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フレムドゥング・ギア -少女兵器-  作者: 梯子のぼり
第1章 少女兵器脱走事件編
29/75

旧渋谷区

 皮肉なものだ。

 脱走した少女兵器を破壊するためにヘレンと組み、アーヴィング、パスティを破壊した。任務は成功。けれど、最後はそのヘレンが逃げ出した。

 理由はどうあれ、逃げ出したのであれば破壊しなければならない。

 ナイトクラブで燃えるアーヴィングを見て、ヘレンはぼくに脱走兵を処分したことがあるかと尋ねてきた。


「きみが初めての相手になりそうだよ」


 まずはヘレンがどこへ向かったかを探し当てよう。

 仮想ウィンドウを表示してヘレンのGPSシステムを起動させた。本来であれば地図上に彼女の現在地が青点で示されるはずなのだが、画面上にはERRORの文字が浮かんでいるだけだった。

 恐らくパスティの《電子操作》によって機能停止させられているのだろう。同様に破壊コマンドも使えなくなっていた。試していないけど、音声認識による破壊も無理だろう。

 さて。そうなるとぼくは自力で探さなくてはならない。どこに向かって、何をしようとしているのか。

 少し考えてみたけど、ヘレンが向かいそうな場所は思い浮かばない。


「餅は餅屋……情報は情報屋、か」


 大将のところへ赴き、情報を提供してもらおう。

 屋台が出る時間と曜日に決まりはない。大将が言うには「お客が望んだときが開店日ってもんですよ」とはぐらかされたのだけど、二十時以降くらいにはだいたい並んでいる。

 それまでぼくはその他の方法で探っていたけど、昨日の夜遅くに新東京アイランド中央区で目撃証言があっただけだった。

 日も落ちてすっかりと新東京アイランドに夜の帳が下りる。星の瞬きのない暗闇の空。ネオ・スカイツリーの3D広告は事件の影響なのか、まだ復活していない。鬱陶しいくらいに主張をしていた広告もなくなると、それはそれで寂しいものがある。

 そろそろ良い時間帯になったので目的地に向かった。

 道祖駅と神出駅の中間。高架の暗がり付近に赤い暖簾の屋台がぽつんと置かれていた。


「大将、情報が欲しい」


 コートも脱がずにぼくは席に着く。

 大将はラーメンのスープの状態を確認していた。味見皿を口元に運んで味わうようにスープを飲む。満足のいく出来だったのか無言で二度ほど頷いた。

 それからぼくに向き直った。


「食いやすかい」

「食べない」


 相も変わらず凄い臭いだ。鼻の奥がムズムズして堪らない。息を吸うだけで、その独特な豚骨臭が鼻の奥を這いずり回る。


「悪いね、大将。急ぎの用事なんだ」

「……まあ、いいでしょう。あっしが答えられるものなら答えますぜ。サービスするってえ言いやしたしね」

「ヘレン――ああ、この前ぼくと一緒に来てた女の子がいたのは覚えているよね。その子が……家出中なんだ。反抗期ってやつなんだろうね。何か情報を持ってないかい」

「その子でしたら、旧渋谷区で見かけたって聞きやしたぜ」

「目撃情報はいつ」

「昨夜の深夜一時。それから今日の昼の十三時。どちらもヒカリエ付近で見かけたそうですぜ」


 ネオ・スカイツリーの混乱も治まっていないのに、必要とする情報を持っていてくれるとは大したものだ。


「ありがとう。感謝する」


 昨日の夜と今日の昼に目撃情報があるのなら、今夜もまだ旧渋谷区にいるかもしれない。

 パスティとアーヴィングが最初に潜伏していたのも旧渋谷区だった。ヘレンはパスティの面影を追っているのだろうか。

 席に座ってすぐに立つのは失礼極まりないが、呑気にラーメンが茹で上がるのを待つわけにもいかない。


「西洋のあんちゃん。次来るときは家出娘のお嬢ちゃんも一緒にお願いしやすね。あの嬢ちゃんはあっしのラーメンの良さが分かる舌を持ってやすから」

「……ああ、そうだね。一緒に来れたら、ね」


 ナポレオンコートの内に隠すデガード銃がやたら重くなってように感じた。この銃をヘレンに向けなければならない。撃てばヘレンは死ぬ。粉々になって、鉄屑と化す。

 ヘレンも無抵抗ではやられないだろう。ぼくを電光刀が殺そうとするかもしれない。初めて会った時のロシア連邦保安庁の男のように。あるいはパスティのように。

 ぼくの隣を歩いていたのがほんの数日前の出来事なのに、何年も前のように感じてしまった。


 

