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フレムドゥング・ギア -少女兵器-  作者: 梯子のぼり
第0.5章 ロシア連邦保安庁編
42/75

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新東京アイランド 道祖駅

二〇八五年一月十七日

AM10:14



 チェーン喫茶店ルナクロックを出たアナスタシアとセルゲイは通勤中のサラリーマンがいなくなり、人口密度の減った駅構内を抜けた。複雑に入り組んだ商業エリアの先にある海底駐車場の精算機前にイワンがむすっとした表情で立っていた。

 軍服を好む男だが、当然ながら一般人が大勢いる市内でそんなものを着るはずもなく、茶色のダウンロングコートとジーパンという地味な服装だ。


「待たせてしまいましたか」

「気にするな」


 イワンはぶっきらぼうに答えて精算機を操作し始めた。アナスタシアはアームフォンで時間を確認したが、約束の時刻から十分ほどしか過ぎていない。イワンの機嫌が悪そうに見えるのは通常通りなので怒ってもいないだろう。

 イワンが出庫の操作を終えると清算を促す音声ガイドが流れた。指認証機器と旧型のタッチ式認証機器が青く点滅する。イワンもアナスタシアと同様にこめかみに拡張チップを埋め込んでいない。腕に着けたアームフォンをタッチ式認証機器に近づけると清算が済んだ旨を伝える音声ガイドが流れた。

 すると、道路に面した壁の向こう側から機械の稼働音が鳴り響いた。数秒ほど待つと壁がスライドして開く。中は鉄筋コンクリートが蜂の巣のように規則正しく並んでおり、そこに様々な普通自動車や軽自動車が詰め込まれているのが見えた。

 隣接する建物によって構造に違いはあるが、新東京アイランドで海底駐車場と呼ばれている装置だ。人工島のいたるところに地上部分から底部まで縦上に建設してある。

 立花運輸倉庫と社名が書かれたハッチバック型の小型乗用車が道路脇に置かれて壁が閉まった。

 イワンは運転席へ、アナスタシアとセルゲイは後部座席に乗り込み、目的地である港湾地区へと向かって自動車は走り出した。



◇ ◇ ◇



新東京アイランド 中央区

二〇八五年一月十七日

PM00:02



 道祖駅は新東京アイランドの北区に属し、目的地である南区の港湾地区は島の反対側に当たる。北区から中央区に入るとビジネス街や行政機関の庁舎が増え始めた。

 イワンは自動車を自動運転に切り替えて、故郷であるロシアのことをセルゲイと話している。

 アナスタシアはロシア出身とはいえ、過ごした期間も短く、外に出られることが少なかったので思い出がほとんどない。

 二人の会話に加わらずに窓ガラスから外を眺めた。

 面白みのないコンクリート造りのビル群からぞろぞろとスーツ姿の男や女が出てきて飲食店を目指して歩いている。安物の人工肉クォーンの丼ぶり屋には長蛇の列ができており、弁当屋には配給を受け取るかのように人々が安っぽいプラスチック製のケースに入れられた食事を受け取っていた。

 まるでガソリンスタンドで給油待ちをする車のようだ、とぼんやりと考える。

 高層ビルの密集地から抜け出し、南区に入ってくると建物は倉庫や工場が目立つようになってきた。道路の幅も大型トラックやコンテナ車が走れるように広くなってきている。

 現在、南区は開発中の施設が多いため、建築用資材を積んだトラックやダンプカー、トラックミキサなどが道路を走っていた。メッシュシートで隠された工事現場のてっぺんからは赤白のタワークレーンが顔をのぞかせている。

 あちらこちらから建築の騒がしい音が響いていた。

 そんな南区の一画。比較的、完成後の姿が見え始めている倉庫の入口で車は停車した。仮囲いには「立花運輸倉庫 新東京アイランド一号倉庫」と記載されている。


《ID認証をお願いシマス。ID登録されていない方はパネルを操作し、係員までご連絡をお願い致シマス》

 

 仮囲いに埋め込まれたセンサが車に反応して告げた。モニターには可愛らしいが、作業現場には似つかわしくないアニメチックなキャラクターが認証をするように促している。イワンが窓から手を伸ばしてタッチ式認証機器にアームフォンを近づけた。

 イワンのアームフォンには関係のない日本人の情報が入っているのだが、機械である認証機器にはそれを判別する手立てはない。機械は情報を求め、与えられた情報を元にゲートを開けるべき人物かを判断するだけだ。

