私の偽彼氏
七河くんと一緒に帰ってから次の日。
私に対して高島さんが、嫌がらせをしてくるようになった。
理由は七河くんが嫉妬だと言っていたが、本当にそれだけでこんなことをするのだろうか。
七河くんに相談しようかと思ったが、彼にはもう力を貸してもらっている。この前も関係ないのに学級委員の件で助けようとしてくれた。
もう助けてもらってばかりいるのに、また助けてほしいなんて言えない。みんなが求める私じゃない。
気のせいだと思っていた。気のせいであってほしかった。
最初の方は気のせいで済ませた。だけど4日ほど経った今自覚せざるを得ない。
だって、全身をずぶ濡れにされたらもう認めるしかないじゃない。次第に嫌がらせがエスカレートしてくる。
今は女子トイレ。トイレ前の手洗い場でバケツに水を汲んでいたらしく、わたしがお手洗いを済ませ外に出て、手を洗っている時に水をかけられた。
「アハハごめんごめん、いるの気づかなかったわ。
水かかっちゃったけど寒くない?
水も滴る良い女だね!!!」
そう言って高島さんは笑う。
今は放課後だから別に大丈夫。
「あんた最近調子に乗ってるよねぇ??
外見だけは良い今まで告白断ってきた
七河を彼氏にして私すごいアピール?
温かく見守ってください???
そんなの見守るわけねぇじゃん!!!」
高島さんはまた笑い始める。
辛い。けど辛いのは今だけ。それに今の状況を他の人に見られる方が辛い。
4月だけど寒くない。寒くない。寒くない。
寒い‥辛い‥
でも助けを呼ぶことはできない。
みんなが求めている私はこんな私じゃないから。
助けを求める私じゃないから。
みんなが求めるのは学年一の美少女、七海結愛だから。
私は高島さんに濡れたシャツの胸ぐらを掴まれる。
「なんか言ったらどうなのー???
私いい子アピール??
そういう所が気に食わねえんだよ!!!」
私は何も言い返さない。反撃する気がないので、早く終わることを願って棒立ちしている。
早く終わって、終わって、終わって、終わって、
誰か‥助けて‥
「おお〜!!いかにもな場所で
まさかリアルな修羅場に遭遇するとは!!
俺は運が良いなぁ〜〜!!!」
素っ頓狂な声が聞こえて前を向くと、携帯をこちらに向けている七河くんがいた。
「最近の携帯ってすごいよな!!!
こんな高画質で動画が撮れるんだから!!
文明発達ありがたや〜〜
しかも撮るのうま!!!
俺の新しい才能発見したか!?」
「ちょっと!何撮ってんのよ!!」
高島さんがそう言って私から手を離し、彼に向かっていって携帯を奪おうとする。しかし七河くんはそれを避ける。
「教室で言ったじゃん!!
俺は頭脳明晰、運動神経抜群って!!」
間違いなく今自慢することじゃない。
でも、その言葉が、今は何より頼もしい。
「完璧な俺の彼女にこんな目に遭わせるなんて、
お前ら度胸あるじゃん!!いいね!!!
気が強い女は嫌いじゃない!!」
そう言うと七河くんが高島さんたちに一歩近づいた。
「完璧な俺がこのこと知らないと思ったか??
七海に嫌がらせしてたのは最初から知ってた。
でも最初は口出しするべきじゃないと思った。
七海ががんばっていたから。
この件を大事にしないために。
最高な俺の彼女の七海はすごいから。
だからそんな俺の彼女にこんなことしたら、
黙っていられないカッコいい所があるんだよな」
そう言って七河くんが今まで見たこともない怖い顔で高島さんを睨む。
高島さんは怖くなって声も出ないようだ。
「なんてな♪」
七河くんはそう言うと携帯をこちらに向けてくる。
携帯には、電源すら入っていなかった。
「!?七河、どういうつもり!?」
高島さんがわけがわからないと言った感じで聞く。
当然だ。私もわからないんだから。
「俺は性格も完璧だから、
この程度のことで脅したりはしない。
俺が脅す時は、本当にそれが最善と思った時。
でも今回はそんなことする必要はない。
なぜなら、高島が過ちに気づいてくれると
思ったからだ」
彼は続けて言う。
「俺に撮られてるって思ったお前はかなり焦ってた。
他の人に見られたくないって感じたんだろ?
つまり後ろめたさはあるわけだ。
なら、俺はその気持ちを増長させればいいと
思った。高島とは去年も同じクラスだったから
少しくらいはお前がどんなやつか知ってる。
お前はこんなことをただ楽しくてするような
奴じゃないってことをな。
別に強制的に七海に謝れとは言わない。
強制して謝らせても反省してないなら
意味ないからな。むしろ事態を悪くする。
過ちに気づかせるのが今回の最善だと感じた。
完璧な俺ならこの程度のことで脅さない」
この時、彼を凄いと思った。こんな方法があるのかと思った。
それに今まで自己中かと思っていたが、彼はよく周りを見ているらしい。高島さんが何も言い返せないから。図星だから。
彼がいるだけでこの件が解決されそうになってる。
最後の自分すごいアピールは必要ないと思ったけど。
「さあ、高島どうする?
今ならまだその正しい気持ちを歪ませないで済む。
あとは、高島自身の判断に任せる」
高島さんがそれを聞いて泣き始めた。
彼の考えが、高島さんに届いたようだ。
高島さんがこちらを向く。な、何?
「七海、ごめん。
たしかにあんたに嫉妬してた。
あんたは何も悪くないのに。
そんなことに今さら気づいた。
後ろめたさは確かにあった。
七河に気づかされたのは複雑だけど、
本当にごめんなさい。
この埋め合わせは必ずするから」
「七河も気づかせてくれてありがとね。
ここは私が掃除しておくから」
高島さんたちが私に謝って雑巾を持ってくるためこの場を去る。でも今はそんなことはどうでもいい。
あなたの言葉が、私の心の奥に残り続ける。
気づいてくれてたんだ。
私の意思を尊重してくれてたんだ。
助けてくれたんだ。
涙が溢れてくる。
嫌がらせを受けた時は出なかったのに。
あなたがハンカチを渡してくれる。自分のブレザーを脱いで私にかけてくれる。
彼は本当は優しいことがわかった。だって私が頼んだのはストーカー発見のための偽彼氏。
今回の件は全く関係がない。
ストーカーの事件だってまだ何も解決していない。
それでも助けてくれる。
自分のことを完璧だと言っていたが、性格以外はそうかもと認めざるを得ない。
助けてくれて本当にありがとう。
今日で私はこう思った。報酬なんかじゃなくて、
あなたとお友達になりたい。