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フレムドゥング・ギア -少女兵器-  作者: 梯子のぼり
第1章 少女兵器脱走事件編
18/75

壇ノ浦海陸戦

 ――一緒に月でも眺めるか。

 眼前の男はそう言って艦長室から艦橋へと行くようアーヴィングを誘った。記録装置の再生映像なのでぼくの視界は彼女にリンクしている。男に月を見ようと誘われたように感じるので、いささか気持ちが悪い。

 男の名前は加來弦蔵。階級は大佐でアーヴィングが乗っていた航空母艦「かが」の艦長を、それからアーヴィングの担当官を務めていた。

 平たく角ばった顔をしており、鼻の下の髭は伸ばして整えてある。熊のように大きく、それでいて引き締まった体つきで威厳に満ちていた。


「拒否。明日は戦闘予定日です」

「がっはっは。そうだった、そうだった」


 額に手をついて大声をあげて笑い出す。

 本当に忘れていたわけではない。彼は訓練の時には鬼のように厳しく、それ以外には気遣いを忘れない言動をしていたそうだ。田舎から出てきた若人には地元の焼酎を買ってきて一緒に飲んだり、訓練中のミスで落ち込んでいるときには自分が若い時の失敗談を笑って話したり。そのおかげか、部下からはクソ親父なんて名誉な呼ばれ方をしていたそうだ。

 今のもアーヴィングが緊張しないように茶化した言い方をしただけだ。


「てまあ、だからこそ、だ」

「要求。説明をしてください」

「願掛けだ。明日の戦闘が上手くいきますようにってえな。坊主にはピンとこねえか」

「否定。神は信じていませんが、そうすることで自身のモチベーションを高める意義はあると思います」

「がっはっは。そこら辺の頭の固いお役人様よりも物分かりいいじゃねえか」


 そう言って加來大佐はアーヴィングの手を引っ張って艦橋へと向かった。


「確認。当方は女性型です。坊主は男性の未成年者を表す言葉です」

「おお、すまんすまん。だけどよ、アーヴィングってえのは男の名前じゃねえか」

「承知。博士が決めたわけで当方が決めた名ではありません。追加、その名前は俗称です」

「じゃあ、第禄機体って呼んだ方がいいか。それともアーヴィングちゃんがいいか」

「……大佐に任せます。当方は気にしないので」


 なら、坊主にするわ、とアーヴィングの頭を乱暴に撫でた。

 された方はというと、無表情でされるがままになっている。


「アーヴィングってのはいい名前だ」


 階段を二段越しで登りながら大佐は言う。


「古い英語で海の友達って意味だからな。縁起もいい」

「初耳。そうなのですか」

「がっはっは。知らんかったんかい」


 視線が縦に動く。頷いたようだ。


「そういう名前だ。海と友達の坊主がいるってえのは、もう勝ちも決定じゃねえか」

「忠告。慢心は詰まらないミスを招きます」

「わーっとるわい」


 二人は階段を使って操舵席まで上っていく。加來大佐は二段越しで上っていくため、一段ずつ上がるアーヴィングは早歩きでついていく。

 艦橋の頂上の操舵室に辿り着くと、窓際によって外を眺めた。

 夜空は星が輝き、月が海面を照らしていた。


「坊主んとこの博士が何でそんな名前にしたか分からんが、昔の大東亜戦争で連合軍が日本のある戦闘機のコードネームをアーヴィングってしたんだ」

「質問。ある戦闘機とは何でしょう」

「旧日本海軍夜間戦闘機『月光』だ」

「初めて知りました」

「これが坊主の名前の由来かどうかは知らんがな。ベートーヴェンの曲にも同じのある」


 加來大佐の予想は正しい。

 少女兵器の俗称であるヘレンやパスティも大東亜戦争での連合軍がつけた旧日本軍の航空機のコードネームが元になっている。命名したのは外藤博士だ。軍艦の名前から取って長門でも赤城でも陽炎でも良かったそうだが、漢字の名前は今どき古臭いということで、コードネームの方で呼ぶようにしただとか。


