第81話 主人公も大変
主人公であるマリーの1日は日々攻略対象者達との駆け引きで忙しい。そしてもちろんこの世界で、学生として生きている以上は学業も疎かにすることはできない。
「あーもうマリー、歴史の授業難しくてわかんなーい。」
「歴史の授業は実際に起こった事実だ。それが今の私たちを創り上げていると思えば、面白いじゃないか!歴史からは多くのことを学べるよ。」
「・・・あははは、クリス様は勉強熱心ですよね。」
「本当だね。マリーちゃん十分頑張ってるよ。テラスで休憩がてら甘いものでも食べに行く?」
「ユリウス!マリーがせっかく勉強に取り組もうとしている邪魔をするな!さ、マリー。分からないところは私が教えてあげよう。私は王子として幼少の頃から習っていたからね、なんでも聞いてくれ。」
「生憎ですが、俺も歴史学だったらこんな教科書見ないでもなんでも答えられますよ。な・の・で!王子様はそこの騎士様と仲良く教室で勉強していてください。俺はマリーとテラスで勉強するんで!」
「貴様クリス様に向かってその態度はなんだ!!」
「ちょ、ちょっとみんなやめてください!!・・・私ちょっと用があるので今日はこれで失礼しますね。」
マリーが笑顔で別れを告げて教室を去っても、廊下にまで3人のやり取りの声が聞こえてきていた。
(はぁ・・・正直疲れるわね。モテるってのも辛いわ。でも勉強やらないとついていけていないのも事実だし・・・ジオルド様に教えていただこうかしら。)
主人公の聖女として転生したマリー。前世はどこにでもいる、普通の女子高校生だった。容姿が飛び抜けて良いわけでもなく、かと言って悪いわけでもない。勉強もやらなければできないがやればそこそこの点は取れる。運動も並。全てにおいて「普通」だった。
(やっと私が主人公の世界に来れたのに、勉強したり、嫌なことやらないといけないのは変わらないのね。普段おちゃらけてるユリーだって、聞いていないようでスラスラと解答できるし、なんだか主人公なのに私だけ劣っているようで辛いわ・・・。)
いつものように研究室の扉を叩くと、ジオルドは手を止めマリーを優しく迎え入れた。
「・・・なんだか疲れているな?マリー、何かあったのか?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないんです。せっかくジオルド様にお会いできるのに、暗い顔しちゃってごめんなさい!」
「いや、大方あの3人に巻き込まれて君も大変なんだろ?紅茶を淹れるからそこに座って待っててくれ。」
「ありがとうございます。」
2つ年上のジオルドは、その性格も相まってとても大人びて見える。ルークの親友という立ち位置上彼にはルークとの関係を知られている可能性も高く、クラスメイトではないことからも積極的に交流を持たなかったマリーだが、三学年に上がり授業に段々とついていけず困惑していたマリーにそっと救いの手を差し伸べたのがジオルドだった。
クリス達に勉強を教えてもらおうとしてもいつもの調子で「誰が教えるか」ということで口論になり、個別に勉強を教えてもらおうとしても、勉強そっちのけで自分の辛い過去の話や悩みの話が始まり、マリーとの甘いひと時を楽しんで終わってしまうのだ。
仕方なくマリーが3人の目を盗んで図書館で本を漁り頭を抱えていたところ、声をかけてくれたのがジオルドだった。そして図書館では周りの目もあるということから、いつしか彼の研究室にマリーだけはいつでも来て良いと言われたのだ。
マジックアイテムを開発しているジオルドの研究室には、いつの間にかマリー用のカップも置かれるようになっていた。口数の少ないジオルドは、マリーのために用意した等と甘く囁くことはなかったが、マリーが来た時だけ棚から出されるそのカップに気づいた時、マリーは言いようのないもどかしさを感じていた。
「・・・今日の紅茶もとっても良い香りです。ありがとうございます。」
「そうか。」
ふっと笑うと、眼鏡の奥のブルーの瞳が細くなり目尻に皺ができる。そんな彼の仕草1つにマリーの鼓動は高なった。
「あ、あの、今日もここで勉強していてもよろしいですか?」
「ああ。私も研究をしているから、何かあれば声をかけてくれ。紅茶もここにあるから好きにしていい。」
「ありがとうございます。」
ジオルドのいる研究室は、学生達のいる学生棟の奥にある研究棟の一室だ。研究棟には研究員たちがそれぞれの研究を集中して行うことができるよう、帝国屈指の魔法使い達が研究員の希望にあわせた部屋を作っている。ジオルドの研究室は広さはさほどないものの、音の遮断と部屋主のジオルドの許可なく中に入ることができない魔法がかけられていた。そのためいつもこの部屋だけは時が止まったかのように、ジオルドの器具を扱う音とマリーが本を捲る音だけが聞こえた。
(初めは静かな部屋って緊張したけど、今はなんだかとっても落ち着く・・・。)
教科書を読み終えたマリーは、ジオルドに一瞥し、別れを告げ、寮の部屋へと戻って行った。
そしてその夜、マリーがベッドで横になりながら悶々としていると、指輪が点滅を始めたのだった。




