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フレムドゥング・ギア -少女兵器-  作者: 梯子のぼり
第0.5章 ロシア連邦保安庁編
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ブリーフィング

 地下一階に辿り着き、ブリーフィングルームに入ると、十数人の見知った顔のロシア連邦保安庁のメンバーたちが長机を囲むようにして座っていた。年齢はばらばらでセルゲイのような五十代もいれば、アナスタシアのような三十代もいる。男性がほとんどで、女性はアナスタシアと車椅子に腰掛けるブロンドの二十代の女性のみ。ロシア連邦保安庁のメンバーで幹部と呼ばれている者たちだ。

 幹部の中でもリーダーであるセルゲイのチームと副リーダーであるアナスタシアのチームで分けられている。イワンはアナスタシアの隣に腰を下ろし、セルゲイは向かい合うようにして座る。アナスタシアたちが最後に着いたようで、セルゲイは一呼吸おいて口を開いた。


「さて、諸君。こうして一堂に会するのは久しぶりだね。皆の顔が見られて私は嬉しいよ」


 長机の周りを囲むようにして集うメンバーたちは次の言葉を待つ。


「まずは組織的な目標を確認しておこう。分かりきっていることだが口に出すという行為を経ることで認識力が高まる。我々の結束も。

 第一に統一ロシア党の復興。ロシア連邦保安庁は解体されたが、祖国では我々の同志が本来のロシアを取り戻すために動いている。名前や形は無くなっても、意志という炎までは消すことはできない。第二に日本への報復。ただし、我々は誇り高きロシア人だ。自爆テロも虐殺も行わない。第一の目標のために、その原因を作った日本人には積極的に犠牲になってもらおうということだけだ」


 そこで一旦、言葉を区切ってセルゲイは一人一人の顔を見渡す。自分の言葉が他人にどのように影響を及ぼしているか反応を伺っているのだ。


「そのためにも、我々は東京拘置所で不当に拘束されているユーリ・ポリヤコフを始めとする同志を救い出さなければならない」


 ――ユーリ・ポリヤコフ。

 第三次世界大戦中、ロシア連邦保安庁で日本における諜報活動を指揮していた。対日という意味では実質的なトップだ。セルゲイからアナスタシアへの命令も、ユーリの方針や命令を受けたセルゲイから降りてきていた。

 九州の実効支配中における占領政策もユーリからのアドバイスを元にお偉方が決定していたとも聞いている。

 そんな英雄も壇ノ浦海陸戦から始まった日本の九州奪還作戦により、最後は拘束されてしまい、戦後の裁判を経て、東京の拘置所で収容されている。判決は終身刑。死ぬまで拘置所から出られない。


「拘置所はいわゆる戦争犯罪者と呼ばれる者たちを多く収容していることから国防軍が警備を担当している。私たちのように同志を不当な拘束から解放しようとする者たちがいることを想像してか、常に銃を携帯して見回りを行っているようだ。襲撃による解放は難しいと言わざるを得ない。警備の隙もないわけではないが、必ずどこかで戦闘が発生する。拘置所の襲撃によるユーリの解放はやめておいた方がいい」


 それから集めた情報を淡々と話して、私たちの調査は以上だ、とセルゲイは締めくくった。

 現在、ロシア連邦保安庁は拘置所のユーリを解放するために動いている。その調査をロシア連邦保安庁はチームで分けて行っていた。セルゲイが率いるチームは拘置所の攻略での解放を、アナスタシアが率いるチームは政府要人の拉致した後の交渉によるものだ。


「単独潜入はどうでしょうか」


 アナスタシアの問いに、


「非常にリスクが高いうえに、そうすると今以上に拘置所の詳細な設計図や警備の人数や配置も把握しないといけない。鍵も敵に悟られないような開け方を考えておかなければならない」

「なるほど。難しそうなのですね」

「ナスーチャの調査結果はどうだった」


 他のみんなの視線がアナスタシアへと向けられる。


「第一目標である廣川総理大臣は不可能でしょう。常にセキュリティポリスが張り付いて警戒していますし、講演会などでは予め狙撃ポイントをマークしている動きがありました。建物への爆発物も前日に調査を行い、当日まで見張りを付け、数時間前に再度、爆発物や不審者への警戒を行っています。移動中も前後にセキュリティポリスの車で挟んでいますし、首相官邸への襲撃も東京拘置所と同様に難しいでしょう。何らかのタイミングを狙う、としてもわたしたちに分が悪いです」

「前の総理が暗殺された結果だろうね。さすがに二度続けて総理大臣が暗殺とあっては面目が丸つぶれだろうさ」

「官房長官も同程度の警護はつけられていますし、他の官僚では交渉材料としての価値は低いかと。候補としてあがっていた機械人形ブラチーノ開発者の外藤亮二も新兵器の開発に着手をしたという情報もなくユーリ解放の材料としては低いと思います」


 アナスタシアは詳細な調査結果を報告していくが、どれも拉致が不可能である理由か、可能だとしても交換材料の価値にならない理由でしかない。この場にいる人物たちの表情は険しく、やや俯き気味になっていく。

