもの。謝ろうとしたことだけでも大した進歩よ、私にとってのあなたはね。』


『それに、成人式も無事見届けることができた。ほんと、息子の成人式に間に合って、よかったわぁ·······』


『最後に、こうして話ができて、こうして息子の成長を感じられて。嬉しかった。自分の子供の成長っていうのは、どんな些細なことでもね、嬉しいものなのよ』


 ふふっと微笑む僕の、母さん。


 よく見れば、顔色も青白く、パジャマから覗く腕は、前よりもとても痩せて、骨が浮き出ていた。父が、もう長くないといっていたのを思いだし、胃が重たく感じた。


 この数日後、母は亡くなった。


 父も、僕が大学を卒業して、就職したのを見届けると、後を追うようにして亡くなった。


 結局、最後まで、謝ることも、大好きだと、愛してると伝えることもできなかった。僕はバカだ。ただ、言葉にして伝えるだけなのに。昔から僕の心に巣食うちっぽけなプライドが邪魔して、最後の最後まで、言葉できちんと伝えることができなかった。これが、大バカ者と呼ばずして、なんと呼ぶのか。


 それ以降、僕はお金を稼ぐことの大変さを自ら思い知り、あの時のことを思い出しては、心が重くなる日々を送っている。


 僕は、大バカ者だ。  







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