◇ ◇ ◇



 目的地である渋谷に駅はあるのだが、大陸間弾道ミサイル(ICBM)が落ちてから停車駅ではなくなっている。その二つ前の目黒駅付近のコインパーキングに車を停めて、十数分ほど歩くと辿り着いた。

 ――旧渋谷区。

 かつて若者たちの熱気に溢れ、不夜城の街だった面影はどこにもない。 

 ひんやりとした空気の中、荒廃したビル群が亡霊のように建ち並んでいる。夜目で見ても、亀裂の入っていないビルがないこと分かる。無事なガラスなんて一枚もない。


「随分と開発的だ」


 ぽつり、と皮肉まじりに呟く。

 ビル風が砂塵と共にぼくのコートを揺らした。コートの内に隠し持っている拳銃が見えないように前立てを握りしめた。

 ドラムの中のゴミを燃やして暖をとる浮浪者の集団がぼくに視線を向けた。全員が薄汚れた身なりをしており、風呂にしばらく入っていないのか肌が浅黒くなっていた。

 絡まれたら面倒だ。

 廃墟と化した街の闇に身を隠しながら歩いた。


「まずは情報収集かな」


 基本的にこの辺りは電気が通っていないため街灯はただの飾りでしかない。星と月の僅かな光しかこの街には灯りはない。

 拡張チップで視覚の明度を調整して、情報を持っていそうな人を探した。

 けれど、あまり友好的な人はおらず、話しかけても聞こえてないフリをしたり、ぼくの姿を見るなり廃墟のビルへと隠れる人ばかりだった。


「……仕方ない。ぼくのファンから訊くか」


 数分ほど前からつけられている。

 人数は三人か。

 虎の絵が描かれたスカジャンの男、真夜中だというのにサングラスを頭にひっかけた男、古臭いぼんたんを穿いた男。三人とも二十台前半の若者たちだ。

 尾行の仕方がド素人だから、追い剥ぎを生業としている輩たちだ。

 彼らからしてみると、こんな廃棄街にやってくる身なりの良いぼくはカモにしか見えないのだろう。外見が白人だから、日本のことを知らない外国人が迷い込んだでも思っているのかもしれない。

 道路の門を曲がってすぐに身を隠した。

 背後をつけていたスカジャンの男がぼくを見失って慌ただしく辺りを見渡す。

 他の男二人もどこからともなく現れて、話し合いを始めた。ぼくを手分けして探すようだ。話をまとめているのはスカジャンの男だ。彼があのグループのリーダーと考えていいだろう。

 バラバラに別れたところで、ぼくはスカジャンの跡をつけた。他の二人と距離が離れたところで、ぼくは仕掛けた。

 無防備な背中に近づき、右腕を掴んで首もとへと関節が外れない程度まで持ち上げる。体重をかけると男は前屈みになる。


「いててててててて」


 拘束完了だ。

 スカジャンの男は左腕をあげようとするが、陸にあがった金魚のようにピクピクとしか動かせなかった。


「誰だ、てめえ」


 男が叫ぶ。

 右腕を更にキツく締め付けると、アヒィと女の子のような情けない悲鳴をあけた。


「静かにしてもらえるかな。ぼくはきみがつけてた男さ」

「あの外国人野郎かよ……」


 日本人だと訂正するのも面倒だしそうする義理もないので、無言で身体を押して路地裏へと連れ込んだ。

 体全体を壁に押し付けて身動きを封じる。


「訊きたいことがある。最近、この辺りで女の子を見なかったかな。髪は黒色のポニーテール。青色の模様が入った長めのケープを身につけてて、体を義体化してる女の子なんだけど……」

「アイツ、てめぇの知り合いかよ」


 いきなり当たりを引くとは運が良い。


「詳しく話して」

「昨日、てめぇと同じように襲おうとしたら、返り討ちにあったんだよ。なんだあの化け物」

「その後、その子はどこに行ったのかな」

「駅前の9ビルだよ。いててててて、早く離してくれ」

「駅前の9ビル……」

「駅のハチ公口まで行けゃあ分かるよ。ほんとっ、早く離してくれ。腕が折れる」


 大袈裟だ、とため息をついて解放してあげた。

 涙目でしきりに腕をさすっている。

 これまで自分よりも強い相手を襲ったことがないのだろう。ヘレンのような見た目が女の子だったり、ぼくのように華奢な体格をした人だったり。


「くそぅ……あんた、あの子とはどういう関係なんだ」

「……ただの保護者さ」

「あの女の子、あんたの娘なのかよ……」

「そうだよ」

「親子揃ってこんなところで何してんだよ……くそぅ……あの女の子……ん。あの子、前にもどこかで見たぞ……」


 スカジャンの男が腕を組んで考え始める。

 ここから新東京アイランドの方を見ても、ネオ・スカイツリーは高層ビルに囲まれているし、3D広告は見えないのかもしれない。テレビ中継で見られたはずだけど、この辺りにはテレビなんてないのだろう。