 認証機器はアナスタシアたちを善良な市民だと認め、ゲートは静かに開いた。



◇ ◇ ◇



 倉庫の三階まではほぼ完成しており、四階から上の階で昼休憩を終えた現場作業員や建設無人機が工事している音が聞こえた。

 そういうわけで、アナスタシアたちが歩く二階には誰もいない。

 ――立花運輸倉庫の従業員。

 アナスタシアたちが持つ偽装身分の一つだ。

 自分という人物を証明するときに「私は〇〇です」と自己紹介したところで意味はない。誰もそれを保証する人物がいないからだ。言葉だけなら何とでも言える。実際に、アナスタシアは大戦中にヨシカと名乗っていた。人数が増えると信憑性が増えるだろうが、それでも十分ではない。人の数が証明になるのなら、中学生の不良たちが徒党を組んで、自分たちは成人だと主張してタバコを買えてしまう。

 自分という身分を証明するとき、最も役に立つのが国だ。というより、一般人はそうしなければ、およそ自分を第三者に証明するのは難しい。自動車を運転するときも、セブンイレブンでキリンビールを買う時も国が証明してくれなければならない。母や父が自分の子供ですと紹介するよりも国が管轄するデータベースの羅列の方が社会にとって信頼性が高い。

 アナスタシアたちが持つ偽装身分も日本国が証明してくれている。

 実存する日本人の個人情報を乗っ取ったのだ。背乗はいのりと呼ばれる行為であり、ソビエト連邦の先輩諜報員たちが好んで行っていた。

 戦中の混乱期では生きているのか、死んでいるのか分からない人物が多い。特に独り身で社会とも関わりのない人物ともなると誰も気に掛ける人物はいない。そういった者たちを確実に消し、国のデータベースに保管されている身分だけ頂戴するのだ。

 国が管轄していることになっている個人情報マイ・ナンバーとはいえ、部分的に民間委託している自治体もあるし、いちいちその人物が本人なんかを調べようとも思わない。

 なので、アナスタシアたちはロシア連邦保安庁でもあるが、データベース上は犯罪歴のない善良クリーンな日本人ということになっている。

 倉庫の一番奥、無人機が貨物の入出庫をするエリア。クレーンを運ぶパイプ群が天井を覆い、貨物を収納するためのスチールラックが規則正しく並べられている。最奥の壁には灰色のコンクリートの壁しかない。

 イワンが壁に手をかざすと、壁面の一部がスライドした。一人が通るほど隙間が開き、その奥には下へ向かって続く鉄製の階段が見える。

 静脈パターンによる生体認証バイオメトリック。あらかじめ登録された者しか反応せず、その認証機器の広さも縦横一メートルほどしかなく、コンクリートの壁に偽造されている。知らない者にはただの壁でしかなく、登録されていない者には反応しない。

 そもそも認証機器を設置しているのが無人機で入出庫する区画であり、人が足を踏み入れることは滅多にない。


「二階から階段で下りていくというのも面倒ですね」

「倉庫は普通に稼働させるから一階には積み下ろしのトラックが入ってくる。無人が増えたとはいえ、有人で運ぶ会社もあるだろう。それに他社の営業も客として見学にやってくる。それでもばれないとは思うが用心に越したことはないからね」

「せめてエレベーターをつけてほしいものです」

「階段も良いものだ。この時間に考え事が捗る。思うに現代は全てのことに無駄な時間をかけないようになったせいで心の余裕がなくなったと思うのだがね」

「それは違いますよ、セルゲイ。無駄な時間をかけないようになったのではなく、かけられなくなったのです。ハイテクな機械の発明は社会の動きを加速させたのです」

「どういうことだ」

「例えば、昔は手紙を送るときにはポストに投函し、配達員が回収して、郵便局で仕分けをして、配達員が届け先のポストに投函するという工程を経ていました。人間はこうやって一日、二日をかけて情報を運んでいたのです。その間はセルゲイの言う無駄な時間をかけられていました。

 手紙がメールという電子媒体になると一秒で相手に情報を運べるようになりました。一日、二日の無駄な時間がかけられなくなったのです」

「確かに我々もエレベーターがあればもっと早く地下へと辿りつく。階段という古い方法で下りているおかげで、無駄な時間が過ごせている」

「もし、機械に人間が合わせるのではなく、人間にあわせるよう機械を発明したら違った世界もあったのでしょうね。昔は人間が道具を使っていたのに、今は道具が人間を使っているのです。当然、機械のスピードに合わせられない人間は心の余裕がなくなってしまいますよ」

「ほお、その考えには一理ある。というわけで、階段で下りるのも良いものだろう」

「それとこれとは話が別です。階段は疲れるではありませんか」


 そういった会話をしながら三人は階段を下りていった。

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