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フレムドゥング・ギア -少女兵器-  作者: 梯子のぼり
第2章 未成年娼婦拉致事件編
72/75

蘇我フヒト

 そいつは塔から飛び降りた。

 ゆうに百メートルくらいの高さはある。

 H型の塔の左右の支柱を蹴り、落下の衝撃を殺しながら、蘇我の運転するトラックへと急降下している。そのさなか、ロングケープの内側から刀のようなものを取り出した。電光刀かと思ったけど、刀身は光ではない。玉鋼で製造された鋼の刃――日本刀が流れ星のように煌めき、蘇我の運転するトラックへと迫る。

 猛禽類が獲物に爪を突き立てるように、そいつもトラックのヘッド――運転席へと刃の切っ先と共に降り立つ。着地の衝撃で窓ガラスは割れ、天井はグロテスクなほどへこんだ。

 タイヤが左右に振れ、同時にトラックのヘッドがけん引していたコンテナもバランスを失って大きく揺れる。ひときわ甲高いタイヤのスキール音が響くと、車体は大きく傾き、横転した。

 三車線全てを塞ぐようにして倒れこむトラックとコンテナは座礁ストランドした鯨を想起させた。

 ギルドンはサモセクを、ぼくは半壊したオープンカーを、それぞれ橋の上で停める。


「無芸よのう。いささか対応が遅すぎることを自覚せえ」


 見たことのない少女兵器はトラックが横転する前に飛び降りていたのか、道路に立っていた。

 髪はセンター分けの濃い翡翠色で黒っぽくも見える。もみあげが胸の辺りまで垂れており、上半分の髪は後ろで結うハーフアップになっている。額のまろ眉は日本式のお姫様ようだ。特に目についたのは前頭部に「国報生七」と書かれた日の丸の鉢巻を巻いていたことだ。大東亜戦争期の旧日本軍にそういった人はいたみたいけど、先の大戦の国防軍にそんな時代錯誤の恰好をする人はいなかった。


「あいつは……そうか」


 ネオ・スカイツリー占領事件のときにカズが出会ったという少女兵器だ。聞いていた容姿と一致する。その後、ヘレンからそいつに関する話を聞いたことがあるし、間違いない。

 最も愛国心のあるというコンセプトで設計された第漆ななの少女兵器。


「トウジョウ……なぜここにいるのでありますか……」


 ヘレンがその名を呼ぶ。


「汝が無芸故にじゃ。国賊をたくましくさせおって。妾がおらぬと本土まで侵されておったぞ」

「トウジョウがいなくても、ここで自分とミィルは止めていたであります」

「戯言ならもっと妾を笑わせることを申せ」


 唐突な第三者の登場にぼくは困惑していた。敵ではないだろうけど、何の脈略もなく現れた少女兵器に懸念を抱かざるを得ない。室長の命令であれば、ぼくが通信できない環境だったとしても、ヘレンを通して伝えられているはずだ。


「……うぐ、が、くそ……こんなところで……」


 そんな中、苦しげな呻き声と共に蘇我がトラックの運転席の窓から這い出てきた。

 右肩部分の服が真っ赤な血でびっしょりと濡れている。横転時に頭をぶつけたようで、額から血が滴り落ちていた。


「こいつを、こいつを、殺せ――ッ」


 蘇我は血を吐きながら怒鳴る。横転したコンテナの扉から疑似少女兵器が三体出てきた。不気味なほど同一の動きで、バイザー越しの視線をトウジョウへと向ける。


「ほほう。こやつらが我ら少女兵器の贋作か。ヘレン、助けはいらぬ。そこで見ておるのじゃ。まあ、見ていられれば、じゃがな」


 トウジョウはせせら笑うようにヘレンに告げる。

 すると、突然ロングケープを脱いだ。全身を覆う強化外機動装甲が露になる。


「姿が……消えていっている……」


 トウジョウの姿は鱗粉を纏うように顔が、からだが、手足が、消えていく。迷彩服のように景色に同化して見えにくくなっているわけではない。その場から消滅するように、空間に侵食されるように、姿が消えていく。

 数秒で日本刀も含む、トウジョウの全てが目の前からなくなった。

 少女兵器それぞれに備わる特殊な技能スキル――トウジョウの《光学迷彩》だ。電子メタマテリアルという負の屈折率を持つ物質を義体内で製造して、全身に纏うことで姿を見えなくしている。だから、本当に消えたわけではない。存在はしている。

 目標を見失った疑似少女兵器三体は呆然と立ち尽くしていた。

 ――なんの前触れもなく、三体の首が転げ落ちる。

 世が世なら妖怪カマイタチの仕業だと恐れられていたかもしれない。

 三つの頭部が思い思いの方に転がっていき、胴体も電池が切れた人形のように倒れ込んだ。

 地面に落ちた頭部の一つが地面からふわりと浮く。


「あいなし、あいなし。これで兵器を名乗るとは物笑いの種にもならぬ」


 トウジョウの声が中空に浮く少女の顔付近から響く。

 生首がぐるりと空中で回転して、蘇我の方を向いた。一瞬で疑似少女兵器という戦力を無くした蘇我だったが、目に絶望はない。顔や肩から血を流し、満身創痍の姿であっても、意志の炎は消えていない。


