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身近な人の死を胸に生きていく。

作者: 青水無月

じいちゃんが亡くなった。

その知らせが届いたのは、昨日の17時ごろ。

昼寝をしていた僕は気付くのが遅れ、その知らせを知ったのはその1時間後だった。

理解できなかった。

いや正確には理解しようとするのを拒否していたのだと思う。


「死」

物語や日常ではありふれたことであり多くの人がその意味を知っているだろう。

僕も当然その意味は知っていた。

しかし身近な人が亡くなり、初めてその「死」という言葉の本質を理解したとき、同じ「死」という言葉がまるで得体の知れないものの様に感じた。


一瞬で目が覚めた僕は急いで母に電話をかけた。

母の話を聞いていると涙が止まらなくなっていた。

生まれてきて21年。最近は涙を流すことも亡くなっており、枯れたのかなと思っていた涙がとめどめなく溢れた。


じいちゃんは、認知症も進んでおり孫の名前も思い出せなくなっていた。

しかし、ばあちゃんや母のことは最後まで覚えていた。

母たちに孫だよと紹介されるといつも嬉しそうに褒めてくれた。

「これは男前な男の子だ。」

「言い男の子ですね。」

「かっこいい子だ。」

似たような褒め方ばかり。

でも自分のことを手放しで褒めてくれる人はなかなかいない。

たとえ認知症が進んでいたとしてもそこには愛が感じられた。


認知症を患う前のじいちゃんは陽気な人だった。

クリスマスの時にはサンタさんのコスプレをしたじいちゃんが、僕たち孫にプレゼントを配ってくれたりした。

いつも陽気だったじいちゃんの周りには笑顔が溢れていた。


そんなじいちゃんが亡くなった。

もう二度と会話をすることができない。

褒めてくれることも、殺人級の屁をすることもない。

その事実が重くのしかかる。

いつもみたいに僕や母たちの心配を余所にひょこっと元気になって欲しかった。

いや、ただただ生きていて欲しかった。

だがそれはもう叶わない。

今は、じいちゃんが天国に行って楽しく陽気で過ごしてくれることを願う。


享年85

奇しくもじいちゃんが旅立ったのは、85歳の誕生日だった。

まるで作り話の様だが事実だ。

だがそれもじいちゃんっぽい。


今までたくさんのことをありがとう。

そんなじいちゃんが大好きです。

ありがとう。

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