あの日の‥‥‥
「な、泣くほど嬉しかったの!?」
そうだよ。だって俺が言われたいことばの一つだからな。しかも雛野のようなすごい人に言われたんだ。
こんなに嬉しくなるのは当然だろ?
でも泣き顔は見られたくないから袖で目を擦って涙を拭く。
「‥‥‥あ、ああ。嬉しかったよ。
だって雛野になんでも命令できるからな!」
でも、こんなに情けないことは教えない。
「‥‥‥あんたはそんな人間じゃない。
私が認めた人なんだから。
悠凛さんの弟なんだから。
私に、何か隠してるわよね?」
「別に何も隠してないぞ?
いつも完璧、それが俺、七河蒼空だ」
「あんた、風邪引いてた時にこの教室で
色々話してたわよ??」
「!!」
ま、マジか。何言ったか全然覚えてない。完璧な俺がボロを出すなんて。どうやって誤魔化そう。
「ま、いいわ!」
「‥‥‥え?」
「それは後にしましょ。
今は、あんたの命令を聞くのが先。
さあ、なんでも一つ命令して!」
俺の件についてはスルーしてくれた。
そして俺の命令か。そんなの一つに決まってる。
「‥‥‥わかった。じゃあ今から言うぞ」
「な、なんでも来なさい!!!」
「勝負の件で隠してることを言ってくれ」
「‥‥‥え???」
これが俺の命令だ。俺はもう気づいている。雛野は隠してることがあると。根拠はある。俺の勘違いじゃないなら。
これ以上、お前に我慢はさせない。
このまま終わったら俺たちは、対等な関係じゃないから。
「な、何言ってんの?それが命令?
隠してることって何よ?」
「誤魔化しても無駄だ。俺はもう気づいてる」
「‥‥‥何に?」
「本当は、テストも勝負の一部だったんだろ?」
そうだ。雛野は必ず俺とテストで勝負する気があった。完璧な俺が言うんだ間違いない。
「!! はぁ?」
「だっておかしいだろ?
テストが勝負に関係ないなら、雛野があんなに
勉強する必要はない。
明らかに俺に張り合ってる感じだった」
「! 私は普段から勉強してるわよ!」
「これが根拠だと少し弱いか?
じゃあ図書室で俺たちが勉強してた時、
俺より先に帰ると嫌って言ってたのは?
相手に負けたくなかったんじゃないか?」
「そ、それは私が負けず嫌いだからよ!!
それに、あんたの魅力が知りたかったから
観察してたのよ!」
「負けず嫌いは本当だけど、観察は嘘だな。
俺はテスト期間、誰かに観察された気がしない」
「あんたが鈍いだけじゃないの!?」
「まだこれじゃ根拠としては不十分か。
じゃあ、公園で話してた件はどうだ?
『私には勝てない』とか、
『完膚なきまでに叩き潰す』とか言ったよな?
明らかにテストで勝負する気があったとしか
思えない」
「そ、それは‥‥‥」
「どうなんだ?
これでもまだ隠してないと言えるか?」
「‥‥‥」
「じゃあ俺の結論を言う。
最初はテストで勝負をする中で俺に魅力があるか
確認するつもりだった。
テストだと少なからず誰でもがんばるからな。
そしてテスト期間中に何が理由、根拠か
わからないが俺の魅力を発見した。
そこまでは順調だった。
でも俺が体調を崩したことでテスト勝負に
ならなくなった。
しかも原因が自分が傘を借りたことだと
テスト前日、この教室で
俺の話を聞いて思い始めた」
「‥‥‥」
「だからテスト勝負はやめようとしたんだろ?
自分が原因で勝負に影響したことが許せなかった。
そのまま自分が勝つことに罪悪感があった。
違うか?」
「‥‥‥」
「どうだ?」
「‥‥‥そうよ」
雛野がついに認めた。俺、探偵の素質ある?
「その通りよ。私のせいで勝負にならなくなった。
しかもそれで私が勝ちだなんて、絶対に嫌!!」
「な、泣くほど嫌なのか?」
「そうよ!!!!
今回あんたを巻き込んだのは私!
あんたが風邪引いた原因も私!!
あんたが風邪引いてテスト受けられなくて、
私の不戦勝なんて言えるわけがない!!
あんたの努力を馬鹿にしたくなかった!!
そして何より、そんなの私自身が許せない!!
私のせいであんたが風邪引いたのに、
それを理由に私が勝ったなんて言えると思う!?
そんなの無理!!
私はこんなに自分勝手なのよ!!
悪い!!?」
「わ、悪くないです」
雛野が涙を流している。悲しいというよりは、悔し泣きみたいな感じだ。本当に真面目なやつだ。
俺は泣き始めた雛野に背を向ける。泣いてるところなんて、見られたくないよな。完璧な俺は、相手の気持ちを理解できるのだ。
それから俺は、雛野が泣き続けるのを背中に感じていた。
少し時間が経つと、雛野は落ち着いた。俺は振り向いて雛野が泣き止んだことを確認する。
同時にジト目で俺を見てることに気づいた。
「隠そうとしたのがバレたなんて、
1番恥ずかしい‥‥‥あんた、鬼なの?」
「そ、そんなに酷いことした?」
「もういいわ。さすが悠凛さんの弟ってことで
私を辱めたことは許してあげる」
「言い方!? 誤解生まれるからやめようね!?」
「私も一つ聞いていい?」
俺の意見はスルーするのかよ。
「なんだ?」
「なんで『命令』を使ったの?
私に隠してたことを話させるまでもなく、
あんたは気づいてたじゃない。
完全に無駄なことでしょ?」
「ああ、それはこれから行うことの準備だな」
「え? 準備?」
そう、これは準備。命令権なんて残ってたら、今から言うことは絶対に言えない。
あの日の‥‥‥リベンジ。
俺が勇気を振り絞った日の、リベンジ。
「雛野!!」
「な、なによ?」
「完璧な俺と、友達になってください」




