ラブホテル
闇医者がいるガロンビルから出たのが十二時。時間も遅いが念のために、風俗街の『Melek Taus』に寄ってみた。通りにはぐでんぐでんに酔っぱらった若者や、吸い終わった煙草を足で踏みつけている風俗嬢がいた。
不夜城のごとく活気があふれかえっているが、目標の府馬ヒミコらしき未成年娼婦はいない。
翌日。
日が落ち、風俗街が活気づき始めたころに付近を探してみた。見つけられない。探す。見つけられない。表通りを、裏通りを、路地裏を歩いて、街が静かになって東の空が明るくなり始めたころに諦めて自宅へ戻る。
睡眠をとって再び起きたら昼間だ。すっかり昼夜が逆転してしまった。健康に悪いな、とハムとチーズを挟んだサンドウィッチを食べながら考えてしまって苦笑する。任務中に銃で撃たれたり、ナイフで首元を掻っ切られたりするかもしれないのに、昼夜逆転程度の健康の悪さを気にするなんて、まだまだ余裕があるみたいだ。
――再び風俗街に向かう。
金曜日ということもあってか、通りは人が増えたように思える。サラリーマンが花金だと居酒屋に入っていく。上司らしき年配の男は楽しそうだが、部下らしき若い男は疲れ切っているのか人形のような表情を浮かべていた。それでも、上司が振り返ると営業スマイルを浮かべられるのは社会人とやらの鏡なのだろう。
他にも講義を終えた大学生の集団が教授のことやサークルのことについて騒ぎながら安めの居酒屋に吸い込まれていっている。
そういったやつらが店から出てきて、顔を赤くしながら二次会をどこにしようかと路上で話し合ったり、アスファルトにゲロをぶちまけたり、財布が盗まれたと騒ぐ酔っ払いが悪態をつく頃、風俗店も活気を見せ始める。
いつの間にか、化粧の厚い女や店のボーイたちが道行く男たちに声をかけ始める。その陰に隠れて未成年の女の子がちらほらと見える。
闇医者によると、府馬ヒミコという未成年娼婦は『Melek Taus』というストリップクラブの近くにいるらしい。今日こそはいてくれよ、と祈りながら足を運んだ先に制服の少女がいた。
黒のセーラー服にロングスカート。胸元には赤いリボン。黒のストッキングに同じく黒のローファー。大通りを行き交う人々にじっと視線を向けている。片霧エリと大音マナに近い年齢なら十三歳から十五歳で女子中学生か。
やせ細っていて全体的に肉付きが少ない。頬は痩せこけていて、裾から覗く手と指は細いというより肉がなく骨のようだ。
黒い髪の毛は傍目から見ても手入れされていないことが分かるほど、傷んでパサついている。前髪は眉毛を覆い隠し、毛先は目を塞ぐように揺れている。
生気があまりにもなく、濁った瞳は虚空を見つめているように思えた。
精巧に作られたラブドールだと言われても信じていたかもしれない。
失礼だが、最初に抱いた感想が本当に人間なのだろうかということだった。
数日前にソニアが未成年娼婦として接触してきたけど、あの兵器は人間の子供のように感じた。それがどうだ。府馬ヒミコらしき人物は人間というにはあまりにも生気が希薄だ。
「ヘレン、きみは周囲を警戒しておいてくれないかな。警察かギルドンのような怪しい人物がいたら教えて」
「了解であります」
ヘレンは頷いて、近場の裏路地にロングケープを靡かせながら消えて行った。壁を蹴る音がわずかに聞こえてきたので、ビルの屋上にあがったのだろう。
「さて……」
警戒されて逃げられたり情報をくれなかったりしたら面倒だ。まずは友好関係を気付いていこう。
「こんばんは」
ぼくは少しばかりの笑顔を浮かべて、ネオンの光に照らされる少女に話しかける。音に反応するロボットのように、黒く濁った眼がぼくに返された。
「……はい」
短い返事のみが返ってくる。
信頼関係は双方のやり取りによって成立するものだ。どうにもやりづらい。表情もほとんど変わっていないので、ぼくに対してどういう第一印象を抱いたかさえ分からない。
「こんなところでなにしているんだい」
「売春……」
とんでもないことを目の前の小さな少女はさらっと告げる。
