第91話 丸く収めよう
リアンが胸元から取り出したのマリーから預かっていた指輪だった。
『ジオルド、私はレオンの代わりに彼女の騎士になろうとしていた。だが、レオンも戻って来て、レオンもマリーとの結婚を望んではいない。親友である君がそれほどまでに彼女を愛していると知っていたら、すぐにそんな指輪は破棄していたよ。』
「ルーク・・・。いや、君が謝ることなんて何1つないんだ。私が全て悪い。」
「当たり前だろ。お兄様に悪いところなんてあるわけない。」
『・・・ジオルド、このままなら君は帝国裁判にかけられ、恐らく死罪となるだろう。そして君を失ったメティス公国は以前のように他国からの借金であっという間に立ち行かなくなるはずだ。やっとデュメエル公国からの借金の返済の目処が経ったばかりじゃないか。私はこれからも君と共に魔法道具の研究をしていきたいと思っていたんだよ。』
「・・・すまない、ルーク。君の協力を無駄にしてしまうなんて。君が言う通り、メティス公国はこのままデュメエル公国のものになるだろう。だがこれまでの研究資料は全て破棄しておくから安心してくれ・・・。」
「あの、提案をしてもよろしいですか?」
暗い空気の中、リアンだけが意気揚々と手を挙げた。
『ああ、リアン。なんだい?』
「誰もジオルド様が死ぬことは望んでいらっしゃいません。マリーさんとユリウス様も、後で誤魔化せばよろしい話。ですがジオルド様は罰を受けたい。でしたら、ジオルド様を奴隷にしてはいかがですか?」
「ど、奴隷だと!?」
『・・・なるほど。王子であるジオルドにとって、死罪と等しい程の罰を与えるには適当かもしれないね。』
「ルーク!君まで何を言うか。仮に私が奴隷になったとして、私は獣人のような肉体労働には耐えられない。すぐに死ぬ。ならば潔く裁きを受けて死なせてくれ。」
『ふふっ。何を言うんだい、ジオルド。頭の良い君に肉体労働なんてさせないよ。君は私の元で魔法道具の開発をしてもらう。そして、そうだな。メティス公国の残りの借金は全てアレース公国が建て替え、その上で吸収合併しよう。』
「それは良いお考えですね!元々ジオルド様と私は盟約を交わしています。今日はその約束を果たしていただくために学校に戻って来たのですが、どちらにせよメティス公国の一部をいただくのですから、後々難癖つけられないよう全部いただいておいた方が良いでしょう。」
「ですよね!ジオルド様には我が国のために働いていただきつつ、マリーさんと一緒に暮らしていただけば良いのです!」
嬉々として話す3人の会話についていけず、ぽかんとしているジオルドに不意にリアンが微笑みかけ、
「ジオルド様、ここで死ぬか、国を捨て愛する人と暮らすか、どちらがよろしいですか?」
と問いた。
その質問に選択の余地などあるはずもなかった。
元々幼い頃からジオルドが国のためにその才を発揮して来たのはデュメエル公国からの借金返済のためである。南の大国デュメエル公国からの要求は年々悪化しており、国内は極寒の地であるアレース公国よりも食物の育ちやすい環境であるにもかかわらず、国民は飢えに苦しんでいた。
このまま自分がいなくなりデュメエル公国から植民地のような扱いを受けるのであれば、ルークの収めるアレース公国に頼む方が、国民のためになることはこれまで国のために働いてきたジオルドにとっては考えなくても分かることだった。
ジオルドは落ちたメガネを身につけると、レオンに深々と頭を下げた。
「・・・よろしく頼む。」
「じゃ、決まりですね。それではまずジオルド様には学校を辞めお兄様の元へ行っていただきます。メティス公国とアレース公国の締結が終わり次第、隷属の首輪をつけましょう。それまでは・・・これで。<漆黒輪>」
レオンがジオルドの腕に闇魔法をかけると、両手首に黒い模様が刻み込まれた。
「なんだこれは?」
「念のためです。隷属の首輪をつけるまでの間、ジオルド様が予期せぬ行動をしたら魔法が発動して両手が吹っ飛びますから、言う通りにしてくださいね。」
「・・・分かった。」
「では、みんなで仲良く学校へ帰りましょうか。<暗黒霧>。
よしっ、立ち上がれ。真っ直ぐ進め。」
マリーとユリウスはレオンから発生した黒い煙を吸うと、気を失っていながらも命令通りに立ち上がり、レオンの指示に従って、それぞれ寮の部屋まで戻って行った。
「ジオルド様は校長へ退職する旨と、俺が戻ってきた旨を伝えてください。明日、盟約を果たしてもらうためクリスも含めてまた校長室に全員を集めますが、その時は今日会ったことを悟られないようにしてくださいね。」
「あ、ああ。」
「では、また明日。」
レオンは挨拶を交わすやいなや、暗闇の中に姿を消していった。
ジオルドの体はレオンが<クリーン>で綺麗に血を拭き取ったものの、手に残る感触が消えることはなく、自分自身の犯した事の恐怖に震えながら、静かに校長室へと向かったのだった。