 セルゲイも口元に手を当てたまま考え込むようにアナスタシアの言葉を聞いている。


「――以上のことにより、候補者の拉致は困難か意味のないものであると考えられます」

「ありがとう、ナスーチャ。他の皆もご苦労だったね」


 セルゲイとアナスタシアの報告に重苦しい雰囲気が場を包む。無理、で済ませるわけにはいかない。調査という名目での活動だったので、決行不可能というのも立派な調査結果ではあるのだが、そういった結論になってしまったのなら代案が必要となる。全員がそれを理解しているのだが、誰も口を開こうとしない。代わりになるような案を持っていないか、話せるほど考えをまとめきれていないかだ。


「私が言うのもなんだが、こうも黙っていては話も切り出しづらいだろう。なんでもいいんだ。まずは案を出していこう。実行の可否は気にしなくていい。ここにはロシアのエリートたちの頭脳が揃っているが、言葉にしなければ個人の考えから脱せない。我々は個ではなく集団だ」


 と、セルゲイが穏やかに話しかける。


「一つ、考えがあります」

「さすがはナスーチャだ。話してくれたまえ」

「拉致候補にいなかった人物で有力だと思われる候補がいます」


 誰ですか、とセルゲイのチームに属しているボリスが問いかける。


「国防軍陸軍幕僚長の平岡壽統(ひろのり)です。検索をかければ彼の大雑把な経歴は出てきますので、それについては各自で調べておいてください」

「陸軍幕僚長。ユーリの交換材料としては悪くはない肩書だ。それに平岡と言えば、大戦中に〈東亜の狐〉と恐れられていた人物だね」

「よくご存じですね」

「ユーリから何度か名前を聞いたことがあった。士官でありながら、私と同じ前線で指揮を執るタイプの人間だとも。直接の面識はないがね」

「それで、アナスタシアさん。どうして平岡陸軍幕僚長が拉致目標として有力なのですか。彼も警備くらいついていそうなものですが」と、ボリスがアナスタシアに尋ねる。

「警備はついていますね。それに危険な場所にも訪れることもほとんどありません。ですが、ある情報を入手しました。彼は戦勝記念日の夜に招魂神社を参拝するそうです」

「夜に神社を参拝というと、政府公式での行いではないね。何のためにそんなことを」

「まず招魂神社について説明しましょう。この神社は伊勢神宮や出雲大社のような古来の神々を祀っている神社ではありません。第三次世界大戦で戦死した日本兵を祀っている神社です」


 イワンが墓のようなものか、と訊いてきたので頷いておく。墓というと、少し違う概念になるのだが、それを生粋のロシア人に説明するのは難しい。その認識で支障がでるわけでもないのでアナスタシアは説明を続けた。


「平岡陸軍幕僚長は毎年、戦勝記念日の夜に参拝するそうです。イワンの言う通り、お墓参りですね。日本人的にいうと亡くなった兵士に敬意を表して、といったところでしょうか。少し理解しがたい日本の風習かもしれませんが……」

「その考えは私にも理解できるよ、ナスーチャ。私だって此度の戦争で命を賭して戦った多くの同胞に誇りと尊敬を覚えている。それに対して、兵士の魂が眠る墓を訪れるというのは国籍の違いによるものではない。だからこそ、不思議に思うのだが、なぜ平岡は夜に隠れるようにして神社を参拝するのかね」

「戦争に対して良く思わない人への配慮ですね。政府関係者の公式な参拝は今まで行われておりませんし、個人的に訪れるのも良くないという風潮があります。その考え方は日本の歴史的要因もあるので、不思議に思うかもしれません」

「それも理解できないわけではないよ。戦争反対者はどの国にもいる。そういった人がいる以上はわざわざ波風を立てたくないということだろう」

「その通りです。別に招魂神社に参拝することが死者への敬意を表す唯一の手段というわけでもありませんからね」

「だが、平岡は兵士が眠る墓を訪れたい。陸軍幕僚長の肩書がある以上は公式での参拝はおろか、プライベートでも難しい。そのため、夜中に隠れて行くというわけだね」


 そういうことです、とアナスタシアは頷く。


「公式でもなく、夜中に誰にも知らせずというと狙う隙はあるだろうね。さすがに一人というわけではないだろうが、隠れて参拝する以上は警護に当たるのも少ないか」

「二年前と去年は二人の警護をつけていたようです。今年も参拝するのか、時間帯や移動方法、そういった詳細なものについては今後集めていくつもりです」

「ふむ……悪くはないね。日本の戦勝記念日はいつだったかな」

「二月八日です」

「約三週間後か。準備をするなら急がねばならないね。私はアナスタシアの案に賛成だが、他の皆はどうかね」


 イワンが賛成だと言い、アナスタシアのチームのメンバーたちが続くように賛成していく。セルゲイのチームのメンバーも少し考えをする素振りをしていたが、全員が賛成に投じた。


「それでは我々の目標は国防軍陸軍幕僚長の平岡壽統の拉致だ。決行日は二月八日。当初の予定通り、情報漏洩を抑えるために我々幹部のみでの決行をしよう。ナスーチャのチームは平岡の行動予定についての情報を集め、日本政府との交渉方法について検討してほしい。私たちのチームは武器の収集と拉致方法、その後の身柄を拘束する場所を調べておく。

 それでは今日はこれまでにしよう。次のブリーフィングはここで一月二十七日十三時から行う。私のチームで集めた情報とナスーチャのチームで集めた情報を元に問題がないかの確認だ。以上、今日のところはこれまでにしておく」

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