「……へえ、そうなんだ」
「そう。ホ別イチゴで……」
売春用語だ。ラブホテルの料金は別で一万五千円、というのを略している。淡々とレジで金額を告げるサービス業のスタッフのようだ。
「お兄さん、日本語分かる……」
「ああ、分かるよ」
「買うの……買わないの……」
やりづらい相手だ、と再び思う。これならヘレンやパスティ、アーヴィングを始めとする少女兵器の方が思考を読み取りやすいし、感情に対して共感しやすかった。
諜報員として情けない話だけど、告白しよう。ぼくは府馬ヒミコの感情や思考を読めないでいた。
一つだけ、推測できたことがあるとすれば、仕事をしているのだから冷やかしなら帰ってほしいということだろうか。身体を売って生計を立てているのだとしたら、ただの世間話をするやつなんて鬱陶しいだけだ。
「買わせてもらうよ。その前に名前を訊かせてもらえるかな。お嬢ちゃんって呼ぶのも風情がないからね」
「府馬ヒミコ」
闇医者の言っていた人物で間違いないようだ。人違いだったら笑い話にもならない。
片霧エリと大音マナのことについて、どこから話を切り込むべきか。数秒ほど沈黙して考え込んでいると、府馬ヒミコがぼくの顔を覗きこんできた。
「ここでするの……」
「いや、移動しよう」
風俗街の通りで、成人男性がセーラー服の少女にずっと話しかけるのも目立って仕方ない。人目のつかないところ、という意味でならラブホテルの個室はもってこいだ。
◇ ◇ ◇
風俗街ということで、ラブホテルというのは少し歩いただけで密集した区画が現れる。周囲を歩く男女の関係性は恋人同士だったり、不倫だったり、デリバリーヘルスだったり、多種多様だ。ゲイカップルの同性愛者もいた。
ラブホテルを使うことになるかもしれないと事前に調べておいたので利用する店舗は決めていた。敷地前の電子看板には「高天原」と書いてある。熱心な神道家がいたら泡を吹いて倒れそうだ。
イメージは日本の城なのか、ホテルは土塀で囲われている。櫓門――見張りがいるところに人はいなくデザインを借りているだけのようだ――をくぐって敷地に足を踏み入れる。
エントランスは石畳が真っすぐと伸びていて周りには砂利が敷き詰められている。一定の間隔で灯篭が置かれており、人魂のような淡い橙色の光を発していた。入口の扉には「休」と筆文字で大きく書かれており、左右には元旦も終わってかなり経つのに門松が置かれていた。
日本を感じられるものを置いておけ、という経営者の雑な発想を察せられる。
とはいえ、近辺で一番料金が高く、セキュリティ性も高いという評判だった。見たところ、清潔さはビジネスホテルやシティホテルにも引けは取らない。
「ヒミコちゃんは何歳なんだい」
ロビーに足を踏み入れながら尋ねる。相手の緊張や警戒心を解いてやりたいので、いくつか会話くらいはしておいた方がいいだろう。
「十四歳……」
「へえ、随分と若いね。その制服は中学のかな。今日は学校帰りかい」
「学校の。卒業生が残したものを無料で貰えて、それ以外の服を持っていないから……。学校は、行ってない」
「そうなんだ……趣味とか、休みの日は何をしているのかな」
「何も……」
無言。そして、静寂。
ロビーは日本庭園の意匠がこらされており、歩くところには飛び石が、それ以外は砂利が敷き詰められていた。室内の角にはししおどしが置かれている。水がたまったのか、竹筒が倒れて風情な音を立てた。
ぼくらの間に会話はないのでしっかりと聞こえる。
「これで部屋を選ぶのかな」
壁面には松竹梅のそれぞれのイラストが描かれている。その上には絵柄と同じ漢字が書かれているプレートが指認証機器と一緒に並んでいた。このホテルでは松、竹、梅の順番で部屋の等級を分けている。一番高い松のランクで認証を行うと、認証機器の上部に八〇四号室とホログラムが浮かんだ。
そして、鉄扉の前の認証機器に再び指を置き、ロビーを抜けると、竹林に左右を挟まれた真っすぐな通路が現れた。
ラブホテルなのに外見から内装まで随分と凝った造りだと感心する。竹は造りものだろう。成長の早い竹を室内で管理するのは大変なはずだ。
