第95話 奴隷でも親友
翌日マリーが目を覚ますと、そこにジオルドの姿はなく、扉を開けると待ち構えていたのは屋敷のメイド達だった。何故自分がジオルドの故郷でジオルドの部屋で寝ているか、訳もわからずされるがままに制服から用意されたドレスへ着替え、ジオルドの部屋で1人帰りを待っていた。
(昨日まで研究室にいたはずなのに、ここがメティス公国の、ジオルド様のお屋敷だなんて信じられない。いつの間に運ばれたのかしら・・・。)
「ジオルド様、学校を辞めさせられちゃったから逃げてきたのかな。でも主人公の私から校長に頼めば辞めなくてもいいと思うから、一度学校に戻るようにお話ししなくちゃ。それになんとなくユリーのことが心配なのよね・・・。」
マリーが部屋で退屈そうにしている頃、ジオルドはレオンの魔法で隣国アレース公国へと明朝のうちに移動し、現王ルークの前に忠誠を誓っていた。
代々守ってきたメティス公国の王印は灰となり、ジオルドの首にはルークの奴隷として隷属の首輪が取り付けられた。
「・・・これを以てメティス公国は消え、北と東の地はアレース公国のものとなった。
そう暗い顔をしないでくれ、ジオルド。私も親友の君にそのようなものをつけることになったことは心が苦しいが、君が死なないでいてくれたことは嬉しい。少しでも君の心が晴れるよう、良いものを用意したんだよ。」
「良いもの?」
ルークはにっこりと笑い、レオンを見て頷くと、レオンは闇空間から魔法道具の水晶を取り出し、旧メティス公国とアレース公国の国境に生えている世界樹の根を映し出した。
「これは?」
「これはメティス公国とアレース公国の国境。そして人間が簡単にはその国境を越えることができないように世界樹の根が壁となっている。」
「ああ、それは知っている。だがこれがどうしたんだ?」
「・・・もうジオルド様は王子ではないですし気楽に話して構いませんよね?
つまり、もうメティス公国はないんだから、この壁は邪魔だってこと。」
「邪魔だからと言って・・・まさか。」
「そ。まぁ見てろよ。」
レオンがそう言い残し消えると、水晶にレオンの姿が映し出され、次の瞬間、水晶からは信じられないほどの光が放たれた。
「<黒影光線>!!」
ルークとジオルドが強い閃光によりまだ視力が戻ってこない内に、レオンはまた屋敷へと戻りルークへ駆け寄った。
「お兄様、すみません、思ったより衝撃が強かったですね。大丈夫ですか?ここにお掛けください。」
「いや、レオンにあまり直接見ていない方がいいと言われていたのに、闇魔法のレベル5の魔法の威力とはどれほどなのか、それもレオンほどの魔力を持つものが最大限の力で使うなんて中々見れないだろう?ついね。」
「お兄様がお望みなら何度でもお見せしますよ。」
「ふふっ、ありがとう。・・・さて、目が戻ってきたね、根っこはどうなったかな?」
ルークが目をパシパシと瞬きさせながら再び投影されている映像を見ると、先ほどまで国境から帝国内を覆う壁まで盛り上がって伸びていた根の姿は跡形もなく、地面がただ抉れているだけだった。
「・・・これは凄いね!想像以上だ!」
「ありがとうございます。お兄様に喜んでいただけて嬉しいです!」
「な、なんてことをしたんだ!!!」
ルークとレオンが意気揚々とはしゃいでる傍、ジオルドは青冷めた顔で2人を怒鳴った。
「世界樹の根が消えてしまったら、どうなるか分かっていないのか!?」
「あ!?お兄様に向かって怒鳴るんじゃねーよ!」
「レオン、いいから。・・・ジオルド、きちんと説明をしなくて悪かったね。
君が懸念していることももちろん分かる。世界樹の加護により成り立っているメティス公国内部、我が国も近隣にはモンスターが多数発生することになるだろう。」
「ならば!国民の安全を、暮らしを守ってくれるという約束は嘘だったのか!
お前も知っているだろう、デュメエル公国との国境の世界樹近隣の土地は既にデュメエル公国に取り上げられ、国民たちは近寄ることもできない!アレース公国との国境が唯一の安全地帯だったのだぞ!
更に帝国の象徴である世界樹を傷つけたこと、許されるはずがない!!」
息を荒げるジオルドにルークは近づく。
「ジオルド、約束は守る。メティス公国の国民も今日からはアレース公国の国民だ。
君はこれより王子からアレース公国が公国から帝国の王になるために必要な研究員へ、そして聖女を守る騎士になって欲しい。」
「・・・帝国の王へ?お前は、教皇を越えたいと言うのか?
ハッ、何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。アースガルド帝国は4つの公国が支え合い、世界樹を、絶対神オーディルヘルム様を信仰する気持ちから成り立っているのだ!帝国が出来てからの数百年もの間、世界樹を管理されている教皇様をはじめとした神の使徒達が中心にいらっしゃるからこそ、4カ国は今日まで大きな争いもなくやってこられたのだ!」
「本当に支え合っていると思うかい?」
「当たり前だ!それぞれの国が帝国へ平等に献上し、我らは見返りに世界樹の加護を得ている。平等に支え合っているではないか!」
「では何故メティス公国は財政難に陥り、デュメエル公国から多額の借金をしているんだ?」
「それは・・・歴代の王族達の負の遺産だ。」
「研究費だろう?本来君たちメティス公国の民は知識欲が強く、その知識こそ君たちの特産物になり得るものだ。それにも関わらず帝国が求めるものは4カ国平等に食料や金銭と言った物品に限られている。我が国では食物が育ちにくいことを分かっていてもなお、要求は変わらない。
逆にデュメエル公国にはたくさんの食料がある。そして帝国へ献上した以外の余剰分はヘルメス公国が買い締め、私たちはヘルメス公国の商会を経由して入手するほかない。それがいかに法外な値段であろうと、彼らに従わざるを得ない。」
ルークの言っていることは国民のために日々努力を惜しまなかったジオルドは痛いほどに分かっていた。言葉を失うジオルドにルークは続けた。
「いずれにせよ我が国も、君のメティス公国も、近いうちに国民を賄えなくなる。近いうちにメティス公国がデュメエル公国のものになっていたことくらい、君も予想していただろう?
・・・ジオルド、私も君も、王子として生まれ育った国を守りたい、国を豊かにしたいという志は同じだ。メティス公国は無くなったが、これからはアレース公国の民として、どうかその力を、君の知恵を貸してくれないだろうか?
私はもう生まれ育った国のせいで貧しい思いを強いられなければならない、この世界を変えたいのだ。帝国内の国民は自由に国を行きし、住む場所も職業も自由に選べる、そんな世界を目指したい。
真の平等を目指し、共に戦ってほしい!」
ルークがジオルドに手を差し伸べると、ジオルドはしばらく黙り込んだまま、深く深呼吸をし、その手を握り返した。
「どうせ俺はもう王子ではない。ルークの奴隷だ。デュメエル公国の下につくよりはマシだろうしな。なんでも命令してくれ。
・・・よろしく頼む、我が王ルーク。」
「ああ!」