「質問。そのために月を見ようと」

「ああ、そうだ。それに俺の名前も月に関係してる」

「質問。苗字ですか、下の名前ですか」


 どっちもだ、と加來大佐は答える。


「だから、坊主とは親近感つーのが沸くんだ」

「当方にとって大佐はただの担当官です」

「がっはっは。そういやそうだったわ」


 大声をあげて大佐は笑う。


「でも、坊主が俺の船に乗ってる間は俺の息子みてえなもんだ。ここに乗ってる奴らは全員、俺の息子だ。死なせるわけにはいかん。無論、坊主もな」

「疑問。当方はただの兵器です。息子と呼ばれる存在ではありません」

「んなこまけえことは気にすんな」


 ばしばしと加來大佐はアーヴィングの背中を笑いながら叩く。

 微動だにせずにアーヴィングは空を眺め続けていた。その時に何を思っていたのかまでは視界をリンクさせているだけのぼくには分からない。

 ただ明日に何が起こったのかは知っている。

 ――航空母艦「かが」は敵潜水艦の魚雷によって沈んだ。艦長である加來大佐とともに。



◇ ◇ ◇



 戦闘が発生した日時を合わせた。

 すると、ぼくの視界は海の上になった。一面に青い海原が広がっている。空は雲一つなく視界は良好だ。

 アーヴィングは飛んでいる。ぼくの視界からは見えないが背中に飛行補助機器フロートユニットを装備しているはずだ。飛行補助機器フロートユニットはその名のとおり空を飛ぶためのもので、鳥の骨格のような翼とその動力源である電力を貯蔵するためのバッテリーパック二つを合わせたものを指す。バッテリーパックは通常の電光銃の威力を倍増させる効果もある。通常の出力では軍艦を撃ちぬけないし、かといって義体内の貯蔵電力だけではすぐにすっからかんになってしまうからだ。

 アーヴィングは静止して前を見つめている。恐らくただボーっと眺めているだけではない。これもぼくの位置からは見えないけど、舌を鳴らしているはずだ。ただの舌打ちなんかではなく、人間には聞こえない超音波を発している。

 ――反響定位エコロケーション

 身近なものでいうとコウモリやクジラが使っている。超音波を発し、反響を受信して位置を特定する方法だ。軍艦のアクティブ式ソナーにも使われている。他にもパッシブ式ソナーという相手の発した音を受信するのも存在する。ヤードで、ぼくらの存在にアーヴィングは気付いているかもしれないとヘレンが言ったのはこちらの方法だ。

 どちらも昔から存在するものだけど、《超絶音感》はこれら従来のものをはるかに上回る性能を持っている。


 ――アーヴィングが動いた。


 ドッキングされたライフル式の電光銃を一時の方向に構える。引金を絞って光弾を発射した。間髪入れずに、次弾を撃っていく。

 海面すれすれを走るミサイルが爆発して粉々になっていく。次々と弾ける様は花火のようだ。日本国防軍からの迎撃ミサイルも相まって、ほとんどのミサイルは撃ち落とされた。取り残した分は護衛艦の主砲で全て撃ち落とし切った。近接防御火器システム(CIWS)を使うまでもない。

 日本海軍も反撃とばかりにミサイルを発射した。

 アーヴィングは海面を眺めて潜水艦を探している。海軍の哨戒ヘリも同じく潜水艦を探している。けれど、戦場は一点を眺め続けられるほど容易くはない。

 ロシアと中国の艦隊が日本艦隊のミサイルを撃ち落とし、更に撃ち返した。アーヴィングはそれらも撃ち抜いていくが不意に顔をあげて上昇した。

 無人ステルス機だ。

 人間が耐えられない重力加速度や動作でも可能としている。そのうえ、通常のレーダーでは発見されにくく、気付いた時には接近を許してしまう。

 薄っぺらい紙のような外観の無人ステルス機にアーヴィングは光弾を叩きこむ。翼に穴を開けられた無人ステルス機は機体制御が不可能になり、海へ墜落していった。

 と、同時に敵ミサイルが日本艦隊を目掛けて迫ってきている。

 アーヴィングは旋回し、ミサイルの対処へと向かった。


 ――突然、日本の護衛艦が爆発した。


 ミサイルはまだ届いていない。

 潜水艦だ。


「そこにいましたか」


 アーヴィングは海面に銃口を向けた。慎重に照準を合わせる。光弾を三発放つ。

 狙いは正確だったのか、それ以上は撃たずに無人ステルス機の対応に向かった。

 それから四十分ほど経過した時だった。絶えず、ミサイルや無人ステルス機、戦闘機の対応をしていたアーヴィングが動きを止めた。

 振り返って日本海軍の艦隊を見る。


 ――航空母艦「かが」が燃えていた。


 現代の軍艦は装甲がなく、外壁も薄い。それはミサイルの攻撃力が圧倒的に高いため、防御力をあげてもただ航行速度が落ちるだけだからだ。そのため、たった一発のミサイルで船が沈むのが普通だ。