歩きながらヒミコの風貌に目を移し、再び会話のきっかけになりそうなものを考える。
「ポケットの中には何が入っているんだい」
スカートのポケット部分が少し膨らんでいるのに気づいて声をかける。
「……本」
「何の本かな」
そう尋ねると、ヒミコはポケットから文庫本を取り出した。表紙には海から顔を出した美女がガレオン船を眺めている絵が描かれていた。
タイトルは『人魚姫』だ。
中をざっと捲ってみる。挿絵は多いが小説ということが分かった。
「アンデルセンが好きなのかい」
「アンデルセン……それって誰……」
「この本を書いた人だけど……」
「そうだったんだ」
興味がなさそうにヒミコはぽつりと言う。
今どきの女子中学生がアンデルセンを知っているかどうか。そんなことは国防軍の諜報員でも知っている人は少ないだろう。国防に女子中学生の流行は必要ないからだ。
とはいえ、十八世紀から現代まで世界に名を轟かせる人だし、自分が持っている本の著者も気にしないものなのか。
「どうしてこの本を」
「……お父さんがくれたから。あたしは会ったことないけど……」
未成年娼婦だから家族関係は複雑なものだと容易に察せられる。藪をつついて蛇を出したくないから話題を変えよう。
「本の内容……人魚姫は面白いかな」
「面白い……分からない。ただ読んでいる。たくさん、たくさん」
「どういったところが好きなのかな」
「好き、とは違う。人魚姫はあたしだから。お兄さんは人魚姫、知ってる……」
「ああ、知っているよ」
「人間には魂がある、けど人魚には魂がないの。あたしは多分、魂がない。きっと死んだら泡になる。風の精にもなれず……」
人魚姫といえば、恋した王子と結ばれないので悲恋として語られることが多い。なので、ヒミコが語ることには驚かされた。
確かに『人魚姫』では、人間には魂があり死後は天国に行くが、人魚は魂がないので泡となって消えるという設定だ。
「あたしは人魚姫だったんだと思う。魔女に尻尾を足に変えられたから、足がついているけど……。だって、あたしに魂がないから……」
竹林の通路が終わり、エレベーターの前まで辿りついた。乗り込んで八〇四号室がある八階へと向かう。
「魂がないってどういうことだい。きみは人間だよ」
「人間に見えるのは魔女に人間の体になる薬を飲まされたから、だと思う……。だって、あたしはただ生きているだけ……したいこともないし、喜ぶことも楽しいことも悲しいことも怒ることも……分からない……。それは魂がないってこと……」
「魂の定義にもよるんじゃないかな。大丈夫、きみは人間だよ」
と言いつつ、ぼくはヒミコを初めて見た時の印象を思い出す。本当に人間なのか、ということだ。今でも生気を感じられなくて、正直なところロボットのようだと思っている。
――ヘレンと出会う前のぼくのようだ。
無人兵器脱走事件まで、自分は上からの命令を聞いているだけで、人間ではなくただの道具じゃないのかと思っていた。周りから見ると、ぼくもこんな人間だったのかもしれない。
エレベーターが八階に辿り着いたので降りた。通路は一階と同じように竹が左右を囲んでおり、一定の間隔で扉と部屋番号のネームプレートがある。八〇四号室を見つけると、認証機器に指を置いてロックを解除した。
部屋も和風の意匠をこらしたデザインになっていた。
日本庭園風の中庭が部屋の隅で再現され、机と茶菓子が置かれた和室とベッドが置かれた和室が見える。どちらも畳が敷かれており、丸窓や障子など和モダンが意識されていた。
回廊を進み、靴を脱いで、机と茶菓子の和室へとあがった。ヒミコもローファーを脱いで、畳の上にあがる。
「シャワー浴びるの……」
「いや、浴びなくていいよ」
ぼくは幼女趣味でもないし、買春しにきているわけではない。あくまで大音マナ、片霧エリの情報を貰いに来ているだけだ。さっさと情報をもらおう。
とはいえ、茶を飲みながらでも話はできる。座布団に座り、机の上に用意されていた急須に茶葉を入れた。お湯を注いで軽く振った。
