これが、俺の‥‥‥
俺は2年3組の教室の前に着いた。
正直に言うと少しビビっているが怖気付いてる時間もない!
「失礼します!!」
俺は勇気を振り絞って中に入っていく。
大声で言ったのはわざとだ。放課後だからわざわざ失礼すると言う必要がない。
これは目立つため。出来るだけ多くの人に聞いてもらうため。
「みなさんこんにちは! 元気にしてた?
みんなのアイドル七河蒼空です!」
2年3組の生徒たちは驚いてざわめき始める。
俺は今回の噂の張本人でもう1人の張本人の雛野のクラスにやってきた。驚くのも無理はない。
幸いこのクラスの担任はいなかった。良かった。
先生がいると間違いなく面倒な事になる。
席に座っていた雛野の方を見る。彼女はとても驚いている。
当然だ。関わらないようにしてた相手が自分のクラスの教室まで入ってきたんだから。超迷惑だろう。
ごめん雛野。許してくれとは言わない。
でも、絶対になんとかしてみせるから。
俺は教卓の前に移動する。自分のクラスで結愛との関係を明かした時のように。
「さあ、このクラスの人に聞いてほしいことがっ」
そう言った俺だったが、続きの言葉が出なかった。
え?なんでだ?なんで出ない?
気づくと呼吸が少し荒くなってきてる。考えがまとまらない。落ち着かない。落ち着かない。
落ち着け。落ち着け俺。なんで焦ってるんだ。焦ってる?俺は焦ってない。
みんなが訝しげに俺を見てくる。その視線が、俺の身体に異常を起こす。
呼吸が荒くなってきた。寒い。体が震える。頭が痛い。フラフラしてきた。
俺はやっと気づいた。
俺は、このクラスのみんなが俺をどう思っているか知らない。
他人の視線を、評価を気にしてる俺は自分の評価が決定しかねないこの状況が精神的に無理だったのかもしれない。
結愛との関係を明かした時は自分のクラスだった。
あのクラスになってから時間が経っていたため2年1組のみんなが俺のことをどう思っているけある程度わかっていて耐性があった。だからあの時は特に何もなかったのだろう。
いやそれはおかしい。結愛が学級委員にさせられそうになってるのを止めたときに大丈夫だった説明がつかない。
あの時はあのクラスになってまだ数日しか経ってなかった。みんなの俺に対する評価なんてわかってなかったはずだ。それなのに大丈夫だった。
なんで?原因がわからない。
いやそんなことは今どうでもいい!!!
なんで?なんで?よりにもよって今なんだ?早くなんとかしないといけないのに。
こんなことを気にしてる場合じゃないのに。
顔を下に向けてしまう。前を見ていられない。視線に耐えられない。
俺は、こんなに弱かったのか。
いや、そんなことはとっくに昔にわかってるんだ!!
今弱音を吐くな!!辛いけど我慢するんだ!!
「‥‥‥辛い?」
『あなたが辛い時に助けてくれるはず。
だから辛くなった時に見てほしい。
それはおまじない。そして思い出して』
胸ポケットに入ってる物を掴み、外へ出す。
ひとくちチョコレートだった。
『あなたは一人じゃない。私はあなたを見てる。
私はあなたを想っているということを』
俺、チョコレート好きなんて誰にも言ったことなかったぞ。なんで知ってるんだ。少し怖いぞ、結愛。
ありがとう、結愛。
俺はそのチョコを口に入れる。甘い。美味しい。
大好物を味わっていると今まで考えてたことが何だったか忘れていた。
「いや〜、あえて沈黙な時間を作ることで
注目を集める方法が効いたな!さすが俺!!」
「俺を大好きなみんな、意味ない時間取ってごめん!
こうでもしないと多くの人に聞いてもらえないと
思ったんだ!完璧な俺に免じて許してね♪」
よし、いつも通り話せる。
「俺が今から話すことを賢いみんなはわかると思う!
もちろん最近出た噂についてだ!
まあ俺は完璧だし、それだけ目立つから
色々な噂が出るのは仕方がない!
今回の噂は俺以外の関係ない人が巻き込まれた。
このクラスの生徒会副会長、雛野だ!
どうでもいいことを広めて彼女を傷つけるのは
やめてもらいたい!!」
そうだ。これが俺が考えた案。もはや案ですらない。
あえて噂のことを当人である俺が公の場で釘を刺すことによって、みんなが怖気付いて噂されなくなるのではないかということだ。
もちろんそれで解決できるとは思ってない。
でも明日からは中間テストだ。そんな日の前日に派手に行動すると雛野との勝負ができなくなる可能性がある。できるだけ穏便に済ませる必要があるのだ。
だからこれくらいが良いと思った。
そして2年3組を選んだ理由は単純だ。雛野のクラスだから。このクラスに釘を刺すことで雛野が生活しやすくなると思ったからだ。もし逆効果だったら雛野にひたすら謝るしかない。
あとは俺が、どれだけ牽制できるかで成功するか決まる。
俺の発言に対して2年3組のみんなが騒ぎ始める。
そして雛野は俺の発言に驚いているようだ。
完璧な俺でも彼女の顔を見ても何を思っているかまではわからない。
‥‥‥!!!
「‥‥‥雛野はがんばってるんだ!
それは同じクラスのみんなの方が
よく知ってるはずだ!!
毎日放課後は残って勉強してるし
生徒会の仕事もこなしてる!
努力を継続できるやつだ!!」
っ‥‥‥耐えろ、耐えるんだ!!
「‥‥‥そんな彼女が息抜きに俺と
話をするくらい普通だろ?
みんなが雛野を特別視してるから
彼女と距離が空いてるんだろ?
雛野はみんなと変わらない!
話の中で冗談は言うし楽しくなると笑う!
猫を可愛いと思い、話しかけようともする!
そういう可愛い面がたくさんある!」
ぅ‥‥‥言うことを考えるんだ!!!
「‥‥‥少し素直になれないだけなんだ!!
本当はみんなと話したがってる!
だって、違うクラスの俺と話すくらいだからな!
良いやつだから、仲良くしてほしい!」
‥‥‥っ、耐えろ、耐えるんだ俺。
みんなが? と浮かんでるような表情をしている。
そりゃそうだ。噂をやめろという話から雛野についての話になってるのだから。
雛野は顔を真っ赤にしてこっちを睨んでくる。
そりゃそうだ。自分にとって恥ずかしいことを言われ、本当の自分をみんなにバラされたのだから。
悪いとは思うけど謝る気はない。だって雛野は、みんなに好かれる本性を持ってると思ったからだ。俺は正しいことをしたと思ってるから絶対に謝らない。
今回の放課後に行動した俺の本当の目的は、雛野が生活しやすくすることだった。噂を消したいと思ったのもそれに含まれるんだ。
だから、これでいい。最後にバッチリ決める。
「っ‥‥‥言いたいことはこれだけだ!!
雛野は良いやつだから仲良くしてほしい!
仲良くなるためにも噂するのをやめてほしい!」
「‥‥‥でも、これからも俺以外の噂を流したら?
それが俺にまで届いてきたら?その時は」
満面の笑みで言う。これが、俺の本気だ。
「完璧な俺が、何するかわからないぞ♪」