 「かが」もその例に漏れなかったらしく、左舷が傾き始めている。バランスを保つために注水作業が始められているだろうけど、この潜水艦の一撃で沈むことになる。

 数分後には加來大佐から総員退艦命令が発せられたと記録にはあった。無事だった生存者は近くの護衛艦によって救助されたが、加來大佐は沈みゆく船に残り、運命を共にしている。

 アーヴィングの視線は海に呑み込まれていく「かが」に向けられていた。じっと、少しも揺れることなく。最後を看取るように。

 


◇ ◇ ◇



 記録再生機器のヘルメットを脱いで、現実世界へと戻って来る。

 腕や身体を触って、自分の身体であることを確認した。他人の視覚で長時間過ごしていると、それが自分であると勘違いしそうになってくる。


「何か分かったでありますか」

「……いや、大きな収穫はないよ」


 加來大佐がアーヴィングの面倒見が良かったことは資料にも載っていたことだし、戦闘も記録通りの動きだった。付け加えるとすれば、彼の戦後の評価はあまり良くない。というのも、航空母艦「かが」が魚雷を受けた原因が大佐の判断が遅かったせいだとされているからだ。敵艦、航空機、潜水艦、考えなければならないことは多いが、判断が数分遅れれば死に直結することは少なくもない。ミッドウェーでの魔の五分間の再来なんてのも言われている。

 そういった経緯もあり無能だとか揶揄されているわけだ。

 アーヴィング自身はその後、別の航空母艦へと移されている。


「そのことに関係あるのかな……」


 現在、ぼくらは目標ターゲットをアーヴィングに絞っている。

 彼女が手崎ユウマという男に用があるのなら、今日の夜、ナイトクラブに姿を現すはずだ。ぼくらは現地で彼女を待ち伏せする。

 ただ、どうしてアーヴィングがこの男を探しているのか。プレゼントでも渡すのか、話をするのか、問いただすのか、殺すのか。それの調査を朝昼を使って行っていた。


「あと、気になる点があったんだ」

「何がでありますか」

「アーヴィングは《超絶音感》を持っている。けど、記録装置の再生での音は普通の人間と変わらないように聞こえていたんだ。多分、技能として音を拾ったものは記録装置には録音出来ない」


 航空母艦「かが」が沈む前にアーヴィンは船を見つめていた。戦場のど真ん中で、だ。担当官が乗っている船ということを考えると不思議ではないかもしれないが、あれは見ていたのではなく聞いていたのではないだろうか。


「自分はアーヴィングではないので想像でしかないですが、《超絶音感》は僅かな音でさえも聞き取れるようになっているであります。逆にそれはどんな音も拾ってしまうということです。普通の音も何倍もの爆音となって」

「だから、人間が《超絶音感》なんて搭載すると鼓膜が破れる。仮に聞き取れたとしても、どれが何の音か、どこから聞こえてきたものなのかの情報処理ができない。だから、記録装置の録音には《超絶音感》で聞き取った音は入っていない」

「博士に訊けば分かると思うでありますが……それがどうかしたのでありますか?」

「ということは、記録装置には録音されていない――アーヴィングにしか聞こえなかった音があるんじゃないかな」


 それにアーヴィングは手崎ユウマと会うどころか、名前すらも聞いていなかった。

 他の日付で聞いていた可能性はあるけど、今はすべてを調べている時間もない。文字情報として保存してくれていれば、手崎ユウマで検索をかけるだけで済んだんだけど。


「少し早いけどナイトクラブの近くでご飯を食べよう」


 ナイトクラブのマルガレータは二十一時から開店する。

 一方、兵器開発機構は十八時まで。実際は残業する人たちもいるので十九時くらいには出て欲しいと外藤博士から告げられている。その間は晩御飯でも食べておこう。

 電話で外藤博士に帰る旨と、先ほどの疑問を尋ねた。やはりというべきか、記録装置には《超絶音感》で拾った音は録音されていないそうだ。 


「見たものじゃなくて、聞いたものか……」


 これも可能性の一つにしか過ぎないので固執して考えを狭めるのは良くない。とりあえずは記録装置にはない音があったかもしれないくらいに考えて風俗街へと向かおう。

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