「きみも飲むか――」
ヒミコにもお茶を飲むかどうかを尋ねようと顔をあげたぼくの視界に映ったのは、十四歳の全裸姿だった。
肌は青白く、病的にやせ細った身体は皮と骨でできているようで肉付きがほとんどない。まだ成長期とはいえ、胸は真っ平で膨らみがこれっぽっちもなく、それどころか肋骨が浮かび上がっている。
四肢も皮と骨だけのように見え、足はどうやって自分の体を支えているのか不思議でならない。戦時中であれば孤立して支援を受けられなくなった部隊、収容所での違法な待遇を受けている捕虜、隔離された餓死寸前の村人はこういった肉付きだった。
戦争も終わってしばらく立つのに、平和な日本にこんな少女がいるのか。言葉にならない嫌悪感に襲われる。金を払ってそれを喰いものにしている下衆な男たちに対しても。
太ももの付け根の小丘にはうぶ毛も生えていない。股間部分をモザイクで隠してしまえば、胸や他の体つきからは少年なのか少女かの判別すらできなさそうだ。
「……ねえ、お兄さん」
唖然とするぼくに全裸のヒミコが足と手を伸ばす。座ったままのぼくにまとわりつくように腰を下ろす。力ない細い腕がすーっと背中をなぞった。
軽い。存在のないような軽さだ。
扇情的な動きで眼前に腰を下ろしたヒミコにはその感情しか抱けなかった。
生きているのか、死んでいるのか、そこにいるのか、分からない。
乾燥したぱさぱさした唇が近づいてくる。
キスになってしまう前に指を立てて動きを止めた。
「しないの……」
ヒミコは羞恥もなく、淡々と尋ねる。
ああ、飲食店のスタッフが店内で食べるか、テイクアウェイするかを尋ねるときと似たような感じだ。
つまり、事務的でただの仕事としてこなしている。
「しないよ。それよりも、どうして脱いでいるんだい」
「お兄さんが浴びなくていいって……シャワーを……。そういう人なんだなって……」
「……勘違いさせてすまなかったね。とりあえず、服を着て座ってくれるかな」
ヒミコは黙って立ち上がった。畳の上に落としていた白いパンティを拾って足の間に通していく。
じっと見つめるわけにもいかないので、セーラー服の衣擦れ音を気にしないようにしつつ、急須からぼくの分とヒミコの分の二つを湯呑に注いだ。
一口飲んで待っていると、セーラー服を着なおしたヒミコが真正面の座布団に座った。
「どうして、未成年娼婦なんかやっているんだい」
病的にやせ細った全裸の姿を思い出して、ぼくは思わず尋ねてしまう。
「どうして……お金が欲しいから……」
「……きみみたいな子供がこんなことをするべきじゃない」
「お兄さんは好きなんだ、お説教。前にもそういう人いたよ。子供が男の人に身体を売ったらだめって」
その時のお客さんは腰を振り終わった後だったけど、とヒミコは付け加える。
「でもね、別のお客さんは言っていたの。広告代理店っていうお仕事をしているお兄さんと同じくらいの年齢の人……。会社が忙しくて、自分は奴隷だって。時間も身体も会社に拘束されて辛いんだって。まだ赤ちゃんを生んだこのないあたしをママって呼んで泣きながら抱きついてきた」
その時のお客さんはそれから腰を振り始めたと、ヒミコは付け加える。
「大人は肉体と時間を会社のために使ってお金をもらっている……。あたしも男の人のために肉体と時間を使ってお金をもらっている……。何も違うことはない、と思う。みんなが言う大人と子供って言葉の意味が分からない……背が大きくなれば大人なの……」
「それもそうだね……。すまない、変なことを訊いてしまった」
大人と子供の違いか。
――かつて子供は存在しなかった。
そんな奇妙なことを言ったのはフランスの歴史家フィリップ・アリエスだったか。中世ヨーロッパでは子供は存在せず、現代で子供と呼ばれる世代は「小さな大人」として捉えられていた。「小さな大人」とは何か。労働者予備軍だ。七歳ほどになると徒弟修業や奉公に出されて、大人と同じように働かされた。だから、現代の子供のようにセックスもアルコールも禁忌とはされず、大人たちから遠ざけさせられることもなかった。