「きみに覚えておいてもらいたいことがある」

「な、なんだよぅ………」

「一つは襲う相手は考えた方がいい」

「二つ目は……」

「世の中、知らない方がいいことがたくさんだよ」


 コートの裏側から、これ見よがしにCz75を取り出した。男の体がビクリと震える。

 スライドを引く。裏路地に無機質な音が響く。

 ただの脅しのつもりだったのに、スケジャンの男はがくがくと歯を鳴らしだした。


「理解したかな」


 返事はないが、頭が上下に震えた。

 なんだか苛めているようで、いささか可哀想に思えてきた。

 ぼくはその場を離れた。

 路地裏に座り込む男は雨に濡れた子犬のようにおとなしくなっていた。



◇ ◇ ◇


 渋谷駅前にたどり着いたぼくはさっそく辺りを見渡してみた。

 駅は封鎖されており、電車は止まらずに次の駅へと向かっている。上野英三郎を待ち続けたハチ公の銅像の頭はどこかに吹き飛んだようで、首なし鶏のマイクみたいになっていた。

 広々としたスクランブル交差点を横断していると、目的のビルを見つけた。


「なるほど……確かにあれは9ビルだ」


 道玄坂の道路が左右に分かれる中間点に位置する円柱型の特徴的なビル。周囲の建物と同様に外壁が爆風で飛ばされており、ところどころビルの中身が見えている。

 建物の頂上には9と書かれた文字だけが飾られていた。

 不自然にも左側が空いているのでミサイルに吹っ飛ばされてしまったのだろう。元々、何の名前だったのか憶えている人はいないのかもしれない。だから、9ビルなんて呼ばれ方をしているのだ。

 瓦礫を避けながら、ぼくはビルの中へ足を踏み入れる。

 当然ながら電気が点いているわけがないので拡張チップで視界補正を行う。埃まみれのビル内を歩いていく。止まったエスカレーターを上っていく。

 店らしきスペースにはハンガーがかけられているラックがあったり、片腕のもげたマネキンが倒れていたりしていたので、元々はファッションビルだったかもしれない。商品の洋服は浮浪者たちが持って行ったのか、どの店もすっからかんだった。

 八階に辿り着く。

 伽藍堂の空間には埃じみた空気が淀んでいる。

 この階から探索して下に向かおう。

 エスカレーターを囲むようにして、七店ほど広がっている。こじんまりした店でどの店も商品は全て盗まれていた。残っているのは瓦礫と転げた棚くらいだった。

 一店、一店、中を覗きながら見て回っていると、エスカレーターとは反対側の店の中で瓦礫に座る人影が見えた。

 穴の開いたビルの壁から、ヘレンは外の暗闇を見つめていた。ネオ・スカイツリーで暗闇に色はないと言ったパスティのように。今のヘレンは暗闇を何色だと答えるのだろう。


「ミィル、知っていましたね」


 彼女は腰かけていた瓦礫から飛び降りて、ぼくに向き合う。


「何のことだい」

「パスティの目的であります」

「……知っていたというのは正確じゃないよ。今もぼくはパスティの目的なんて知らない」

「じゃあ、あの時なぜパスティを撃たなかったのですか。なぜ自分に全てを任せたでありますか」


 非難するわけでもなく、怒りに身を任せるわけでもなく、淡々とヘレンは問いかける。


「ネオ・スカイツリーに潜入するまでは、いくつかの案があるだけだった。パスティと相対したときも分からなかった。けれど、《電子操作》できみたちの戦闘を映し出したことで絞り込めた。戦闘において何のアドバンテージにもならない非合理的な行動だったからね」

「自分は何も分からなかったであります。本当に……友達のことさえ何も……」


 ヘレンは俯き、そして顔を上げる。


「それでミィルはパスティの目的が何だと推測したでありますか」

「いいね。答え合わせの時間だ」

 無人兵器削減条約の破棄予定から逃げ出したのも、そこにアーヴィングを誘ったのも、ヤードでぼくと会話したことも殺さなかったことも、ロシア連邦保安庁と組んでネオ・スカイツリーを占領したことも、全ては彼女の目的に則した行動だった。

「少女兵器第壱機体。最も機械的な考えをするというコンセプトで設計されたパスティの目的は――」


 一拍、置いて、告げた。


「――ヘレン、きみを死なせないためだ」

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