第85話 終わらない試験
ユリウスとの息抜きのおかげか、翌週の筆記も魔法の実技試験も、マリーは大きなトラブルもなく全てを終了した。
「んー!やっと終わったー!!やっぱ試験期間ってしんどいね〜。」
「マリー、お疲れ。試験のことで疲れていたようだし、どうだろうか、今日は一緒に街へ出かけないか?君が気に入りそうな店を見つけたんだ。」
「えー、じゃあ俺も行こっかな。」
「悪いが今日は私の番だよ、ユリウス。」
「・・・知ってたんだ。」
「私の従者は優秀だからね、抜け駆けは許さないよ。」
2人の視線が火花を散らしている隙に、マリーはそっと帰り支度をし、一目散に別れを告げて教室を後にした。
(試験も終わったし、ジオルド様とお話しがしたい・・・!)
廊下を走るのはマナー違反だと分かっているが、はやる気持ちを抑えられなかった。
ユリウスとのデートはもちろん楽しく、刺激的だった。ドキドキもした。それでも頭の中にはジオルドのことでいっぱいだった。人混みの中から彼に似た青い髪やメガネの人を見れば振り返らずにはいられなかった。
そんな自分に気付いた時、マリーはやっと自分の気持ちと素直に向き合うことができた。
(ルーク様のこともあるし、ジオルド様に何て言えば良いのかはわからないけど、でもとりあえず話がしたい・・・)
深呼吸をし、研究室の扉を2回ノックすると
「はい。」
ジオルドの声が聞こえてきた。それだけで試験の疲れは吹っ飛んでいった。
「ジオルド様!マリーです!」
「ああ、鍵は空いている。」
「失礼します!ジオルド様、お久しぶり・・・え。」
ジオルドとの再会を心待ちにしていたマリーの目に飛び込んできたのは、いつものマリーの席に座って、同じように紅茶を飲んでいるリアンの姿だった。
「マリーさん、ご機嫌よう。」
「どうしてここに貴方が・・・?」
「ああ、2人は同じクラスだったな。リアンのことはルークや学校から頼まれていてな、最近は試験の対策や学校生活のフォローをしていたんだ。最も俺が教える必要はなさそうだったがな。」
「あら、そんなことないですよ?ジオルド様の説明はとても分かりやすくて助かりました。試験直前に入学だったので心配してましたが、結果、楽しみにしててくださいね。」
「ふっ、ああ、ルークにも報告しないといけないからな。」
「お兄様には私からも連絡していますのに。お二人とも心配性ですね。」
ジオルドが口を開けて笑う姿を、心を許しているその姿をマリーは初めて見た。ズキズキと心臓が痛む音が聞こえた。
「マリー、君も座ると良い。リアンがアレース公国で最近栽培を始めた茶葉を持ってきてくれたんだ。きっと気に入る。」
「ありがとうございます・・・。」
ジオルドが席を立つと同時にマリーは促されるままにリアンの横に腰を下ろした。
「マリーさんのことはルークお兄様からお伺いしておりましたので、お話をしてみたいと思っておりました。」
『ルーク』という言葉にマリーはビクッとした。
「な、中々教室ではお話しする機会がありませんもんね。」
「マリーさんの周りはいつもクリス様達がまるで騎士のように取り囲んでいらっしゃいますからね。私は人と話すのが苦手なのでいつも賑やかで羨ましいです。」
「そんなことないですよ。リアンさんはいつも本を読まれているので話しかけるのは失礼かなと思ってましたけど、仲良くしてくださると嬉しいです。」
「・・・マリーさんは本当にお優しいんですね。」
リアンはにっこりと笑った。
マリーが反応に困っているとジオルドがティーカップをマリーに差し出した。
「あ、ありがとうございます。・・・美味しい。香りも良くて、素敵な紅茶ですね。」
「ありがとうございます。そう言っていただいてお兄様も喜ぶと思います。そのティーセットも私が選んだのですが、ジオルド様のお部屋には何もないから持って来て正解でしたね。」
「え。」
「無地のものはあっただろう。」
「あれではせっかくの紅茶が台無しです。せっかくなんですからカップも相当のものを使った方が美味しく感じますよ、ね、マリーさん。」
「え、ええ。このカップ、以前からとても素敵だと思ってたんですけど、リアンさんが選んだものだったんですね。」
マリーはカップを見つめ、必死に笑顔を維持しようとしたが、今にも涙が溢れそうになった。
元々ジオルドは何も言っていなかった。ただ、自分以外の人と楽しそうに話している姿など見たこともなく、研究以外に興味を示さないジオルドの部屋にあるこのお洒落なカップを、マリーが勝手に自分のために用意したものだと勘違いしていただけだった。
(恥ずかしい・・・ジオルド様も私のことが好きだと思っていた。好感度のパラメーターも分からないし、私のことを好きではなかったのかもしれない・・・)
「マリーさんが気に入ってくださったって今日お兄様に連絡しておきますね。」
「え、連絡って、リアンさんも指輪を持っているのですか?」
「私は指輪ではなくこのピアスですが、これでお兄様と連絡をしています。ジオルド様も持ってますよね?」
「ああ。まだまだ改良の余地はあるが、これは魔法道具として人気が出るだろう。」
「あの、でもルーク様は魔力が少なくて、あまりこの道具を使えないのでは・・・?」
「・・・マリーさん、お兄様を侮辱するのはやめてください。」
「そんな、そういうつもりで言ったんじゃないわ!」
リアンの反応に狼狽えるマリーに、ジオルドがため息をついた。
「これは一度使用者の魔力を一定量通しておけば後は少ない魔力で通信が可能だ。ルークの魔力量は少ないが、通信するだけなら問題ない。
・・・指輪を受け取ったのなら、ルークに聞いていないのか?」
「・・・すみません。使い方を聞いていなくて・・・。」
ジオルドがまたため息をつくと、マリーはその居心地の悪さに耐えかね、
「あの、今日はこれで失礼いたしますね。紅茶ありがとうございました。」
と顔を上げることなく、逃げるように研究室から去って行った。