子供という概念が生まれ始めたのは上流階級が息子や娘に教育を施し始めてからだ。それが社会に普及していき、学校制度が始まった結果、子供という概念が誕生した。
そして、道徳的で理性的な人間に育て上げるために、子供という概念の枠に当てはめられた者たちはセックスとアルコールから遠ざけられた。
現在では十八歳から成人だと当然のように思っている日本だって平成の終わりぐらいまで二十歳が成人だと言われていた。国会議事堂のお偉いさまの思い付きで子供と大人の枠は簡単に変えられてしまう。
大人と子供の違い、というのは意外と難しい。
「それで……お兄さんは、着て、したいの……」
「ああ、すまない。実はそういうことをしたくて、声をかけたわけじゃない。きみは大音マナと片霧エリの友達だと聞いてね。その二人が拉致されているから、知っていることを教えてほしい」
「友達……は違う。少し話したことがあるくらいで……知り合いかな……」
「まあ、きみたちの関係性は深くは訊かないでおくよ。教えて欲しいのは二人が関わっていたことや、何かに怯えていたとか。もしくは、拉致を実行しているのはギルドンって呼ばれている男なんだけど、そいつについてとか」
「……エリちゃんは知らない。マナちゃんは……お兄さんは、マナちゃんが拉致された日って分かる……」
「正確な日は分からない。十二月二十六日以降ということは確かみたいだよ」
ヒミコは茶菓子を食べてから、仮想ウィンドウを開く動作をした。しばらく弄って、ぼくに視線を戻した。
「マナちゃんから電話きてた……十二月二十六日の二十二時に。数秒くらいだけど……」
「なんて言っていたんだい」
「よく覚えていないけど、助けてとか、車の中とか、大きなトラックが見えるとか……数秒くらいで切れたから気にしてなかった……」
状況的にはギルドンに拉致されている最中のようだ。助けを求めて知人に連絡をしたというところだろうか。
「その時、周りの音って聞こえたかな。他の人の声とか、車が動いている音とか」
「聞こえていなかった……と思う」
ということは、移動中ではなく、どこかに止まったときだろうか。電気自動車とはいえ、走行中は全く音が発生しないというわけではない。大きなトラック、というワードも気がかりだ。
「ん、このことは警察に言ったのかな」
「言っていない……マナちゃん、電子ドラッグやってて変な電話をかけてくるときがあったから、これもそうだって……」
「ああ、責めているわけじゃないから気にしないで」
「お兄さんは警察の人……」
「違うよ。ただのしがない記者さ。ここ最近、未成年娼婦が拉致されているって聞いて調べているんだ。きみも気をつけるんだよ」
「……分かった」
「他に何か知っていることはあるかな」
ヒミコは黙って首を横に振る。
いくつか質問させてもらっていいかな、と茶菓子とお茶を交えて尋ねてみたが、重要と思える情報はなかった。
それにしても、話している最中にもヒミコの感情が希薄だということを感じてしまう。まるでチューリングテストだ。
本人が言っていたように魂がない、というのも納得してしまいそうになる。
未成年娼婦をいつからやっているかはさすがに訊けないが、小さいころからだと仮定すると、男からヒミコという個人ではなく、ただの道具として抱かれてきたせいだろうか。
ぼくも少し前まで自分は命令を受けて動くだけの道具で、それならぼくじゃなくてもいいし、ぼくが死んでも変わりがいると思っていた。
だから、なんとなくそういう気持ちは分かってしまう。
「お話、ありがとう」
話を終えて、ぼくは財布から一万五千円を取り出して渡した。元々、そういう値段ということでついてきてもらっていたし、情報量と考えると悪くはない額だ。
ヒミコは受け取った金銭を黙ってポケットに突っ込んだ。
その動作も嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく、虚ろな目で淡々として機械的だった。