「蘇我フヒト。おぬしのたまの緒を取る。拘束はせぬ。即と死ね。蛮族は日本にいらぬ」


 冷酷にも死刑宣告を告げる。

 浮いていた生首がぽたりと地面に落ちる。

 ――トウジョウが動いた。

 ぼくの目には幽霊ポルターガイストのように浮いていた生首が突然落ちたようにしか見えない。けど、状況から推測するにトウジョウが蘇我を殺しに向かったのは確実だ。

 ぼくはヒミコを見る。ヒミコはヘレンに組み伏せられた仰向け状態から動いていない。視線は蘇我の方を向いているとはいえ、実父が殺されそうになる瞬間に何も感じていないようだ。拘束を解こうとすらしていない。


「来るな――ッ」


 蘇我は身に着けているコートの前面を開いた。体中にサイドポケットがついたベルトを巻きつけている。


TATP(サタンの母)――爆弾だ。近づいたらお前もろとも爆破する」


 手に起爆スイッチのようなものを掲げて虚空に向かって叫ぶ。


「首を落としてこようとも無駄だ。痛みを感じた瞬間に俺は押す。手を落とされようとも。試してみるか。賭けは一度きりだ。試行錯誤はできないぞ」


 蘇我は前方だけでなく、左右、上、はたまた背後へ見せつけるように起爆スイッチを掲げる。

 TATP(サタンの母)に詳しくないけど、体中に巻き付けてある量だ。本人の身体は跡形もなく爆散することは確実だし、近くにいれば無事では済まないだろう。トウジョウが持っているような日本刀の間合いならなおさらだ。

 不意に、疑似少女兵器たちの生首が転がっている少し先でトウジョウの姿が現れ始めた。なにもなかったはずの空間から次第に自身を形成していくかのように、全身を世界に出現させる。《光学迷彩》を解いたのだ。


「して、どうする。近ううちよせずとも殺す仕掛はなくもないぞ」

「……政府の犬どもに命を奪われるのだけは我慢ならん。自分の命の終わり方は――自分で決める。それが自由というものだ。

 今の日本は一部の政治家や金持ちが暴利を貪り、市民は職にもありつけず困窮し苦しい生活を強いられる。やっとありつけた仕事はロボットにやらせると高くつくからという理由で機械以下の低賃金の仕事しかない」

「その社会を欲したのも日本人じゃろうて。革命を語るくせに選挙というものを知らんとみえる」

「国民は望んでなんかいない。社会の輪から外れることを恐れたり、何かをしようとする気力と知性を取り上げられたりしているだけだ。誰かが日本を良くしようと動かなければ、この国はGHQに占領されたときから何も変わらないままだ」

「……人に根付いた思想は急に変わらぬ。おぬしの言の葉を聞き、振舞いを見、感銘を受けたところで、しょせん一時的な面影でしかなかろう。明朝の固粥を食うとるきわには頭の中から消え去っておる」

「かもしれない。だが、誰かがやらねば変わらないのは既成事実だ」

「それもここまでのようじゃがの。おぬしの夢見がちな心魂は嫌いじゃが、国を想う志に嘘偽りはないようじゃ。後世では手法を習うて参れ。痛みは覚えさせぬ」


 トウジョウが鞘に戻していた日本刀の柄に手を置く。

 近づくな、と蘇我は攻撃の構えを取ったトウジョウへ叫ぶ。


「一匹の男の最期の言葉だ。その場で静聴しろ。俺はやるべきことをやった。恥ずべきことはなにもない。いずれ国民が気付く。いや、気付かなくてはこの国に未来も幸福もない。緩やかに死へと向かうだけだ。大いに学び、偽りの平等と自由に目を向けろ。閉じた瞳で真実は見えない。俺の命をそのための第一歩に使う。日本が良き道を往くことを、俺はあの世で見ているぞ――ッ」


 高らかに、天へと咆哮する。

 蘇我にそれ以上の言葉はなかった。

 自身の身体に巻き付けたTATP(サタンの母)を爆発させた。鼓膜が引き裂かれそうな爆音が響く。爆煙と共に蘇我がいた地点から四方になにかが吹っ飛んでいくのが見えた。それらが蘇我だったものであることに気付くのに少し時間がかかった。部位の判別が分からなくなるほど離散した肉片が橋の上に落ち、勢いよく吹き飛んだどこかの部位は橋の下を流れる東京湾へと落ちていく。

 トウジョウとは違った形で蘇我の姿は目の前からなくなった。

 肉片や臓器は道路の節々に散らかっている。顔らしきものはどこにもなかったから海の底に沈んでいっているのだろう。


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